第9話
ギルベルトからもたらされた派閥という情報に対して、侍女や侍従の動きを観察し始めて気づいたことがある。意外と表向きには対立していないことだ。ただ水面下では割と火花を散らしているよう。
「レイラ、わたくしももう十を超えてから三年も経つのですね……」
「アイリーン様は、立派なレディとなられました……」
レイラに、しみじみとつぶやけば、前と変わらぬ穏やかな顔でレディだと言ってくれる。そんな彼女の所属する派閥はセルフォンス派閥で、簡単に言えば王の考えに対して沿っている派閥。たまに意見が対立することもあるけれど、反対意見を臆せずに伝えてくれる文官や武官が多い派閥でもある。
アレックスやギルベルトに出会ってからもう数年が経ち、ついに私も十三となった。最初は侍女や侍従の派閥関係に混乱していたけれど、観察を続けるうちにちょっとだけはわかった。ほんの少しだけだけど。
「レイラ……、今日はたしか隣国のレオンハルト皇太子殿下がいらっしゃる予定よね」
「はい、アイリーン様。ご予定ではお昼ごろのご到着、晩餐会を経て翌日から王立図書館、王立魔法学院、王宮内にある王城図書館の視察をされるとのことです。滞在される予定日数は約三日ほど、移動日も含めると一週間の旅程となっております」
「そうですね……。レイラ、今日は深い緑色のあのドレスにします。髪型はハーフアップで、髪飾りはドレスに合わせて花のものを」
「かしこまりました」
十歳の誕生日を迎えてから私の年齢でもできる公務が解禁され、公務と並行して勉強や護身術、マナー講座など多忙を極めている。子どもの身体の成長も早く、体形維持はそれなりにできているけれどドレスのサイズも毎年変わるなど、着るものの入れ替えが激しい。
「よくお似合いです、アイリーン様」
「ありがとう、レイラ。あなたのおかげよ」
「もったいなきお言葉にございます」
レイラのおかげで人前に出ても可笑しくない、公務のための姿になり、部屋で朝食を食べる。この数年で一番変わったことは、父が二人目の王妃を迎えたことだ。私の母にあたる最初の王妃は、私を産んだあとの肥立ちが悪く、あっけなく儚くなってしまった。私は父の隣に描かれた肖像画でしか、母の顔を知らない。
乳母に育てられて、その乳母が高齢のために王宮勤めを辞し、レイラがやってきた。レイラとの付き合いもそれ以来なのでずいぶん長くなる。脱線した話を戻すと、母を一途に愛していた父は頑なに後妻の王妃を娶ろうとはしなかった。しかし、今回迎えた王妃の実家が強く父に進言し、父はそれを了承した。
おそらく、父が後妻を迎えなかったのは、私がある程度の年齢になるまでは、と思っていたからではないかと思う。多感な年ごろに入る私が、もしも人に迷惑ばかりかける王女のままであるならば、もっと早くに迎えていた可能性はある。だけど、私が普通の王族として成長したため、いらない派閥争いを生まないように、私が複雑な思いを抱えないように、いろいろなことを考えて、今になって迎えたはずだ。
「っ! この光景……?」
私の知っている記憶では、私の母が亡くなった後すぐに後妻を迎え、双子の弟妹が生まれる。その双子たちはゲーム上ではアイリーンと年子なので一つしか年齢差はない。そのゲーム上のシナリオが、壊れた。
「アイリーン様……?」
「いえ、なんでもないわ……」
双子の弟妹は、確かに生まれた。年子ではなく、私と十歳差の双子が。
「ねえ、レイラ。私の下に生まれる赤ちゃんは、双子の弟妹なのね」
「アイリーン様……? なぜそのような、ことが……?」
「お、王宮内の噂を聞いたのよ! ほ、ほら、王妃様はもうすぐ出産されるでしょう?」
「た、たしかにそうですが……」
「楽しみだわ、私に弟妹ができるなんて」
「アイリーン様……」
もう生まれると思っていた私はレイラに赤ちゃんの話を振った。でもそれはミスだったようだ。レイラは王妃の妊娠している赤ちゃんが双子だとも男か女かも、何も知らなかった。結局、誤魔化すために王宮内での噂だとしたけれど、かなり怪しまれている。
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