第8話

 私は前世を思い出す前のアイリーンを別人と思ってはいる。事実、私という異分子によりこの世界の元々のアイリーンの人格は私に統合されてしまった。だけど、その話を知っているのは私だけだ。他者に実は私はアイリーンじゃないと言ったところで信用なんてされない。そもそも、転生という話自体は荒唐無稽。だから、私は別人だと認識はしているけれど、アイリーンとして覚醒した以上、自分のしでかしたことだとも思っている。矛盾しているとわかっていて。


「王女……」


「私は、この国を守る者の一人です。例え子どもだからと言って、上に立つ者が権力を振りかざして他者を蔑にするようなことはしてはならなかったのです」



 ギルベルトをまっすぐに見据え、今の私はもうあの愚かなアイリーンではないことを証明するべく話を続ける。国民を守る王族としての覚悟も、その責任の重さも今の私はちゃんと理解していることを知ってもらいたいから。


「アイリーン王女殿下、これまでの不敬を、どうぞお許しください。あなた様はこの国に必要な人間として変わられた」


「よいのです。私は己の父にすら従えぬ無能の塊だったのです。今は忠言をしてくれる者の大切さを、よくわかっています」


ギルベルトが深く頭を下げて不敬を詫びた。確かに今の会話は例え子どもだとしても王族相手にしていい会話ではない。それをわかっていて、私がどんな人かを試すためにこの人はギリギリの危ない橋を渡ったのだ。


「王女、本来のあなたは大変聡明でいらっしゃるのですね」


二人で話をしていて、初めて笑顔を見た気がした。



 不敬を詫びた後のギルベルトは、少年の表情を浮かべて、アレックスとはまた違った系統の話をしてくれた。話し方も二人だけなら砕けた言葉に変わり、アレックスのような良き話し相手となりそうだった。


「アイリーン王女殿下。実はちょっとお伝えしたいことがありまして……」


「なんでしょうか、ギルベルト様」


突然、真剣な表情になった彼は誰にも聞こえないようにそっと、私に耳打ちをした。


「聡明であるアイリーン王女殿下なら、もう把握されているかもしれませんが……。王宮内の派閥にご注意ください。侍女、侍従の派閥は要らぬものを引き込む可能性があります」


「派閥……。わかりました、忠告、感謝します」


私にとって、その派閥という内容は今まで考えていなかった、新しい視点の話だった。確かに貴族家系がいくつもあればその分だけ思想も増える。国王の言葉がすべて、なんていう貴族もいるにはいるけれど、そうじゃない貴族だっている。当たり前のことだ。


 その派閥という視点をくれた彼は、サーシェス侯爵が迎えに来たので去っていった。私は会った後から注意深く王宮勤めをする侍女や侍従たちを観察するようになった。

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