ヒロインアレルギーなら勇者やめろ

ちびまるフォイ

ヒロインの立ち位置

「あなたが……私を助けてくれたんですか……?」


「ああ、僕はこの世界を支配するジャ・アークを倒すため

 闇の結界を壊せる唯一の存在である君を救いに来たんだ」


「勇者さま……!」


「僕と一緒に冒険のたびに出てくれるか?」


「はい! もちろん!」

「さあいくぞ! ジャ・アークを倒しに!」


「その前に、ひとついいでしょうか」


ヒロインは勇者との距離感に気がついた。



「なんか……遠くない?」



二人はすでに直線距離にして50m以上離れていた。

これだけ離れているとすでに同じチームと言えるのか疑問を呈するレベル。


「実は君にはまだ話してなかったが、僕にはヒロインアレルギーがあるんだよ」


「えっと……」


「ヒロインといると、くしゃみが止まらない」


「よく私助けれたわね」


「地元の猟友会に協力してもらいました」

「勇者さまがそれでいいの……?」


ヒロインはおぼろげに見えるシルエットに糸電話で話しかける。


「なんとか距離を縮められないんですか?」


「なんだお前。ぐいぐい来るな」


「そういうことではなく、これだけ離れていると

 私のサポートもできないでしょう?」


「しかし、戦いのさなかにくしゃみとじんましんが出て

 涙が止まらなくなってお腹が痛くなると、戦いどころではないだろう」


「我慢できませんか?」

「方法がないわけではない」


勇者のスタンバイが終わるとヒロインは歩み寄ってきた。

勇者の顔は包帯でぐるぐる巻きにされ、鼻には紙が突っ込まれている。

肌が出る部分は布で覆われている。


「これならどうだ。アレルギーは出ないぞ」


「勇者としてのビジュアルがだいぶ犠牲になってますよ」


「大事なのは名声でも英雄譚でもない。

 僕はこの世界を救うためだったらなんだってやるつもりだ。



 ……っておい。なに離れてるんだ」



「見えるんですね」


「包帯にのぞき穴がある。

 せっかくアレルギーを克服したというのに

 距離を置かれたらここまでした意味がないだろう?」


「いや、一緒に歩いて同じような人間だと思われたくなくって……」


それから勇者とヒロインはなんとかアレルギーを克服しようと

怪しい博士から薬を処方されたり体に機械を埋め込んだりしてみたが

ついぞ勇者のアレルギーが治ることはなかった。


はずだったある日のこと。


「あれ? 勇者さま?」


「なんだ?」


「えいえいっ」

「何を触っている」


「ヒロインアレルギー出ないんですか!?」


以前はヒロインが触ろうものなら体中にぶつぶつ模様が浮き出て

穴という穴から血が吹き出たはずだったのに、今は涼しい顔をしている。


「勇者さま、ついに病気が治ったんですね!

 本当に良かった! おめでとうございます!」


「いや、治ったわけではない」


「でも全然平気じゃないですか? ほら? ほらほらっ」



「それはお前がヒロインじゃなくなったからだ」



「……え?」


「50m先を見てみろ」


視線の先には今にも壊れてしまいそうなうさぎ系女子がふえぇと鳴いていた。


「彼女が新しいヒロインだ。

 君がヒロインじゃなくなったから平気になったんだ」


「え!? なんであんなポッと出の人がヒロインに!?」


「ほら、君はどちらかというとしっかり意見をいうタイプだろう?

 そういうのは男勇者のパーティではヒロイン扱いされにくいんだよ。

 途中で合流した別の女の子にヒロインポジを奪われることはざらにある」


「は、ははは……まあ、いいんじゃない?

 これからは遠慮なくサポートできるし?」


元ヒロインはうわずりながらも引きつった顔で答えた。


ヒロイン降格により物語は新ヒロインの生い立ちだとか、

悲しい過去や呪われた運命ばかりをたどるようになり

元ヒロインはますますフェードアウト。


元ヒロインは河川敷でため息をついた。


「はぁ……なんだかなぁ……」


「どうしたんですか?」


「最近、私って必要なのかなと考えちゃって……」


「君は闇の結界を壊すのに不可欠じゃないか」


「そうだけど……この分じゃそのうち私じゃなくても

 闇の結界を別ルートで壊して世界を救いに行ってしまいそうで」


「君が気にしているのはそこじゃないだろう?」


元ヒロインは膝を抱えて丸くなる。

くぐもった声が膝の間から漏れ出てくる。


「なんか……納得いかない。新ヒロインが嫌いなわけじゃない。

 新ヒロインを大切にする勇者がにくいわけでもない。ただ……」


「ただ?」


「私がいることも忘れてほしくなくって……」




「ヒロイン!」


声に振り返ると、勇者が河川敷にやってきてた。


「今話してた人は?」


「ぜんぜん知らないおっさん。

 それより、どうして勇者がここに?

 新ヒロインが実はお姫様でその皇位継承に巻き込まれて

 王宮内でのトーナメント戦に関わったんじゃないの? 解説として」


「そんなことより……はっくしょん!! はっくしょん!!」


勇者はヒロインに近づくと、くしゃみが止まらなくなる。


「勇者? アレルギーは治ったんじゃないの?」


「いや、治ったわけじゃないと言っただろう。

 それに君がヒロインとして返り咲いたことでアレルギーが……っくしょん!」


「私が……ヒロイン!? どうして!?」


「守ってくれくれ系のヒロインは場合によってはムカつくのと、

 普段は気丈な女の子がときおり見せる弱さに男子は弱いんだ」


「そういう解説されると私が狙ったみたいになるんだけど」


「とにかく、君がヒロインなのは間違いな……っくしょん!

 また僕と旅に……くしょん! くしゅん!! はっくしょん!!」


ヒロインはニヤける顔をぐっとこらえて答えた。


「ええ、気丈なヒロインとして付き合ってあげるっ」


ヒロインはぶつぶつが浮き出る勇者の手をとった。

ふたりの冒険がいま始まる……!





「うわぁああああ!! ハッピーエンドだぁぁぁ!!!」


一方、その様子を見ていたハッピーエンドアレルギーのジャ・アークは

重度のアレルギー症状で人知れず命を落とした。

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