出題編 後


「それで、ここを飛び出していったと。なるほど?私を起こす暇もなかったわけだ」


 と言って、若い警官を責める様な口振りで説教を続ける。

交番に戻ってきてすぐに公民館のあの場所で見たものを語らせ、数刻考えた末での説教だ。

「だいたいね、そういうのは電話で対応出来るでしょう?どうして現場にわざわざ行ったの?」

「え、そんなの無理ですよ。どうしてここにいたまま事件を解決出来るって言うんですか」

「まぁ、君はそう思うだろうね。だからそんな行動したんだもの」

そう言いながら、デスクの引き出しからメモ紙とペンを取り出し、何やら紙に書き始める。暫くして不安げな顔つきの若き警官にその紙を渡した。

「そこに要点は書いたから自分で考えなさい。答えは明日わかるでしょう」

「は、はぁ……」

「それじゃあ、この話はここでおしまい。立番してきて」

「わかりました」

と言って、若い警官は受け取ったメモ紙を引き出しに入れ、交番前の定位置に着いた。一方でもう一人の警官は書類作成や整頓を始めた。


 日が暮れゆくさまを遠くに見ながら、若き警官は今日の事を振り返る。

あの電話、あの場所で見たもの、そして先程言われた事。

 何度考えを反芻しても答えは変わらず、自分ではなくもっと上の人間が当たるものだという結論に至る。しかしそれは間違いなのだと言われたことを思い出し、また振り出しに戻る。

それを何度か繰り返している内に、書類整頓していた先輩警官から声を掛けられた。

「終わっていいよ、巡回行ってくるから中で待機ね」

「はい」

そう言って足早に交番を出る姿をすれ違いざまに見送り、そのままの足取りで自分のデスクに座った。

こうして待機している間、普段なら明日でも構わない余分な業務をしたり、軽い清掃をしているのだが、今日はそこへ思考が回らない。

昼過ぎのあの事件が気になって仕方がないのだ。

 若き警官は自分のデスクの引き出しに突っ込んだ紙を取り出し読む。数刻前に先輩警官から渡されたものだ。

そこに書かれていた文章はいたってシンプルであるが、若き警官の頭を更に悩ませた。


『明日、午後六時三〇分に公民館で集合 服装は自由』


 これはただの呼び出しであって、事件を紐解く手掛かりではないのではないじゃないか。と、心の中で思いはしたものの、何かしらの暗号なのかも知れないと考えた。

尤も、このメモ紙に書かれた内容は答えにほぼ近いものではあるが、ここで頭を抱えている若き警官が気づけるかは不明だ。


 そうこうしている内に夜は明け、欠伸をしている間に午前がそろそろ終わろうとしていた。段々と肩が重くなるのを感じながら、交代の警官たちが出勤するのを待機している。

一週間の後半に当たる今日も平穏で、交番を訪れるのは拾得物の受け渡しか道を尋ねる人だけだった。それがこの街の良いところではあるが、それが今の若き警官にとっては煩わしく。

 何かしら業務をしていないと昨日の”指”やら”眼球”を思い出してしまう。それならばまだ何か事案が発生して出動する方がマシだと考えているのだろうが、自己中心的極まりない思考だ。

 若さと経験の浅さ故の短慮さを捨てきれない警官が思考を深めている間に、交代の警官たちは到着しており、既に先輩警官によって諸連絡は完了していた。後は一度警察署へ行き、先輩は自宅へ若き警官は宿舎へ帰るだけである。

 いつまでも自分のデスクから立ち上がらずにいる若き警官を見て、先輩警官は何度か呼びかけた。しかし、それに返事は返ってこなかった。

いつの間にか座ったままの姿勢で居眠りをしていたのだ。

少し怒ったようではあるものの、優しい口調で先輩警官が起こす。

「起きなさい、帰るよ」

「―――はっ!もしかして寝てました?」

「そうみたいだよ。宿舎まで送るから、早く支度しなさいね」

「は、はい、ありがとうございます!」

その返事を聞きながら先輩は交番を後にする。若き警官が気づかぬうちに到着していた交代の警官に挨拶し、自分のロッカーから鞄を取り出し駆け足で交番を出た。


 結局のところ、どれだけ分かりやすいヒントを貰おうとこの警官には理解出来なかった。思考が柔軟になれないでいる為である。

街中を車で送ってもらう最中、色々な物を見たはずではあるが何一つ記憶に残せていない。端的に言えばこの警官は疲れていた。

 警察宿舎にもいつの間にか到着しており、瞼がどうにか開いている内に先輩へ一言礼を言って車を降りた。

しかし、若き警官が扉を閉める前に、運転席から念を押す様に言われた言葉だけは覚えていた。


「メモ紙に書いた通り、忘れないでね」

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