32 罪と罰と人と


「極刑に処すべきです」

 真顔で断言したアーロン・モルゼディアスに、モルゼディアス家当主――つまり、アーロンの父親は、苦笑いを浮かべる。

 いつも厳しい顔をしている息子とは違い、父親は柔和な顔をしているのはすこし意外だった。ゆかりの視線に気づいたのか、当主は口元をゆるめ、目礼する。

 城の一室。主に会議をおこなう部屋の中には、今事件の関係者が集まっている。ゆかりの側には、エルビス団長とグラハム・ノーソルデル卿。御三家のうち、モルゼディアスとフォルケイエスが招集され、イグナティウスの席は空いている。

 まだ、首謀者の特定はできていない。ベクレルの暴走なのか、イグナティウス全体が噛んでいるのか、判断がつけられない状態なのだ。今は逃亡防止に、警護団が取り囲んでいる。



「殿下、これは由々しき事態なのです」

「わかっている。しかし、だからといって極刑に処しろとは、暴論すぎるだろう」

「あれは頭がおかしい」

「そう言うな」

 アーロンとヴィンセンテの応酬を聞きながら、ゆかりは己の左に座る白い少年こと、ロースを見やる。

 壊滅というか、物理的に崩壊した白い集団は、領主が保有する施設に隔離された。そのうちの幹部数名は、ロースを監禁した罪によって、城内に囚われている。

 彼らの罪は、これから暴かれることになるだろう。信者たちと違い、彼らは違法な手段を用いて、ロースを作り出している。

 ロースの身柄に関しては、いったんは領主預かりとなっている。

 彼の姿をはじめて見たヴィンセンテは驚き、そしてつらそうに顔を歪めた。

 我らの民が済まないことをした。

 と膝をつき、目線を合わせたうえで頭を下げたのだ。

 筋肉王子のこういった姿勢を見るたび、ゆかりはいつも感心する。

 ロースによって、白の集団の内情、またゆかりをさらった経緯など明かされ、そうしてベクレル・変態・イグナティウスの「子作り」発言が告げられたことで、激高したのがアーロン・モルゼディアスというわけだ。

 ゆかりをやたら「ご招待」したがっていた彼は、己の容疑を晴らすために父親を巻きこみ、当主もまた、モルゼディアスの名を汚さぬよう、積極的に協力してくれたという。白の集団がいた建物が倒壊してもたいした騒動になっていないのは、彼らの情報統制のおかげだ。

 モルゼディアスの者が「極秘捜査です」と言えば、それはもう「深く関わったらやばい」ということになる。

 それってむしろ、モルゼディアスのほうが悪役っぽくね? とゆかりは思ったが、闇討ちされて今度こそ消されそうなので「そうですか、すごいですね」と流すことにした。

 世の中には、適当に流しておいたほうが穏便に過ごせることがある。

 アーロンは、アナライゼスに乗って戻ってきたゆかりを見るなり平伏した。

 尊い……、などと呟いていたので、これはもう本格的に危ない人だと思ったものだ。

 やっぱりただの「落ち武者フェチ」の人だったらしい。


 フォルケイエス側の出席者は、現当主のみ。五十代といった印象の、がっしりとした男性だ。キリリとした眉は太く、いかにも体育会系といったかんじである。

 その男が、ゆっくりと口を開く。

「フォルケイエスとしては、極刑は認めにくいところだな」

「なぜですか」

「イグナティウスすべての恨みをかっては、ライセムが終わる。今回の騒ぎは問題だが、だからといって、彼らのこれまでの功績が無になるのかといえば、そうでもなかろう」

「そのとおり。イグナティウスがいままでに築いてきたものを、無下にはできん」

 イグナティウスは外交担当。他国との交易や、他領地との折衝を含め、彼らはこれまでライセムの発展に寄与してきた。大きな問題もなく歴代の領主が治めてこられたのは、同じく歴代のイグナティウスの働きによるものなのだ。その名前が築いてきたものは無視できない。

 一人の馬鹿のおかげで大企業が潰れる可能性もある世界からやってきた白石ゆかりは「経営陣のトップって大変」と、記者会見でフラッシュの中で頭を下げる人々を思い出していた。

「落ち武者様に、北国からの御客人。そなたらはどうお考えになる」

「わ、私ですかっ」

 いきなり話を振られてどもるゆかりとはうらはらに、ロースはつとめて冷静に返す。子どもらしからぬ、しっかりとした口調だ。

「正直に申し上げますと、自己本位な要求をする方を数多く見てきましたので、特別どうとも。戯言は聞き流してまいりましたので」

「スルースキルが鍛えられたってことですね」

「……言っている意味が、よく」

「ユカリ様のお言葉は、九割方そうです。お気になさらず」

「そうですか、大変ですね」

「慣れましたので」

「あれ? 私、馬鹿にされてる?」

 ロースとグラハムの会話にゆかりが口を挟んだ時、ヴィンセンテは重々しく頷いた。

「では、御客人は罪に問うほどでもないと?」

「幸いにも実害はございませんし、国際法に基づいても、大きな罪には問えないのではありませんか?」

「おっしゃるとおりです」

「さらに無視!?」

 ツッコミを入れたゆかりに、背後から給仕が一声。

「落ち武者様、お菓子のおかわりをお持ちしましょうか?」

「食べます」

 落ち武者には食べ物を与えておけば黙らせられることは、ここでも浸透していた。

 切り分けられたのは、角切りにしたエスタ芋がゴロゴロ入っているパイ。お菓子というより、主食にもなるそれを、ゆかりはがっつりといただく。

 ほっこりとした芋の食感と、甘みのあるペースト状の芋が混ざり合い、絶妙な舌触りを作り出している。バターのなめらかさがたまらない。パンにつけて食べたいと思う。

 今度は煮詰めた砂糖にからめて、大学イモにするのはどうだろう。芋けんぴも捨てがたい。

 当事者の片割れがモグモグ食べるなか、議会は着々と進行していく。

「では、ベクレル・イグナティウスは爵位を剥奪し、更迭。とはいえ、遠くへ追いやってしまえば、かえって目が届かなくなりそうだな」

「地頭のよい男ですからな」

「その頭脳をもっと良いほうへ生かしてくれれば問題ないのだが」

「思ったんですけど――」

 食べ終わったゆかりが紅茶で喉を潤したあと、発言する。

「落ち武者様、なにか?」

「あのへんた――いえ、ベクレルさんは、研究者とかに向いてると思うんですよ。品種改良とかさせたらいいんじゃないですかね?」

「品種改良、ですか?」

 ヴィンセンテが訝しげに問う。

「交配がどーとかいうのを人間でやらずに、作物でやればいいんですよ。もしくは家畜。いえ、動物ならなにしてもいいってわけじゃないんですけど、例えば、強い軍馬を生ませるために、強い馬の遺伝子を掛け合わせたりとか、しますよね?」

「ああ、たしかにな」と、フォルケイエス家が頷く。

「私のいた世界では、牛や豚でも配合して、地方独自のブランド牛を作って、特産物にしてました。香草豚みたいなもんですよ」

「あれはたしかに美味しいですね」と、グラハムが頷く。

「たぶんあの人、そういうの好きなんだと思います。イグナティウスさんが交易を牛耳ってるなら、よそからそういうの探すこともできますよね。個人的には、調味料関係も極めていって、和風味を取り込みたいところなんですが」

「わふうあじ?」

「私の国の味です。洋風にはそろそろ飽きました」

「飽きたのですか」

「いえ、美味しいのは美味しいです。不満はありませんが、充実しているからこその我儘ですよ。もっと素敵な食生活が送りたいのです」

「食生活」

「ええ」

 断言した落ち武者に、一同は唾をのむ。冷静なのは、グラハムぐらいなものである。

「ユカリ様の発案によって、我がノーソルデル邸は楽しい食生活をおくらせていただいておりますよ。ピザパーティーは楽しかったですね」

「ピザ……?」

 マリゲリータの父親であるフォルケイエス家当主が呟く。

 なんだそれ俺は聞いてないぞと、目をギラギラさせるガルセス国の王族。

 モルゼディアス親子は、なぜか笑顔だった。

 ゆかりは言う。

「馬鹿とハサミは使いようという言葉もありますし、ベクレルさんには楽しく実験させておけばいいんですよ。私とロースさんに近づかなければ、問題ありません」

「ないのか?」

「ロースさんも言ってましたけど、結局のところ実害はなかったわけですし」

「さらわれたじゃないか!」

「――まあ、そうですけど」

 気色ばんで言うヴィンセンテの弁に、ゆかりは呟く。

 たしかに、嬉しくも楽しくもない経験だったし、あの白い部屋は、トラウマレベルの精神崩壊部屋だったけれど、ゆかりは一人ではなかった。

 ロースが心配してこっそり見に来てくれたし、ドラゴン達が集団で迎えに来てくれた。竜騎士団の面々に泣かれたし(本日担当だった団員はガチ泣きだった)、アドレーは随分と疲れた顔をしていた。ノエルいわく『アドレーはすごく心配してたんだよ』とのことで、生真面目で世話好きのアドレー・おかん・グリーブスなら、ゆかりが忽然と姿を消したら、さぞかし心配するだろうと想像できた。

 誰かが自分を認めてくれることは、生きていくうえで大切なことだ。

 それはベクレルだって同じこと。

 一人で放りだしてしまえば、心を病んで、奇行に走るかもしれない。

 負の連鎖。

 悪循環を生むだけだ。

 罪は罪だし、償いは必要だと思うけれど、自分の一言で誰かの処遇が決まってしまうというのは、ひどく恐ろしい。

 自分がベクレルの罰を決めていいというのであれば、社会貢献で更生――するかどうかはともかく、自身の能力を生かして、食文化の発展に寄与していただきたいと思うのだ。美味しい物は正義だし。

「怪我もしてないですし、見張っててくれるなら、もういいです」

「御客人は?」

「ぼくも結構ですよ」

 ロースが頷き、ヴィンセンテは一同を見渡す。

「ならば、決を取ろう。フォルケイエス、モルゼディアス」

「フォルケイエス、同意いたします」

「モルゼディアス、同意いたします」

 御三家のうち、二家が宣誓する。

 ライセム領の主要たる面々により、問題は締結する。

「落ち武者様、北国の御客人。双方の寛大な御心に、領主として感謝する。とくに御客人の今後に関しては、我が国をあげて、支援させていただく所存です」

「今後ですか?」

「故国への帰還に関して、手配を」

 彼の道が開かれたことに、ゆかりは喜びの声をかけた。

「よかったね、ミンチさん!」

「もうそれ、原形がないよね……」

 一応言い置いて、リグ・ロースはヴィンセンテに答えを返した。





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