20 ドラゴンを冠するメニューを
「おお、ついにドラゴンフルーツが市場デビューを果たすわけですね」
「なんだよ、それ」
「お披露目されるってことですよ」
「あんま期待すんなよ」
興奮気味のゆかりをおさえるように、フェイムはつとめて冷静に返す。
彼の実家であるレストランで、本日からドラゴンフルーツを使った料理が提供されることになったのである。
思考錯誤を繰り返し、これならばと店主が納得した三種は、チキンのドラゴンフルーツソース添え、ドラゴンフルーツのコンポート、ドラゴンフルーツのカスタードパイだ。ジャムに関してはパンに添えて出して、瓶詰めにしたものを販売用にも並べる予定だという。
他の団員曰く、ライセムの城下町界隈ではそこそこ名の通った店だという。便乗する店が現れたら、需要があったとみなしていいだろう。
「喫茶店のほうでも、いくつか出すってよ。ドラゴンフルーツのパイは、おじさんの自信作らしい」
「喫茶店のおじさんって、このあいだ持ってきてくれたベイクドチーズケーキの人?」
タルトレットではなく、パイ生地を敷いたチーズケーキは、スティック状に切断されていて、店舗で一本売りにされているという。ねっとりタイプのチーズケーキより、軽めのしっとり系が好きなゆかりの好みに合致した、絶品スイーツだった。
「わー。それは楽しみ。絶対美味しいよね」
「あと、ベリーと混ぜたフルーツソースをワッフルにかけるらしい。ちなみにワッフルは、おじさんの店の名物だ」
町で噂の激うまグルメを紹介する冊子に紹介されていたワッフルを思い出し、ゆかりの目が輝いた。町へ出歩けるようになったら行きたいお店のひとつとして、脳内メモに書きこんである。
『楽しそうだね、ゆかり』
「聞いてるだけで美味しそうなんだもん。ハウロスは食べたことある?」
『フェイムと一緒に街へ降りた時、食べさせてもらったことが何度かあるよ』
「へー、いいなー」
「通訳されなくても、どんな会話してんのかがわかるのがすごいな」
思わずぼやくフェイム。ハウロスはそんな彼を見て牙を剥いて笑う。
今となっては、ドラゴンのその仕草が、楽しい時の笑い方だと知っている。それはまぎれもなく、ゆかりのおかげだ。
一般の民と比べ、竜騎士達はドラゴンと接する時間がはるかに長い。しかし、だからといって、彼らのことをきちんと理解しているとはいえなかった。
人間同士であれば、言葉や態度、顔つきなどである程度のことは想像もできるし、対話することで解決も可能だ。
けれど、ドラゴンとはそう簡単にいかない。
すべては推測で、正解がわからなかった。唯一アドレーは、なんとはなしに喜怒哀楽の感情を察することができたが、それすら本当なのかは誰もわからなかった。
答え合わせができたのは、黒い髪の落ち武者が来てからだ。
当初「言葉がわかるとか嘘つきやがって」と疑いまくっていたフェイムのように、ゆかりが仲介する「ドラゴンの言葉」が、本当の本当に彼らの言葉そのままなのか。疑いだせばキリがないところだが、ひとまずの解決策としてゆかりは、はいといいえを判別する動作を決めればいいと提案したのだ。
問いかけに対して、人と同様に頭部を縦に振るか横に振るか、またはしっぽで地面を何度叩くか、騎乗状態では唸り声の発し方で判断をするなど。
複数の手段を決めたことで、ドラゴンと意思疎通が図れるようになった。
ゆかりは単純に「よかったねー」と答えただけだったが、このことがどれほど竜騎士の気持ちを高揚させる出来事だったのか、きっとわかってはいないのだろう。
フェイムは、かつての自分をぶん殴りに行きたいほど恥ずかしいが、それはできないため、ドラゴンフルーツ普及委員会に参加し、協力している状態なのである。
「そういやおまえ、まだ町へ降りる許可出てないのか?」
「んー、そうなんだよね。できればフェイムさんとこのお店に行って、現地で食べたいんだけど」
「俺が勝手に連れていくわけにも……」
「わかってる。それに、まだ一人でドラゴンに乗れるわけじゃないし」
「騎乗歩行はできてるじゃないか」
「落ちない保証ないし」
「それ言ってたらはじまらないぞ」
「アドレーさんにも同じこと言われたよ……」
ドラゴンの背中は思っている以上に高い。この世界に来て最初に背中に乗った時は、アドレーが一緒だったし、どこか非現実にも感じていたので、恐怖はなかったのだ。
遊園地のアトラクションにおける高い場所は嫌いではない。
けれどあれは、足を付ける場所があるからだ。
ドラゴンに乗る時も
アナライゼスの背中に乗って歩行練習をするようになってから、ゆかりは地面のありがたみを知った。
「まあ、練習あるのみ、だろ」
「ちなみにフェイムさんは、乗る時に苦労とかしなかった?」
「俺だってゴロゴロ落ちたぞ」
みんな、そんなもんだ――。
フェイムがそう言ったことで、ゆかりは安堵した。
ドラゴンフルーツのパイは、作り手によって味わいが違う。
ダンが作ったパイは、果物の形がわりと残っていて、ジャムのようにどろりと崩れた部分と少し固めの歯触りになるようにわざと別々に作った、二種類のフィリングを詰めたものだ。
こちらのほうがアップルパイを彷彿とさせてゆかりの好みだが、カスタードクリームをたっぷり混ぜたタイプも非常に美味しかった。
ドラゴンフルーツ自体がとても甘いため、カスタードは甘みをおさえ、バランスを取っている。フェイムが持ってきてくれた、彼の父親が作ったというドラゴンフルーツのカスタードパイは、出来立てを食べるよりは、冷ましたほうが味わい深いとゆかりは思う。決して、カスタードクリームで舌をヤケドしそうになったから、とかではないのである。
「さすが、グランドールですね。完成された隙のない味です」
ノーソルデル邸の料理人は、しみじみと頷いた。
ちなみにグランドールとは、フェイムの実家である店の名前だ。家名であるグランを冠した店を展開しており、喫茶店のほうはグランリオーレという。
「デザートは最後にお出しするものですから、敢えて味をおさえてあるのでしょう。それが証拠に、同じグランの一族が作ったグランリオーレで出しているほうは、味がしっかりと前に出ています。主役ですな」
「お店では、アイスクリームを添えて出すことも可能だそうです」
「ああ、合いそうですね」
キッチンの片隅、夕食の仕込みが終わったダンにも味わってもらうために差し入れとして持ってきた。ノーソルデル邸用としてホールをもらったので、残りはまだたっぷりある。グラハムやリングレンだけではなく、使用人の皆さまにも是非食べていただきたい。
申し出をダンは快諾し、ゆかりは笑顔で礼を述べた。
「あいかわらずですな、ユカリ様は」
「なにがでしょうか」
「礼を言うのは、差し入れをいただいた我々のほうですよ」
「でも、皆さんに行き渡るように手配するのは、ダンさんじゃないですか。だったらやっぱり、ありがとうですよ」
あまり納得はしていないようなダンに対し、ごまかすようにへらりと笑ったゆかりは次に「ごめんなさい」と頭をさげた。
「ジャムもパイも、その他のちょっとしたことも。全部ダンさんが最初に考えてくれたのに、出まわるのはグランドールの名前になっちゃって……」
「同じ料理でも、作る人間によって同じ味にはなりません。話題になるのであれば、それはグランドールの実力です」
「でも、最初に考えたっていうのは、大事ですよ。無から有を生み出したんですから」
「最初に考えたというのであれば、ユカリ様でしょう。私はその手伝いをしたまでです」
「私なんて思いつきであーだこーだ言っただけですよ。それを形にしたのは、ダンさんの手腕です」
ドラゴンフルーツマイスターになりましょう!
大見得をきったくせに、表舞台に立つのは別の人物だなんて。
申し訳なさすぎて、埋まりたい。
見るからに落ちこんでいるゆかりに、ダンは苦笑を返す。
別世界からの客人は、時折こうして、とりとめのないことでひどく落ちこむ。気に病む必要などなさそうなことが気になるらしく、そういったところが感性の違いを浮き彫りにする。
違う概念の世界から落ちてきた人間。
生きているうちにお目にかかれるとは思っていなかった存在に、ダンは戸惑いつつも、共に過ごすうちに気にならなくなっていった。
彼女は同じ「人間」だった。
自分が作った料理を手放しで褒めて、美味しい美味しいと口にするゆかりを、嫌えるはずもない。
グラハムがそうであるように、ダンもまた、ゆかりを助けたいと思ったのだから、今回もその一環だ。
「グランは、料理人を多く抱えた一族でして、私もその一門なのですよ」
「ダンさんが?」
「私の師匠がグランの人間で、グランドールの店主とは兄弟弟子ですな」
「意外な繋がりですね」
「ですから、ユカリ様が気に病むことはありません。彼ならば、手柄を吹聴するような真似もしないでしょうし、真摯に取り組むことでしょう。そういう人間です」
「そうですか」
「一門の人間は、食に対する裏切りを許しません。たしか城の食堂にも、グランに師事した料理人がいるはずです。ヴィンセンテ殿下の下でドラゴンフルーツを広めるのであれば、あそこも布教の場所になさればよろしいでしょう」
「でも――」
「名物となるやもしれない料理のはじまりに立ち会えるかと思うと、胸が
ユカリ様が感じていた気持ちも、こういったことでしょう?
小粋にウインクを返すダンを見て、ゆかりは謝罪を重ねるのはやめ、笑顔で肯定することにした。
ドラゴンフルーツを使った料理は、名前の珍しさもあいまって、そこそこの売れ行きをみせているという。
もともとジャムに関しては、グラノーラやリングレンの手によって、一部の上流階級に知られてはいたものの、一般階級には降りていない情報だった。それが今回、グランドールやグランリオーレでの販売により「森の果物って、ジャムにしてもいけるね」となり、「うちでは昔から、煮詰めてジャムっぽくして食べてたし」「いやいやうちは――」と個人的なレシピを披露する人が現れはじめたのだ。
グランの名前を持たない洋菓子店で、ドラゴンフルーツを使ったタルトが販売される。
ムースの上にクリームを乗せ、その上にたっぷりとドラゴンフルーツを敷き詰めたフルーツタルトは、レモンの酸味あるムースとのコントラストが受け、話題のスイーツとして取りあげられた。
かと思えば、生菓子ではなく焼き菓子としてのタルトを販売する店が現れて、どちらのタルトが好きかの人気投票が行われる事態となり、にわかにドラゴンフルーツブームが到来したのである。
その間わずか一ヶ月。
都会の流行ってすごい、と田舎者のゆかりは驚愕したものである。
『僕は焼いたタルトのほうが好きだな』
『私はこっちの瑞々しいフルーツタルトのほうが好きだわ』
『俺もそっち派だな。リルルはどうだ?』
『……焼いたほうが、好き』
『お子様には焼き菓子が人気かー』
『ハウロス、僕、子どもじゃないし』
快活に笑うハウロスに、ノエルがぷんすか反論する。その傍らでお上品にムースタイプのタルトを食すエルナと、カットしたドラゴンフルーツフィリングを練りこんだ焼き菓子タルトを食べるリルルがいる。
ドラゴンの名前が付いたお菓子を食べるドラゴン。
言葉だけで聞くと、共食いだな。
ドラゴンフルーツのジュースを飲みながら、白石ゆかりは他人事のように思った。
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