17 騎乗とは背中を預けることである

 竜騎士が騎乗するドラゴンは、前任者からの継承が主流である。

 無論、相性というものも存在するので、一概にそうとは言い切れないが、基本的には前任者の竜と行動を共にし、彼らから拒否されなければパートナーとなる。

 滅多にないことではあるが、竜の方から相手を選ぶ例も存在する。ライセム竜騎士団でいうと、ノエルとアドレーがその例だ。

 彼らの場合、団員となる前からその仲は決定的であり、ノエルはアドレー以外をずっと拒否していたというから徹底している。

『他の人間が駄目なわけじゃないよ。ただ、お仕事するのは、絶対アドレーが最初って決めてただけだよ』

 ノエルの愛は深くて重い。



 アナライゼスがゆかりを指名したことをフェイムから聞いたエルビス団長は、頭をかかえた。

 竜の巣で暮らすドラゴンのなかで、アナライゼスは上位種であるとエルビスは位置づけていた。騎士団に受け継がれる記録により、の竜がよそからやってきた個体で、あまり人を信用していない節があるということは知っていた。それでも、姿形や飛行する姿を見るたび、じつに惜しいと思っていただけに、ようやっと騎乗を許してくれた彼がよりにもよってゆかりを選んだことは、決して口には出せないが、残念で仕方がない。

(だが、言葉を解する彼女がいたからこそ、あのドラゴンは許してくれたのだろうしなぁ……)

 いずれ他の団員の騎乗も許してくれるよう、お願いするしかないだろう。

 窓の外に目をやると、ちょうど同じぐらいの高さに竜達の頭が見える。詰所の二階は、それを計算して建設されたらしい。

 どこまでも竜に寄り添い、彼らと共に暮らそうと考えた歴代団員達の気持ちが、そこかしこに感じられる建物である。

 コツリと音がして、ガラス窓を揺らしたのは、エルビスの竜・レイバンだ。代々の団長を支えたと伝えられているレイバンの瞳は、常に優しさを湛えている。彼を称して「好々爺」と発言したのはゆかりだが、レイバンはたしかに穏やかに見守る隠居老人の雰囲気がある竜であった。

「なにかありましたか、レイバン」

 グルルルル

 声と共に視線を動かす。

 導かれるままにエルビスも顔を向けると、そこにはノエルとアドレー、アナライゼスとゆかりがいた。アナライゼスの背に乗るための練習といったところだろう。

 地に伏せたアナライゼスに、ゆかりがまたがっているのが見える。上手くバランスが取れないのか、転がり落ちそうになるゆかりを、アドレーが補佐する様子はなにやらほほえましい。

「いやー。若いもんはいいですなー」

 グルルル

 おっさんくさい台詞を吐いたエルビンに、レイバンが同意した。



 騎乗竜を持つ者の証明は、竜の鱗を所持することだ。

 それを持っているから自由に飛べるというわけではなく、乗りこなすにはきちんと技術がいる。

(自転車だって、補助輪はずすために練習するもんね……)

 自転車と違うのは、相手が無機物ではなく、意思を持つ生物であるということだろう。馬にでも乗ったことがあればまた違うのかもしれないが、生憎とゆかりはそんな機会に恵まれなかった。

「怖がるから、身体が強張るんだ。もっと力を抜け」

「そ、そんな、ことを、言われまして、も」

「アナライゼスを信用しろよ」

「信じる信じないは関係なくない?」

「あるだろう」

『意地悪して落としたりしないよ、ゆかり』

 アドレーが断じて、ノエルも頷いた。

 別に落とされると思っているわけではない。単純に己の運動神経の問題だと思うゆかりである。

『……俺は、人を乗せたことがないから』

 だから、自分が悪いのだと、アナライゼスは落ちこんだ。

 竜騎士団の人間達は、決して悪い人間ではないことはわかっているのに、人と飛ぶことに躊躇していた己が悔やまれる。

「違うんだよ、アナライゼス。アナライゼスは悪くなくて、私が鈍くさいだけだから」

『だが――』

『いきなり飛ぶのは無理だから、まずは慣れることだよ』

 謝罪合戦になりそうな会話を切ったのは、ノエルだ。

 アナライゼスより年下のノエルだが、こと「人を乗せる」ことに関しては先輩である。ドラゴンの立場で、背中に人を乗せる時の感覚を語り、アナライゼスも神妙な態度で聞いている。

 ドラゴンのことはドラゴンに任せて、人間は人間同士だ。

 ゆかりはアドレーに質問することにした。

「気をつけることはありますか」

「――と言われてもな」

 アドレーは考える。自分が最初にノエルに乗った時は、どうだっただろうか。

「俺の場合、ガキの頃にじいさんと一緒に乗せてもらってたから、ノエルに乗る頃にはもう慣れてたしな」

「そっか。そうですよねぇ」

「いきなり飛ぶことは考えず、まずは背中に乗るという感覚をつかむことじゃないか?」

「なんか、ノエルと同じこと言ってますね」

「そうなのか?」

 ドラゴン達のほうを見ると、ノエルがアナライゼスになにやら話している。自分よりも少し躰の大きいアナライゼス相手に語っている姿は、なんだかおもしろいし、あのアナライゼスがおとなしくしているところも、珍しい。

「大丈夫なんじゃないか?」

「なにがですか?」

「アナライゼスはきっと、おまえに怪我をさせるようなことはしない」

 ドラゴンは優しい。

 気に入った人間に対しては特にだ。

「空を飛ぶ練習なら、俺が付き合ってやるよ。ノエルに乗ればいい」

「それは助かりますね」

 誰かにお願いしようと思っていたことを提案されて、喜ぶゆかり。

『ゆかりと一緒に、アドレーもアナライゼスに乗ればいいよ』

 しかし、ノエルは違うことを提案した。

『そうしたら、複数の人を乗せて飛ぶことも覚えられるし』

「いいの? アナライゼス」

 ノエルの暴走かと思い、アナライゼスに確認すると『いい』と頷いた。これに驚いたのは、アドレーである。

「俺が乗ってもいいのか?」

『ゆかりに怪我させないためだから、いい』

 こくり、頷く。

 言葉はわからないけれど、肯定したことはアドレーにも伝わった。

「――おまえ、すごいな」

「え? なにが?」

 この能天気そうな女のなにが、アナライゼスを動かしたのか。

 自分も影響された一人であるアドレーは、わかるようなわからないような、複雑な気分で溜息を落とした。



  ◇



 竜の鱗というものを手にした第一印象は、「意外と柔らかい」だった。

 もっと固いイメージがあったゆかりだが、考えてみれば、爬虫類の体表などじっくりさわったことはない。まして相手はドラゴンだ。地球の常識で考えていいものではないだろう。

 ファンタジー小説などに出てくる竜の鱗は、高値で取引されたり、防具の素材にされたりするものだが、こちらではそんなことはしていないようだ。

 けれど、これだけ柔らかいのであれば、なにかしらの加工品になりそうなものである。そういう分野での活用を考えてみるのもありじゃないだろうか。たとえばドラゴンの精巧模型を作って、鱗部分に本物の鱗を使うとか。

 何百分の一スケールのリアルなドラゴンフィギュア。

 マニア受けしそうではある。

「おまえ、また変なこと考えてるだろう」

「変じゃないですよ」

 騎乗練習の休憩中、切り株を椅子替わりに座っているゆかりに、アドレーは「どうだかな」と呆れ顔だ。

「鱗って綺麗ですよね」

「一体一体違うから、すごいよな」

「皆さん、鱗は持ち歩いてるんですか?」

「ああ。竜騎士の証みたいなもんだからな」

 希少価値の高い重要アイテムのように聞こえるが、ドラゴンにしてみれば「欲しいならあげるよ」程度でしかない。人間でいうところの「髪の毛」のようなもので、自然に落ちるし、剥がれたとしても復活する。たしかに自主的にペリペリと剥がしたいものではないが、そこまで価値のあるものでもなかったりする。

 言わないほうがいいな、これ。

 ゆかりは口をつぐんだ。

 そして、鶏肉を挟んだピタパンを頬張る。

 これもまたドラゴンフルーツの実験品のひとつで、漬けタレとソースに使用されている。甘辛タレの「甘」の部分を担っているのだが、なかなか美味しい。サニーレタスに絡んだソースだけでも、ご飯ならぬパンが進みそうだった。

 砂糖の代わりになれば、シュガーレスで女性に優しいかもしれない。それとも、果汁を煮詰めたものを使えば、砂糖の生成も可能なのだろうか。

 こちらの世界の砂糖事情はよくわからないが、お菓子を作る時に上白糖を使っていたので、技術は確立されているはずである。

(……まあ、こういうのは専門家に任せよう)

 白石ゆかりは、できないことは無理してやらない主義であった。

 ゆかりとアドレーの前では、ノエルとアナライゼスによる「人間を乗せて歩こう」訓練がおこなわれている。人間を模した砂袋を鞍に置き、それを落とさないように歩くのである。簡単なようで案外難しいのか、アナライゼスは何度も砂袋を地面に落としては、ノエルによって再装着されている。

 これができるようになったあとは、羽を広げての練習へ移行するそうだ。閉じた状態と広げた状態では、バランスが変わるらしい。

 そこからさらに、空中へ浮いての感覚へ移行するというのだから、道のりは思った以上に険しそうだ。

「ドラゴンにとって人を乗せるって、難しいんですねぇ」

「みたいだな。俺もはじめて知ったよ」

「ノエルは頑張り屋さんですね。アドレーさんを乗せるために、一生懸命練習したんでしょうから」

「……そうだな」

 何度も砂袋を落としながらも歩きつづけるアナライゼスの姿は、お世辞にもカッコイイとはいえない姿だ。躰が縮こまり、いつもの伸びやかさが欠片も存在していない。

 人を乗せるため、すっと躰を落とし、首をさげて乗りやすい体勢をとる。団員が手綱を持って合図をすれば、一直線にゆっくりと立ちあがる。

 背中に乗る人間を決して揺らさない振る舞いは、鍛錬の賜物であったのだ。

「本当に、ノエルはすごいな」

「っていうか、意外とスパルタですよね」

『ゆかりのために頑張ろうね、アナライゼス』

『わかっている』

 しっぽをバタバタと地に叩きつけながら、アナライゼスに指導するノエルを見て、

(ジャムパン作ってあげよう……)

 ゆかりは心の中で、アナライゼスにエールをおくった。





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