11 名は体を表す

 世にキラキラネームと呼ばれるものが流行りだして、若干意味が変わってきたかもしれないが「名は体を表す」という言葉がある。

 へたな名前をつけると、名前負けなどといわれかねない。

 名付けというのは難しいものだと、未婚のゆかりはしみじみ思う。


「ちょっと貴女、聞いていらっしゃるの?」

「はい、聞いていらっしゃいます」

「ならばお答えなさいませ! わたくしにだって、限界というものがありますの」

「さようでございますか」

 オウム返しのように言葉を真似たくなる、いかにもな口調でお喋りあそばされているのは、金髪縦ロールのお嬢様だ。城内を歩いていた時、柱の陰から登場した彼女を見たゆかりは驚愕したものである。


 ちょっとそこの貴女、落ち武者という特権を生かして、随分と好き勝手にやっていらっしゃるようね。わたくしに黙ってあの方に侍るなど、一体どういうおつもりですのっ!


 コスプレみたいな髪型と服装をした女性が上から目線でのたまった台詞もまた、やたら芝居がかったものだったので、ゆかりはてっきりなにかの出し物だと思った。

 いきなり舞台上に引きずり出されてアドリブで返せるほど女優ではなかったので、とりあえず冷静に「失礼ですが、どちら様ですか?」と訊ねたところ、甲高い声が返ってきた。

「わ、わたくしに向かってなんて不躾な」

「そうですわね、お嬢様」

「まったくですね、お嬢様」

 名の知れぬお嬢様の背後から、男女の声で合いの手が入る。

 ふんと鼻息を鳴らし、お嬢様は踏ん反り返る。名乗ってくれる気はないらしい。

 これはあれだ。名を問うのならばおまえから名乗れ、というやつに違いない。

 ゆかりが「私は白石ゆかりです」と名乗ると、「そんなことは知っていてよ」「そうですね、お嬢様」「まったくです、お嬢様」と返ってきた。

「落ち武者というだけで城内を我が物顔で歩きまわり、竜騎士団までも掌握するだなんて、ヴィンセンテ殿下のお立場を考えていらっしゃらないの?」

 正確には「落ち武者だから」城内ぐらいしか歩きまわれないのだが、このお嬢様にとっては許しがたいおこないであるらしい。

 なんだろう。引きこもりになってニート生活でもしろということだろうか。

 それはちょっとなぁ……と、ゆかりは思った。ノーソルデル邸にはリングレン少年がいる。ニートはまずいだろう。教育によろしくない。

 ゆかりとて、行動範囲が広げられるのならば、城の外にだって出てみたいと思っている。髪を隠すためのベールも用意してもらった。準備は万端だ。

 団員達と話すなかで、町の様子も教えてもらっている。皆、ゆかりが城の外へ出られない状況を気の毒に思ってくれているのだ。評判のお菓子や、テイクアウト可能なお惣菜、焼き立てパンなどなど、日替わりで提供してくれている。

 食べ物関係に偏っているあたり、竜騎士団全員にもゆかりが食に興味があることが浸透している証拠だろう。

 ノーラお抱えのお針子さん達が構えている店にも行ってみたいし、こちらの国における一般女性の服装も知りたい。街並みだって見てみたいし、ドラゴンに乗って遠出とかもしてみたい。頼めばきっと誰かが乗せてくれるだろう。

(一人で乗れるかなぁ。落っこちそうで怖いから、誰か一緒に乗ってくれるかな……)

 インストラクターが必要だなと思った時、「ちょっと聞いていらっしゃるの」という声で我に返る。

 考えている間、なにやら言っていたらしい。

 適当に返事をしながらのらりくらりとかわしていると、お嬢様はキーとしか表現できない奇声を発して、ドスドスと足を鳴らして去っていった。彼女が去ったことで、背後に控えていた二人が現れる。よく似た顔立ちの男女が、ぐるりとこちらに向き直るさまは、ちょっとホラーじみている。ゆかりは思わず後ずさった。

「いやー、すみませんね」

「うちのお嬢様はああいう人なので」

「適当に流しといていいですから」

「気にしないでください」

 交互に言いながら、最後は二人揃ってハッハッハッと笑う。雇い主であろう相手に、随分とおざなりな対応だった。

「はあ……。あの、非常に申しわけないんですが、結局あの人は誰なんですか?」

「ご存知ない?」

「会ったことないと思うんですよ」

「でしょうね」

「会ってたら忘れませんよね」

「強烈ですからお嬢様」

 発言もさることながら、出で立ちもすごかった。昔の漫画に出てくるお嬢様を体現したような髪型と、前時代的なドレス。婚活パーティーに参加した時ですら、あんなドレスは見たことがない、古くさいなぁと感じる衣装だ。

 そして、こういうことはあまり言いたくはないのだが、なかなかに太ましい、ぽっちゃりと表現するには苦笑いを生じさせる、横幅の広い人物でもあった。背後に控えた二人が見えない程度に幅があったが、すべてが肉というわけではないだろう。あのドレスによって三割増しぐらいにはなってそうだ。

「あの方は、フォルケイエス家のご息女」

「マルゲリータ様です」

「フォルケイエスはライセム領の主要三家のひとつ」

「末娘ということもありまして」

「甘やかされて育ったらしく」

「まあ、ああいった方です」

「大丈夫です、みんな知ってますから」

「落ち武者様が悪く言われることはありません」

「ご安心ください」

 二人は器用に文章を繋いで話し、ガクンと首を折って頭をさげた。

 まるで糸で吊られた操り人形である。

 恐い。無表情なのがさらに怖い。

 ゆかりは顔が引きつった。

 二人は「それでは」と言葉を残し、スタスタを去っていき、ゆかりはその姿を呆然と見送ることしかできなかった。

 果たしてあれはなんだったんだろう。

 結局、なにが言いたいのかがまったくわからなかった。

 わかったことといえば、縦ロールのお嬢様がマルゲリータという名前であるということだけだ。

 名前が判明したので、誰かに――グラハムさんあたりに訊けば、色々と教えてくれるだろう。

 ゆかりはひとまず、家へ戻ることにしつつ、心の中で思った。

 ピザ食べたいな、と。




 ミートソースをパンに塗り、輪切りにしたソーセージを並べてチーズを削って振りかける。チーズに少し焦げ目がつく程度まで焼けば、なんちゃってピザトーストの出来上がりだ。

 リングレンと一緒に台所の簡易テーブルに座り、出来立てをいただく。とろけたチーズに口内を火傷しそうになり、あわててレモン水を飲んだら、リングレンに笑われた。

「おや、いい匂いがしますね」

「ユカリが作ってくれたんだよ」

「パンに乗せて焼いただけ。むしろ作ったのは、ダンさんですよ」

 火の調子を見ている料理人に目を向けると、茶目っ気のある笑顔でウィンクを返す、陽気なおじさんだ。

「旦那様もお食べになりますか?」

「よろしいので?」

「私もいただきました。改良すれば、もっといい物ができそうですよ」

「お任せしますので、是非ガンガン改良してください」

「ユカリ様はかわってますな。こういった物は出し惜しみするもんですぞ」

「だって私には技術がないですから。より美味しく調理できる人にお任せするのが一番しあわせな方法です」

 門外不出のレシピというわけでもない、ただのトーストだ。お金持ちの家で披露するには恥ずかしい、料理ともいえない料理に、たいした価値などありはしない。

 では、遠慮なく――と笑った料理人に、ゆかりは笑顔で頷いた。

 そしてグラハムに向き直り、ピザのお嬢様について訊ねることにした。

「グラハムさん、少々お尋ねしたいことがあるのですが」

「なんでございましょう」

「今日、うちに帰ってくる前に、人に会ったんですよ。私は知らないんですけど、向こうは私を知ってるようでして」

「落ち武者ですからね」

 グラハムが頷き、ゆかりもそれを肯定する。

「なので、それはいいんですが、とりあえずあの人は誰なのか、なんであんなに怒ってるのかが知りたくて」

「お怒りになられていた、と」

「それはもう、口を挟む余地もないほどに」

「どなたでございましょうか」

「マリゲリータという名前だそうです」

「ああ、フォルケイエスの」

 呟いたのは、ダンのほうだった。リングレンも思い当たったような顔をしている。グラハムは苦笑を浮かべて、軽く頭をさげた。

「それは驚かれたでしょう」

 どこに重点をおいて驚いたと言っているのかはさておいて、かのお嬢様はなかなか名の知れた女性であるらしい。年の離れたリングレンですら微妙な顔をしているぐらいだ。知名度の高さがうかがえる。

 マリゲリータ・フォルケイエスは、二十歳を迎えたばかりのお嬢様。背後に控えていた二人は、護衛を兼ねた付き人で、双子の姉弟だという。フォルケイエス家の係累であり、年頃の娘を心配した当主によって手配されているが、心配の方向性が間違っているともっぱらの評判だ。

 少し話した(というか、一方的に話された)だけでもわかるが、とにかく思い込みが強く、高飛車な態度を崩さない。二言目には「わたくしを誰だと思っていらっしゃいますの」と胸を張り、「そのとおりでございますおじょうさま」と淡々とした口調で双子が合いの手を入れるスタイルは、ある種の名物と化しているらしい。

 たしかにおもしろい見世物だと思う。

 絡まれさえしなければ。

 ゆかりがロックオンされた原因は、落ち武者ということで城内の話題をさらったこと、竜騎士団に属したことで(彼女曰く)男にチヤホヤされて調子に乗っていること、日替わりで男を侍らせて破廉恥であることエトセトラ。

(要するに、自分が一番じゃないと気が済まないタイプなんだな……)

 通っていた高校の別クラスにいた女子を思い出して、ゆかりは納得する。

 転校生とか、地区の試合で優勝したとか、描いた絵が入賞したとか、どんな形であれ「話題になる」こと自体が許せないらしく、「たいしたことない」とか「私のほうがすごい」とか、そういう僻みを言う人だった。

 もっとも本人は、それが僻みであるとは思っていないらしく、自分の考えが世界の共通であると認識しているタイプだったので、周囲の生徒達も適当に流していた。小学生ぐらいならともかく、高校生にもなってそれでは、更生は難しいだろう。

 己の考えがおかしいと思っていない人、なにがおかしいのかわからない人が、そのまま大人になってしまう場合もあるのだ。

 クラスが離れていたので、「またなんか言ってるらしいよ」で済んでいたが、よもやここにきてかかわることになるとは――。

「折に触れてフォルケイエスのほうには物申しているのですが」

「親も似たようなタイプなんですか?」

「お人柄は普通です。しかしあちらの家は男兄弟が多く、ようやく生まれた娘がかわいいのでしょう」

「甘やかしすぎた系ですか」

「かわいい我儘程度にしか思っていらっしゃらないようでして」

 それが許されるのは、せいぜい五、六歳じゃないだろうか。

 最終手段として、ヴィンセンテ直々に苦情を入れてみたところ「殿下のお眼鏡にかなった」と別方向に受け取られてしまい、以来、ヴィンセンテは口を挟まない方針に転換を余儀なくされたという。

 ヴィンセンテの立場を考えろ云々は、そこから来ていたのかと、ゆかりは膝を打った。

(でもたしか、自分に黙ってあの方に侍るな、とかなんとか言ってたような)

 あの口ぶりは、ヴィンセンテとはべつの誰かを指しているはず。ゆかりの近くにいる異性といえば、竜騎士団の面々だ。その中に、マリゲリータ嬢がご執心の誰かがいるということか。

 ますます独り立ちが必要になってきたようである。




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