10 距離の取り方が難しい


『ゆかり。アドレーと喧嘩したのか?』

 ハウロスに訊かれて、ゆかりは首をかしげる。

「べつにしてない、と思う、けど――なんで?」

『だって最近は一緒にいないじゃないか』

「忙しいんじゃないの?」

 答えつつも、ゆかり自身も「そういや最近は近くにいないな」と不思議に思った。

 ヴィンセンテの命令なのかどうか、アドレーはいつもゆかりと一緒に居た。最初の頃は、お出迎えにまで来ていたぐらいだ。不慣れゆえに、騎士団の場所まで案内してくれているのだろうと思っていたが、一ヶ月もすればさすがに場所も覚えるというもの。「もう大丈夫ですよ」と断ってからは、それでも城の入口で待っているので、門番の目が痛かった。最近はもう見慣れた光景と化したのか、反応もなくなっているが。

 朝、騎士団の詰所に顔を出した後は、団員の誰かとペアになって森へ行くのが最近の業務形態だ。各自の担当竜とコミュニケーションを深めるためだろうと思っていたが、十四名全員と行動を共にしたあとも日替わり担当は継続しているので、そういう形態に変わったのだろうと思っていた。

『アドレーはアドレーで森に来るし。だったら一緒に来ればいいじゃないか』

「うーん。仕事には割り振りってもんがあるから」

『割り振り?』

「役割分担。全員が同じことをやるより、配分した方が早く終わるでしょ。あとはローテーションかなぁ」

『なんだい、それ』

「担当場所を変更するの。そうやって違う仕事も覚えて、最終的には全員が全部の仕事ができるようになる。休んだ場合のフォローができるシステムだよ」

『でも、騎士団の仕事は基本的にみんな同じだろう?』

「知らない部分で色々あるんだよ、きっと」

 ハウロスとの会話はそこで終了したが、なんだか気になってきたゆかりは、本日ペアを組んでいる団員に訊いてみることにした。

「ねえ、ジェスターさん」

「ん? なんだいユカリちゃん」

「アドレーさん、なにかあったんですか?」

「なにかって、なに?」

「最近一緒にいないから、喧嘩したのかってハウロスに訊かれたんです。私は単に、他にやらなくちゃいけない仕事があるんじゃないのかなって思うんですけど」

「ああ、なるほど。そういう意味ね」

 ジェスターが笑いながら教えてくれたのは、「ゆかり独占禁止法」という規律だ。

 常にゆかりと行動を共にしているアドレーに対して、団員の一人が「独占すんな」と不満を漏らしたことが発端で、「だったら持ち回りにすればいいだろう」ということになり、現在の日替わり担当制に切りかわったのだという。

「独占って……。べつにアドレーさんだって好きでそうしてたわけじゃないでしょうに」

「殿下のご命令だろ?」

「たぶん、そうです」

「業務命令なんだから仕方ないだろって俺なんかは思うんだけど、言いたくなる気持ちもわからんでもないんだよな」

「といいますと?」

「男所帯だからな、女の子がいると潤いになるんだよ」

「そこまで瑞々しくないと思うんですが」

「いやいや」

「落ち武者ですよ」

「落ち武者だろ。晴れがましいじゃないか」

 笑顔で言われてしまったが、落ち武者は敗走者である。どちらかというと、後ろ指をさされて嘲笑を浴びる立場である。

 けれどまあ、理由は分かった。ゆかり自身の容姿はさておいて、要するに性別が大事なのだ。唯一の女性従業員――紅一点が、特定の一人としか接していない現実は、男性諸氏には理不尽に感じるのだろう。

(なんか色々面倒なんだなぁ……)

 それでも、アドレーの負担が減るのであれば、それに越したことないだろうと、ゆかりは気にしないことに決めた。

 ところが、ドラゴンの方は簡単に納得はできないらしく、唯一言葉が通じるゆかりに、なぜだどうしてだと問いかけてくるのだ。

 逆に問いたい。

 どうしてそんなに、アドレーとセットにしたがるのか、と。

 すると、なにやら神妙な声色で、ノエルが訊いてきた。

『ゆかりはアドレーのこと嫌い?』

「嫌いじゃないよ。いい人だし、お世話になってるし」

『アドレーはね、ゆかりのこと好きだよ』

「――ああ、うん、そうかな」

 基本的に親切だし、いやがらせじみたこともされていないので、まあ嫌われているわけではないと思う。

 だからといって「好き」というのは極論だろう。第一「好き」にも色々ある。家族、恋人、友達、同僚。どれも微妙に違う。

『好きは、好きだよ』

 ノエルは言い切るし、エルナもまた『そうよね』と同意した。おとなしいリルルもおずおずと頷き、ツンデレ気味のアナライゼスすら同意している。

 竜の愛は広いらしい。

 というか、「好き」と「嫌い」の中間が存在していない。

 良いか悪いか、肯定か否定か。これ以上なくはっきりとしている。

 どこか曖昧に濁しがちな日本人には、眩しすぎてつらい。



 今日の昼食はスープ麺――つまるところ、スープの中にパスタではなく中華麺が入っている汁物で、玉子とチャーシューが乗っているあたり、見た目は塩ラーメンである。ラーメンと違うところは、脂が浮いていないところだろう。飲む前提で作られている。

 どうにもフォークでは食べづらいので、ここ最近、ゆかりはマイ箸を持参するようにしていた。箸については、森でドラゴンの協力のもとに作成したオリジナル。硬度はあるが軽い石を加工している。

「なんだ、それ」

「お箸です」

「おはし?」

「私の故郷では食事の時に使うんです。フォークの代わりですね」

「変なもん使うんだな」

 フェイムは珍妙な物を見る眼差しで、ゆかりの手元を見ている。一体どうやって麺を食べるのか、気になって仕方がないという顔をされ、いささか居心地が悪いながらも、ゆかりは麺を持ちあげて食べる。

 一体誰が考案したのかわからないが、ちぢれ麺だ。短めのなか太麺に少しとろみがかったスープが絡み、美味である。鶏ガラスープに香味がプラスされているようで、口にふくむと香りが鼻に抜けていく。後口もさっぱりとしていて、なるほどこれならスープを最後まで味わえそうだ。オプションとして付いているガーリックを塗ったバケットは、スープを吸わせて食べるのかもしれない。

 レンゲではなく、スープ用の大きなスプーンで、今度はスープをしばし堪能していると、フェイム自身も食事に戻り、こちらは同じメニューを器用にフォークで食べている。

「そんなまっすぐな棒で、よく食べられるな」

「私からすれば、フォークを使うほうがよっぽど器用に思えますよ」

 パスタも箸で食べる派だったゆかりにとって、フォークですべてを食するのは至難のわざであった。箸のおかげで、食事はより有意義な時間となり、今ではノーソルデル邸でも受け入れてもらっている。

 そういうもんかね――と呟きながら食事を続けるフェイムは、だいぶ丸くなったとゆかりは思う。

 青の事変と呼ばれる例の騒動からしばらくは、ぎこちない態度が続いていたが、日替わり担当制度となり、強制的にペアになってからは、普通に会話もしてくれるようになった。

 竜騎士団では下っ端扱いの彼だが、年齢はゆかりよりもひとつ上。同年代であることがわかってからは、さらに態度が軟化したようにも思う。

 結局のところ彼もドラゴンが好きな一人であり、ドラゴンとの距離が縮まったことが嬉しいのである。

「おまえさ――」

「はい?」

「アドレー先輩となんかあったのか?」

「はい?」

 二度目の「はい?」は胡乱うろんだった。

「フェイムさんまでそんなことを」

「まで、ってなんだよ」

「この間、ドラゴンさん達にも訊かれたんだよ。あ、ハウロスに言ったんでしょ」

「ハウロスに?」

「だってハウロスが言ったんだよ、アドレーさんと喧嘩したのかって」

「べつに俺じゃなくてもわかることだろ」

 誰が見てもあきらかに、あからさまにわかるということは、それだけ一緒にいる時間が長かったということで。ゆかりはますます落ちこんだ。

「でも、騎士団のなかで不公平感があったから、交替制になったんだよね?」

「っつーか、発端になったのは一人だと思うけどな」

「一人だけ?」

「いや、まあ、口に出して言ったのが一人だったってのが正しいか。腹の中まではわかんねーけど。俺だって、まあ、アドレー先輩一人がずっと付いてるのもどうかと思ってたし……」

「そうだよね。フェイムさんはアドレーさんのこと大好きだしね」

「んなっ」

 自分に対する牽制の半分は、アドレーを占有していたことに起因していると、ゆかりは分析していた。

「言っておきますけど、私だってアドレーさんには申し訳ないなーって日々思ってたんですよ」

「……べつに、おまえの責任だとは思ってない」

「うん。だから、次の目標としては、独り立ちかな」

「そのうち、そうなるんじゃないのか?」

「だといいんだけど、どうなんだろうね……」

「なんでだよ。もう慣れただろ」

「慣れる慣れないの問題じゃないよ。落ち武者を放置するのは問題があるんじゃないかってこと」

「べつになにかするわけじゃあるまいし」

 どこに問題があるんだとフェイムは不思議がり、ゆかりはなんだか嬉しくなった。

 世代の差なのか、フェイムはゆかりを――落ち武者を持ちあげない。黒い髪にしたって、特別視しない。

 当たり前の存在として扱ってくれることが、とても嬉しいと思うのだ。




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