07 青色申告

 ゆかりの仕事について竜騎士達の反応は様々で、歓迎する人もいれば「言葉がわかるとか嘘こきやがって」という反応を示す人もいる。

 その、まるっきり信用していない派の人物が、フェイムという男だ。

 竜騎士の中では最年少で、若者らしい正義感と熱意に溢れる彼は、突如現れたゆかりに対して、非常に懐疑的だった。

 世界の歪から現出するという存在がこれ・・なのかという落胆。

 神聖な黒き獣と同じ色をした髪は目を引くが、黒い髪の民族は他大陸に存在するのだ。そこまでありがたがる存在でもないだろうと思っている。


「嘘ついててもバレないじゃないっすか」

「たしかにそうだけど、俺は嘘じゃないと思うぞ」

「俺も。ちゃんとこっちの意思が通じてるってのがわかって、なんか安心したし」

「だよなー。ちょっと嬉しかった」

「肯定と否定が判断できるようになったのは助かるな」

「そうそう。いままで勝手に解釈してたけど、ちゃんとドラゴンも同意してるってわかるほうが、お互い安心するんですよ」

「いままで以上に愛着が湧きましたね」

 だよなーと団員は頷きあう。

 アドレーほどではないにしろ、彼らはドラゴンが好きだった。

「みんな、懐柔されすぎっすよっ!」

「べつに懐柔されてるわけじゃねーよ」

「そうそう。純粋に感謝してるだけで」

「だから、嘘か本当かわかんないじゃないっすか」

「しつこいな。俺は本当だと思ってるって言ってんだろ」

「逆におまえは、なんで信じないんだよ」

 かたくなに否定しつづけるフェイムに、竜騎士の面々は呆れ顔である。

 なにしろこの会話は、ゆかりが竜騎士所属になってから日々繰り返されているのだ。いい加減諦めろというか、認めてすっきりしろよ、といった気分にもなろうというものだ。

 彼女ゆかりは基本的にドラゴン達がいる森で過ごしているので、こちらの詰所に常にいるわけではない。そのため、フェイムの断固拒否具合も目の当たりにしているわけではない。もしも見ていたとしたら、さすがに可哀想だろう。ここまで全力で否定されると、彼女自身の存在を認めないも同然だ。

「だって――」

「だってもくそもねーよ。じゃあよ、おまえのドラゴンがなんて言ってるか、訊いてもらえばいいじゃねーか」

「誰でも当てはまるそれっぽいこと言うのが、ああいう奴らの手口なんすよ」

「べつにあの子は、占い師じゃないぞ」

「ドラゴンの言葉が聞こえるとか、大地と神の声が聞こえるーとか言ってる妖しい奴らと大差ないっしょ」

「いや、あれは特殊なタイプだろ」

 数年前から蔓延はびこる新興宗教団体を例えに出したフェイムに、団員の一人がツッコミを入れる。

「一緒ですっ!」

「一緒かなぁ」

「女のほうが性質たち悪いんすよっ!」

「はあ……」

 こいつめんどくせーな、という空気になってきた時、「こんにちは」と場違いに明るい女性の声が響いた。ゆかりである。

 途端、ギロリとゆかりを睨むフェイムに団員達は固まったが、当の本人はケロリとしたもので「ちょっとお茶を貰いに来ました」とのたまう。清々しいほどにいつもどおりであった。

 だが、一緒にいたアドレーはそうではない。ただならぬ空気に息を呑み、給湯室へ向かおうとしてたゆかりの首根っこをつかみ、その場にとどめた。

「ぐるしいです、アドレーさん」

「ちょっと黙ってろよ、黒毛」

「でも喉が渇いたんです」

「あとで好きなもの奢ってやるから、ちょっと待ってろ」

「待ちます」

 調教している――

 団員達はおののいた。

 ドラゴンマスターのアドレーは、落ち武者すらも操れるらしい。

 恐れ知らずな男だと感心した時、違う意味で恐れを知らない若者が、ゆかりを指さし叫んだ。

「おまえ! アドレー先輩まで騙しやがって!」

「アドレーさん、騙されたの?」

「意味がわからん」

 顔を見合わせて不思議がる二人に、フェイムは地団駄を踏む。

 なにやら子どもの喧嘩じみてきたので、団員の一人が「まあまあ」とあいだに入り、ゆかりに提案した。

 彼――フェイムのドラゴンと話をしてくれないか、と。



 森へ移動し、フェイムが笛を吹く。

 やって来たのは、赤黒いドラゴン――ゆかりが最初に話をしたドラゴンの一体だ。

『やけに大勢だね。なにかあったのかい?』

「えーとね、あの人が、ハウロスの言葉を聞きたいんだって」

『フェイムが?』

「正確には、言葉がわかるなんて信じられないっていう、あいつの我儘なんだよ」

「悪いんだけどさ、ハウロス。おまえさんしか知らないフェイムのこと、話してくれないか?」

 団員達が、申し訳なさそうにハウロスに告げると、ドラゴンは牙を剥いた。

『なんだ、フェイムはまだゆかりを信じてないのか』

「まだって?」

『ゆかりが来てから、よく愚痴ってるよ』

「愚痴ってるの?」

『青少年に悩みはつきものさ』

「おまえ! なにを怒らせてるんだ!」

「いや怒ってないよ。むしろ楽しそうじゃん」

『まったく、トンチンカンだよねフェイムは』

 だからおもしろいんだけどさ――と、ハウロスはさらに牙を剥き出した。

 かなり凶悪な絵面だが、これがドラゴンの笑顔なのだ。

 ただ、怒っている時にも牙を剥くので、その境界線は難しいところではある。

『ゆかりが怒られるのは嫌だから、話してあげるよ、フェイムのこと』

「二人しか知らないことって、難しくない? なにかあるの?」

『そうだね。じゃあ、とっておきの秘密を教えてあげるよ』

 ハウロスはそう言って、ゆかりに告げる。微妙な表情と化したゆかりに、フェイムはふふんと笑う。

「どうした。なにも思いつかないのか? その程度かよ、詐欺師が」

「おまえ――」

 さすがに言い過ぎだと口を挟もうとしたアドレーをとどめて、ゆかりはぼそぼそと話し出す。

「……えーと、最初に言っておきますけど、これは私が言ったんじゃなくて、ハウロスが言ったんですからね?」

「言い訳なんてどうでもいいよ。さっさと言えよ」

「はあ……。じゃあ、言います、けど」

 肩を落とし、視線をそらせながら、ゆかりは口を開いた。

「フェイムの大事な物は、宿舎のベッドのマットレスの下に隠してある。せっかく買った新しい青本を堪能する時間がないので、よけいにイライラしてるんじゃないのかな、だそうです」

「――な、おま、え、なん」

「っていうか、青本ってなんですか?」

「うわああああああ!」

 ゆかりの素朴な疑問は、フェイムの絶叫に消されてしまう。だが、団員達の弁により、なんとなく察せられた。

「なるほど、そこが隠し場所だったのか」

「持ちこんでないとか言っておきながら、そんなベタな場所に」

「新作持ってるなら貸せよフェイム」

「新しいもんは共有するのが男だろうが」

「一人で堪能するとか、おまえどんだけすごいもん買ったんだよ」

「う、うるせーな、関係ねーだろ」

 どもりながら反論するフェイムを見ながら、男たちは告げる。

「いや関係あるだろ。おい、誰か今から確認してこいよ」

「俺、行ってくるわ」

「待てよ、勝手に部屋に入るとかプライバシーの侵害だろっ」

「職務上必要な場合は、そのかぎりではない」

「これのどこが職務だよっ」

「仕事をスムーズにおこなうため、職場の空気を改善するんだ。職務の範疇だろ」

 今から部屋を見に行くなど、半分冗談のようなものだろうに、テンパっているフェイムは気づかない。騒ぎの元凶であるドラゴンのハウロスは、なにやらご機嫌な雰囲気だ。

「おまえが変なこと言うからだろっ!」

「でも、ハウロスが言えって」

「ハウロスのせいにするな!」

「って言ってますけど」

 ゆかりがドラゴンを見上げると『仕方ないなぁ』と呟いて、ハウロスはゆかりに告げる。

「おまえまたそうやって、さも会話してるふうを装いやがって」

「いいかげん、しつこいぞフェイム」

「アドレー先輩まで」

「ハウロスの言葉が信じられないのか?」

「あれは、ハウロスじゃなくてあの女が勝手に言ってることで」

「だが、おまえの部屋の事情など、彼女は知らないだろうに」

「そうそう。女である彼女が、効率的な置き場所を思いつくとは思えんぞ」

「青本の存在も、よくわかってないっぽいしな」

「し、知らない振りをしてるだけかもしれないじゃないっすか」

 アドレーに続き、団員達にもさとされて、フェイムはまたも逆ギレする。ここに彼の味方は一人もいない。

 フェイムは涙目でハウロスを見やると、ドラゴンはなにやら鷹揚に首を縦に動かした。

 俺はおまえの味方だぜ。

 まるでそう言っているかのようで、ファイムは胸を熱くする。

 だが、ドラゴンの頷きを見て、ゆかりはさらなる爆弾を投下した。

「えーと、ハウロス情報によりますと」

「適当な事を言って、ハウロスの品位をさげるようなことは――」

「レイチェルが――」

「ああああああああああああ」

 さきほど以上の大絶叫でゆかりの言葉を遮ると、頭を抱えて彼は逃げ出した。

 逃げたとしかいいようがないほどの大脱走。あまりの勢いと雰囲気に、誰もがあとを追いかけられない状態だ。

 はて、レイチェルとは誰だろう?

 悩むゆかりの耳に、団員達の声が聞こえた。

「レイチェルって、教会の?」

「すげー美人の」

「でもたしか未亡人じゃ……」

「それに、アイツより十歳ぐらい上じゃね?」

 静寂が訪れた。

 森を歩く別のドラゴンの足音と咆哮が聞こえる。

「……えーと、なんかすみません」

 ゆかりはとりあえず謝った。

「いや、おまえは悪くない」

「うん。あんたのせいじゃない。悪いとしたら、アイツ自身だ」

「だよな。自業自得だ」

「まあ、あれだ。とりあえず、ドラゴンの言葉がわかるっていうのは、身をもって痛感したんじゃないかな」

「払った代償は大きかったけどな」

 自室のベッドにエロ本を隠し持ち、教会に身を寄せる年上の未亡人に懸想していることを暴露されたフェイムはその日、宿舎の部屋には戻らなかった。

 戻らなかったことをいいことに、エロ本が発掘され、さらなる趣向が露になる。

 気まずそうに戻ってきたフェイムの下に、「元気だせよ」と皆が手渡した青本は、熟女モノと巨乳モノだったことは、ゆかりの知らない男たちだけの秘密である。


 以降、竜騎士達のあいだにおいて、青本の開示と共有がおこなわれるようになる。

 これが彼らの「青色申告」である。





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