06 ドラゴンさんは雌雄同体
ドラゴンと人間の調整役を担うにあたり、ゆかりはドラゴンの生態について説明を受けることになった。
ゆかりにとってドラゴンは、燃やしたり凍らせたりするブレスを吐く、ファンタジーな生物だ。媒体によっては、人間の姿をとったりもする。
ゲームに出てくる彼らは大体の場合「敵」であり討伐相手だが、小説や映画のような「物語の世界」では、人と交流を持つ友人のような位置になったりもしている。
この世界におけるドラゴンは、後者のほうだ。
ドラゴンと人間が歩み寄った経緯はわからない。
長い年月をかけて模索した両種族のコミュニケーションは、ドラゴンの爪や鱗を介しておこなわれている。
爪を加工して作られた竜笛により呼び出しが可能であり、その背に乗せてもらうことができる。鱗を身につけておくことにより、仲間だと認識させているのだ。
というのが世間に流通しているドラゴンとの対話方法であるが『たしかに笛を鳴らせば聞こえるけど、普通に呼んでくれても聞こえるよ』とは、ライセム竜騎士団の下にいるドラゴン、ハウロスの弁である。
「えー。爪ごとに微妙に音が違うとか、自分の爪笛じゃないと反応しないとか、そういうのないの?」
『じゃあ人間は、草笛を作って吹いた時に、どの草から作ったかわかるのかい?』
「わかるわけないじゃん」
『それと同じだよ。笛は笛』
「そうだね」
『人間はおもしろいこと考えるね』
赤黒い鱗をしたドラゴンが、楽しそうに笑っている。牙を剥いたその姿は、見た目だけなら、今から喰われそうな絵面であった。
文献は沢山あるが「たぶん」とか「そういわれている」とか、仮定・伝聞・推定の嵐だったので、「もう直接質問すればいいじゃん」となったゆかりは、城の図書室から早々と退散し、森へとやって来ていた。
出迎えてくれた三体のドラゴンに事情を説明すると、彼らは意思疎通が図れることを喜んだ。噛み合わない会話が非常にもどかしかったらしい。
森に暮らすドラゴンは、現在二十四体。年齢層はバラバラだ。
ドラゴンの寿命は約数千年だが、幼体から成体へ変わる年数は(個体差があるものの)、五十年程度と短い。人間の身体と比較すれば、幼体といえどもドラゴンは大きい。なにをもって「成体」と判断するのかは曖昧ではあるが、鱗の生え具合から推測するのが一般的だ。
一番わかりやすいのは、仔を孕んだ時。生殖能力を有したということで、その個体は「成体」とみなされる。
ドラゴンの繁殖期は季節を問わない。
普通の爬虫類と違い冬眠しないためだといわれている。
仔を宿した雌は姿を隠し、生まれてしばらく経つまでは出てこないので、ドラゴンの出産を見ることはないし、生まれて間もないドラゴンの仔を見ることも稀だ。ある程度――成人した人間の背丈ほどまで成長した頃、やっと人間達の前にも出てくるようになるのである。
『別に出てこないってわけじゃないわよ。でも、動きたくないから自然にそうなっちゃうわよね』
「考えてみたら、当たり前のことだよね」
『産んでるところをまじまじと観察されるとか、いやよね』
無関係の人間が集まる立ち合い出産。
分娩室から追い出される案件だろう。
「誰もいないの? 父親は?」
『周囲を見張ってるわ。仲間と一緒にね』
「じゃあ、本当に一人で産むんだ。すごいねぇ」
『あら、そんなに驚くことかしら?』
「結果的に一人で産み落とすことになる場合もあるにはあるけど、普通は取りあげてくれる人がいるね」
『人間は弱いもの。仕方ないわね』
「ドラゴンに比べたら、そりゃー弱っちいだろうけどさ」
身体の大きさでは、たしかに負けるだろう。ぷちっとされて終了だ。
「男と女、どっちが欲しいーとか、そういう希望ってあるの?」
『そんなもの、成長しないとわからないわよー』
「はい?」
『私だって、孕んでようやっと女になったし』
「そういうもの?」
『そういうものよ』
少しオレンジ色の混じった雌ドラゴン・エルナは、ちょっと偉そうに胸を張った。
幼年期のドラゴンには男女の区別がないという事実に、ゆかりは驚愕する。
人間でいうところの二次性徴により、ドラゴンの性別は確立する。
それこそが、成体への変遷。文字通り「大人になる」のだ。
「じゃあさ、名前とかはどうなの?」
『名前かい?』
「貴方の名前――レイバンっていうのは、人間が付けたものでしょう? ドラゴンさん達のあいだで呼ばれてる名前とは当然違うんじゃないの?」
『たしかに違う』
「いやじゃない?」
『不快に思ったことなぞ、一度もないよ』
「せっかくなら、ちゃんと本当の名前で呼んでもらったら? 私、みんなに伝えるよ!」
初仕事はそれにしようとばかりに手をあげたゆかりに、レイバンは『要らぬ』と否定する。
『心遣いは感謝するが、必要ない』
『そうそう。私、エルナって名前わりと気に入ってるのよ』
「でもさ――」
『我らと人が共に在る時間は少ない。その僅かな時間、人の子らが我らを愛し、親しみを持って与えてくれた名を、否定することなぞありはしない』
『レイバンの言うとおりだよ。俺達は好きでここにいる。名付けをいやがるような奴は、最初っからとどまらない』
「……いやがる竜もいる?」
ゆかりの問いにレイバンは穏やかに笑む。
『いやがる者もいれば、喜ぶ者もいる。人もそうであろう?』
「そうだね。十人十色だね」
『色?』
「一人ひとり違うって意味。見た目じゃなくて、中身――考え方ね」
『君はひときわ違う色を放っている、始祖の色だな』
「紫蘇?」
絶大な繁殖力を持つ紫蘇の葉を思い出して、ゆかりは頭をひねる。
理解できていない彼女を見やり、レイバンは濃い灰色の巨体を震わせて笑った。
空間の裂け目を通り、世界を渡る者。
この地に住む人々が「落ち武者」と称する存在は、竜にとっても吉兆だ。
世界を創りし神と、その使徒――黒き毛皮の獣。
竜達が生き、争い、このままでは衰退に向かう世界に、新しい命を生み出してくれたおかげで、今もこの世界は続いている。
脈々と受け継がれたその知識は、竜の戒めでもあった。
ゆかりと名乗った渡り人は、神獣を思わせる黒き毛を持っているうえに、始祖の神に通じる色も宿している。
それがなんなのかは、竜達にはわからない。
新たな生物と竜を繋いだ神と同じように、彼女は人と竜を繋いでくれた。
きっとそこに、なんらかの繋がりを――縁を感じたのだろう。
いつの間にか竜の数は増えている。
人との距離を測りかねて、未だ騎乗を恐れている若いリルルが、ゆかりに話しかけられて、たどたどしく言葉を返している姿は、森一番の年長者であるレイバンには嬉しいことだった。嫌いではないくせに、素直に人に接することが出来ないアナライゼスは、いつものように牽制しているが、うまく
レイバンはそっと場を離れると、己の寝床へ向かう。人達には知られぬように隠してある宝石をひとつ取り出し、皆の場所へ戻った。
ドラゴンは石が好きだ。
より綺麗な石を探し出して加工することを競う性質がある。
花や木々は、竜の固い体躯に耐えきれず倒れてしまうため、彼らは石を愛しているのだ。
『君にこれを』
「なんですか?」
『すごい。レイバンのとっておきじゃないか』
『よかったわね、ゆかり』
竜の大きな爪から落とされたのは、親指ほどの大きさの紫色をした宝石だ。
人間達が「黒」を崇めるのと同じように、紫紺の瞳をした始祖の神にあやかり、竜達は「紫」を敬愛している。
ライセム領に住む竜の長、レイバンの最大級の敬意だ。
『小さくて申し訳ない。だが君を見て一番に思い浮かんだのは、この石なのだ』
『わかる。なんかゆかりはこの色だね』
「ちょっ、いや、これ、めちゃくちゃ高価なんじゃっ」
竜にとって小さくとも、人にとってはそうではない。比率が違いすぎた。
宝石にさしたる興味はないのでわからないが、こんなキラッキラした物が、単なる石っころとは思えない。
紫水晶。アメシストは、二月――ゆかりの誕生石であるため、現物はともかくとして、ネットや本に載っている写真を見る機会は多い、一番近しい宝石といえた。
(ドラゴン的にはたいしたことないんだろうけど、この国にとっては、どれぐらい価値があるんだろう……)
宝石は宝石だ。
ドラゴン達が騒いでいるぐらいだから、それなりに「いいもの」なのだろう。この地に落ちたばかりのゆかりが持っていれば「おまえどこで手に入れたっ」と騒がれかねない。最悪盗んだと思われる。そうなれば、今度こそ牢屋行き確定だ。
『エルビスには我が話しておく』
「えるびす?」
プレスリー?
首をかしげるゆかりに、レイバンは『団長だ』と告げる。
『ライセムの竜族を代表し、人々との縁を繋いだ君に贈り物をしたと、伝えておく。安心するがよい』
いや、言ったところで通じないんじゃ、意味ないでしょ。
結局、レイバンと一緒にエルビス団長の下へ赴き、指さしながら宝石を見せて納得してもらったゆかりである。
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