05 竜騎士団

 アドレー・グリーブスは、ドラゴンをこよなく愛する、生粋のドラゴン馬鹿として知られている。

 ドラゴンは太古から生きる獣であり、その生態は未だくわしく解き明かされてはいない。

 寿命は非常に長く、何千年も生きるともいわれているが、一個体をつぶさに継続観察したわけではないので、それも正確とは言い切れない。

 好戦的な個体もいれば、友好的な個体もいる。

 長い歴史の中で、人族とのかかわりを持ったのは後者のドラゴンであり、彼らを必要以上に刺激しないことで、それなりの共存関係を築いて、今に至っている。

 かかわりを持ち、人里の近くで生活をするドラゴン達だが、人ならざる者を恐れる人間は存在する。遠くで見るぶんには害はないが、近くに行くのは怖いからいやだ――と思うのは当然のことで、ライセム領民でもドラゴンに対する気持ちとしては半々といったところだ。

 それでも、竜の巣と呼ばれる場所が近くにある関係で、よその土地に比べると、近しい存在ともいえる。

 竜騎士団があるのも、ドラゴンとの距離が近い証なのである。


 アドレーの祖父は、竜騎士だった。

 そのため、幼少の頃からドラゴンを近くに感じ、その背に乗って遊んでいた。森で迷子になり、ドラゴン数体に囲まれたこともあるが、そんな時でも自分を襲わず、祖父がいるであろう場所まで連れて行ってくれたドラゴン達に、悪感情など抱くはずもない。

 幼い彼にとってドラゴンとは、単に身体が大きいというだけの、優しい友達だった。

 ドラゴンの傍で、ドラゴンを見ながら成長したアドレーが、祖父と同じ竜騎士を目指したのは自然なことだろう。他になりたいものなど、あろうはずもない。

 竜騎士は花形の職業だ。

 ドラゴンの生息地区が限られていることもあり、ドラゴンに対して憶さず接することができる資質は、簡単に得られるものではない。

 ゆえに竜騎士は目立つし、騒がれる立場にもある。羽目をはずして諍いを起こしたり、女性問題が大きな騒ぎとなり、職を追われる輩もいなくはない。ドラゴンと相対することができる度胸と、プライベートにおける人間性が比例しないのが、竜騎士団が常に抱えている問題である。

 アドレーはどうかといえば、そこそこの家柄で、顔も悪くはないこともあり、それなりに交際はしたことがある。

 だが、ドラゴンを受け入れてくれる女性はおらず、むしろ彼のドラゴン愛に身を引いていく女性が大半だった。しまいには「私とドラゴン、どっちが大事なの」と訊かれたので、「じゃあ君は、俺とミーコ(猫)のどっちが大事だ」と訊き返したものだ。

 すると「なにそれ、ミーコは猫じゃないの。比べるほうがおかしいわ!」と逆ギレされ、それ以来女性からは距離を置いている次第である。

 もうドラゴンがいれば、それでいいや。

 アドレー・グリーブスは、顔は悪くないが、中身が非常に残念な男として、広く周囲に知られていた。



 そんな彼の目の前では、ごくごく普通にドラゴンと会話する女がいる。

 喉を鳴らしたり、牙を剥いて唸り声をあげたりしているが、そのすべてになんらかの意味があり、彼女はそれを理解しているという不可解な現象が、未だに信じがたい。

 だが、ノエルが告げたという言葉を聞いて、納得せざるを得なくなった。

「なんか、服を破いたこと、気にしてるみたいですよ」

「服……?」

「爪のお手入れを忘れてたって。肌は傷ついてないか心配してますよ」

「ノエルが、そう言ってるのか?」

 一ヶ月ほど前のことだ。背から降りる際にノエルの前肢と接触し、ズボンの裾が破れたことがある。こういったことはめったになく、失敗したなと反省していたが、まさかノエルが気にしているとは思っていなかった。

「……ノエルに、俺の言葉は通じるんだろうか」

「人間の言葉はわかってるみたいですよ」

「そうか」

 ドラゴンの前に立って見上げると、緑色をした瞳が自分を映している。

「ノエル、俺は気にしていない。むしろ、自分の失態だと思っている」

 グルル……

「怪我してないのか、って訊いてますよ」

「平気だ。なんともない。おまえのほうこそ、このあいだぶつけたところは大丈夫なのか?」

 グル

「平気だって」

「そうか……、ならよかった」

 ノエルは大きく首をかしげて、鼻息を鳴らす。

 その仕草を見て、アドレーは無性に泣きたくなった。



  ◇



「管理人ですか?」

「といっても、ドラゴン達は自由に生活している。なにかを強いるわけじゃなく、ただ彼らから要望があれば受け入れたいし、気持ちよく過ごす手助けがしたいんだ」

「ようするに、通訳になってくれってことでしょうか」

 竜騎士団の詰所とやらで、ゆかりは団長と対面していた。

 金髪を短く刈り込んでいる、スポーツ刈りの細マッチョの男は、アドレーからゆかりの「ドラゴンの言葉がわかる」という能力(?)を告げられたあと、最初は胡散くさげな顔をしていた。当然である。

 だが、アドレーが、ノエルと自分しか知らないはずのことを、ゆかりが口にしたのだと聞くと、興味を示した。

 森へ行き、自身の相棒(騎士それぞれに決まった竜がいる)と引き合わせ、ノエルの時と同様に言葉を告げたことで、嘘ではないと判断してくれたらしい。

 まあ、落ち武者様だし。

 とりあえず、それで片付けられてしまったが、ゆかりはゆかりで「自分でも理由なんてわからないんだから、納得してくれたんならそれでいいや」と流したため、双方とくに問題は起きなかった。

 団長は頭のやわらかい男であった。

「実は私、仕事を探しているところなのです。今日もアドレーさんに案内してもらっていたところでして」

「それはいい。ぜひ、我が竜騎士団をお選びください」

 机から身を乗り出して、団長がずずいと顔を近づける。なにやら必死である。給与額も提示されたが、平均賃金がわからないので、なんともいえない。

 どうしたものかと悩むゆかりに、アドレーが声をかけた。

「いいんじゃないのか。ここなら通える距離だろうし、ノーソルデル卿も近くにいる」

「まあ、そうなんですけど」

 それでもまだ考えているゆかりに、アドレーは魔法の言葉を放った。

「城内の食堂はメニューも豊富で旨いと評判だ」

「就職します」

 立ち上がって宣言したゆかりに団長は手を伸べて、二人は握手を交わしたのだった。



 遅まきながら、昼食である。

 アドレーに案内され、セルフサービスな食堂の一角に腰をおろす。

 本日の日替わりメニューは、ライスコロッケ二種。スープとサラダが付いていて、五百オウン。品数は随分と少ないが、女性陣のおなかにはちょうどいいと評判だ。足りない男性陣は、単品のおかずを追加して調整するか、そもそも日替わりを選ばない。

 ゆかりは無難に日替わりを選択し、アドレーはなにかの丼ものだ。

 なにそれ、美味しそう。

 ゆかりの目が輝き、アドレーは無言で差し出した。

「味見するか?」

「する!」

 洋風丼とでもいうのか、コンソメベースの汁気の少ないリゾットの上に、玉子とじにした豚肉。玉ねぎと青野菜がシャキシャキとした歯ごたえを伝える。

「ありがとうございます。次はこれを頼みます」

「おまえ、その量で足りるのか?」

 パーティーでのドカ喰いを目にしているアドレーは、日替わり程度の量じゃ満足できないのではと訊ねると「大丈夫です」とゆかりは答える。

「いつもいつも、あんなにたくさん食べてるわけじゃないですよ、さすがに。あの時は、アレです。ちょっとやさぐれたというか、ヤケ喰いだったっていうか。珍しい物もあったし、美味しかったのもあって、つい食べすぎちゃいましたけど」

「やさぐれたのか」

「だって、その気もないのに勝手にセッティングされても困りますよ」

「それはまあ、そうだろうが」

「なんですか?」

「おまえぐらいの年齢だと、一般的には結婚相手を見つけたがるものじゃないかと」

「人それぞれじゃないですか?」

 少なくとも私は違いますね。

 ゆかりは、スープをすくう。具材は少ないが、色々な出汁が効いているのか、味わい深い。

「それに、殿下の考えてることがよくわからないんですよね」

「俺もアイツの言動は困惑することが多いな」

「いえ、性格的なことじゃなくて。私の存在をどうしたいのかが見えないんですよね」

 ゆがみから人が現れ、ライセムに落ちた。

 パンダに赤ちゃんが生まれたがごとく、大フィーバーになる出来事である。

 落ち武者にあやかって、関連商品が売り出されたり、見学ツアーが組まれたり、あるいは領内を巡るパレードをしたり。

 ここぞとばかりに金儲けに走るのが世の常のはず。

 けれど、ヴィンセンテはそれをしなかった。

 ゆかりを領外へ出さないようにするためなのかもしれないが、だからといって、部屋に閉じこめるでもなく、行動を制限された記憶はない。それどころか、結婚相手を斡旋する始末だ。

 落ち武者という存在の立ち位置に、白石ゆかりは悩んでいた。

「ヴィンは、特になにも求めてはいないと思う」

 アドレーは言う。

「たしかに他領へ所在を移すのは難しいだろうが、それ以外は普通に過ごせばいい。ここへ来た時点で、ライセムの領民だからな。領民が平和に過ごせるように考えるのが、領主の務めだ」

「……そうですか」

 案外、面倒見がいいんだなーと感心しながら、ゆかりはデザートのプリンに手を伸ばした。





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