04 職場見学、その後で

 婚活会場で肉をやけ食いしていたゆかりにアドレーが投げた質問の意図は、「どんな仕事がしたいのか」という希望を訊ねるものだった。

 ステーキソースにキャベツらしき葉物野菜を絡ませながら、しばし考えるゆかりである。

 興味のある分野は、とくにない。レジ打ちのバイト経験を生かして就職したスーパーでは、数年ののちに配置転換で担当者にまわった。豆腐と牛乳の売れ行きに毎日頭を悩ませて、ついでにメンタルも死んで、仕事を辞めた。

 日本においても、白石ゆかりは求職中であった。


「えと、こちらの就職事情がよくわからないんですが、たとえば、こういう仕事をしたいって希望を出して、そのとおりすんなり配属されるものですか?」

「受け入れてもらえるかどうかは、相手次第だな」

「ですよね。紹介してくれて、面接するかんじですか」

「職種によっては、適性を見られる場合もある」

「まあ、そうですよね。料理もできないのに雇ってくれとか、どの口がいうのかって話ですよね」

「料理人になりたいのか?」

「いえ、私は食べるほう専門なので」

 ゆかりは真顔で言い切り、アドレーは「だろうな」と思った。

「これといって頭がいいわけじゃないし、腕力もありません。運動神経もあんまりよくないです」

「……そうか」

「職務経験は、食料品を売る店で働いてました。お金を貰って商品を渡す、売り子さんですかね。あと、ちょっとだけですけど、商品手配をするほうも」

「働いていたのか」

「四年ぐらいですけど」

 上司と合わなかったんですよねぇ……と苦笑する。

 どこの世界にもいやな上司はいるんだな、とアドレーはかつての上司を思い出しながら、彼の顔を想像で殴った。

 なんとなく一体感が出たところで、アドレーは思い出したように訊ねる。

「そういえば、働きたいという希望は、ノーソルデル卿は知っているのか?」

「ハムさんですか?」

「ハム?」

「グラハムさん」

「――引受人が了承していないことには、就職もなにもないだろう」

 アドレーは聞かなかったことにして流した。

「彼の御仁を味方にすれば、ヴィンセンテ殿下にも話が通りやすくなるはずだ」

「なるほど。わかりました。帰ってちゃんと話してみますね」

 結論が出たところで、傍のテーブルにあらたな料理が配膳された。湯気を上げる鍋にゆかりの目は引きつけられる。

「アドレーさんアドレーさん、これはなんですか」

「鶏肉のクリーム煮かな」

「僥倖、驚愕、神の采配ですか」

 鶏肉が食べたいと願ったあとに出てきたこのメニューに、ゆかりは顔を輝かせる。

 嬉々として皿に盛ったその隣に、アドレーは赤魚のトマト煮を乗せて告げた。

「魚も喰えよ」




 その後、ひたすら料理を堪能したゆかりは、デザートも一通り味わった。満腹である。結局ずっと隣に付いて、メニュー解説をしてくれたアドレーには感謝しかない。

 彼のアドバイスに従い、帰宅したグラハムに就労許可を願い出たところ、わりとあっさりと了承されてしまった。

「いいんですか?」

「落ち武者様の希望に沿うのが、我々の総意ですから。ただ、なにもかも自由に、とはいかないかと思います」

「国を出るとか、そういう方向は認められないってことですよね。目の届く範囲にいろっていう」

「ご配慮いただき、感謝します」

「私だって、また全然知らない場所からスタートするには勇気がいりますので、自宅通勤可能な場所を希望します」

「宅に身を置いていただけるのならば、嬉しいですね。リングレンも喜びます」

 グラハムはその立場上、仕方なく自分を受け入れたのだと思っていたゆかりは、その時はじめて「それだけじゃないのかも」という気持ちが生まれた。

 勘違いかもしれない。

 だけど、ちょっとだけ寄りそって、親しみレベルを上げても断られないような気がして、ゆかりは笑顔になり、グラハムもまた笑みを浮かべた。



  ◇



「ということで、許可が出ました」

「そうか」

「はい!」

 笑顔で述べる黒毛の落ち武者が、アドレーの目の前に立っている。


 問:どうしてこうなったんだろう?

 答:大体全部、ヴィンセンテのせい


 よし、アイツ殴ろう――と拳を握ったところで、我に返る。ゆかりがこちらを覗きこむようにして、不審顔をしていた。

「えーと、アドレーさんが職場見学ツアーの案内人をしてくれるって聞いたんです、けど」

「……ああ、そうだな」

 今朝、ドバンと部屋のドアを開けて「アドレー、落ち武者の案内を頼む」と告げて出て行ったヴィンセンテの背中を思い出して、とりあえずそう答えた。

「ひとまず、城内にどんな部署があるかだけでいいんだよな」

「そう聞いてます」

 落ち武者を領内に囲っておきたいがゆえに、彼女に近場しか見せないつもりなのだろう。

 グラハム・ノーソルデルによる「城内の主要部署一覧」を手に、アドレーは歩き出す。そのうしろを、軽い足音を立ててゆかりが付いてくるのを認識しながら、急ぎ足にならない程度の速度で奥へ向かった。

 王族とはいえ、ヴィンセンテは今は一領主である。居を構えているのは城といえど、首都にある王城ほど大きなものではない。いざという時に籠城できるよう、それなりの大きさと設備を整えてはいるものの、通常勤務している人間は、あまり多いわけではないのだ。たとえば、先日のパーティーなどは、臨時で人を雇って対応している。領内に住む富豪のほうが、たぶんよほどいい生活をしていることだろう。

 そういった点においては、ヴィンセンテ・ガルセスという男は、器の大きい――言葉を選ばずにいえば、無頓着な性格であった。

 よって、案内といっても各所の長と対面し、仕事内容を教えてもらう程度のこと。朝からスタートし、昼を少し過ぎた頃には城内の見学会は終了してしまった。残るは、治安や警備を司る男所帯の警護団と、アドレーが所属する竜騎士団。およそ女性が就くとはいえない部署のみとなる。

 それでも竜騎士団の詰所に向かったのは、ゆかりが「見てみたい」と言ったからだった。

 正確には「ドラゴンが見てみたい」と言い、アドレーはゆかりを連れて森へ向かう。


 ドラゴンは城の裏手にある小さな森を根城として生活している。

 牛や馬のように小屋で飼育できる大きさではないし、一般的な動物よりも彼らは頭がいい。ある程度、人間の言葉を解しているとも思われる。

 鋭い爪や牙を持つ、人よりもはるかに大きな巨体を恐れる者も存在し、人を傷つける可能性がゼロとは言いきれないこともあり、彼らは人間の居住区から離れた場所で生活をしているのだ。

 そんな場所へ竜騎士以外の人間を案内するのは気が進まない。特に女性は、間近にすると悲鳴をあげたり逃げだしたりと、嫌悪感を表に出す。ドラゴンだってそんな態度をとられて嬉しいはずがない。

(……まあ、最初に会った時、背中に乗っても怖がってなかったし、大丈夫だとは思うが)

 状況によっては連れて帰ろう――。

 アドレーがそう決めて森の入口に立った時、ちょうどズシンと地を揺らして現れたのは、アドレーが騎乗するドラゴンのノエルだった。

 いきなり出くわすのはさすがにマズイだろう。

 慌てて場を離れようとしたところ、背後にいたゆかりはのんびりと声をあげる。

「わー、ドラゴンだ! すごーい、改めて見ても、やっぱりすごいねー」

 ノエルは大きく牙を剥き、グルルとうめき声を出す。

 しかしゆかりは、動じる様子もない。

「……怖く、ないのか?」

「怖くないっていうと嘘になりますけど、べつに取って喰われるわけないでもないでしょうし」

 喰うか喰われるか。

 ガチンコ勝負のようなその言葉も、彼女が言うと別の意味に聞こえるのはなぜだろうか。

 アドレーにとってゆかりは「一に食事、二に食事、三四で休憩、五でデザート」な女であった。

「いやいや、さすがにもうドラゴンステーキがどうのとか言いませんってば」

「そうか」

「肉は好きですけど、さすがに言葉が通じる相手を食べるのは、気が引けますよ」

「は?」

「牛も豚も、会話ができたら、さすがに躊躇しますよ。意思の疎通ができないなら食べていいのかっていうと、まあ、人間のエゴになりますけど。食べるからには美味しく調理して食べるべきだーっていうのも、勝手な言い草ではありますよねぇ」

「いや、そうじゃなくて」

 意味がわからなくてアドレーは言葉に悩んだ。

 一体なにを言っているのか。それではまるで、ドラゴンと意思疎通が図れるような言い草ではないか。

 ノエルが再び唸り声をあげる。

 小刻みに放たれるそれ・・にゆかりは「ドラゴン界にもあるんだねー、そういうのー」と言葉を返す。

 アドレーは信じられない思いで、ゆかりに問うた。

「く、黒毛。おまえ、ノエルの言葉が、わかる、のか?」

「ノエル? このドラゴンの名前?」

「そうだ。で、どうなんだ」

「っていうかむしろ、ドラゴンの言葉が通じてないほうに驚愕なんですけど。それでどうやって背中に乗せてもらったりしてるんですか?」

 グルル、グルルルル

「へー、そりゃー苦労するねぇ。ドラゴンさん達は度量が大きいんだね」

 グルルルルルル

「人間だって色々あるよ。いい人も悪い人もさ」

 グルルー、グルルー

「やだ本当? 嬉しいなぁ」

 グルルルルル

「あの時はほんとゴメンねー」

「俺を無視するなよっっ」

 なにやら世間話を始めた一人と一体から疎外感を覚えたアドレーは、泣きそうな気分で横やりを入れた。





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