其の四


 俺だってこう見えても結構な読書家である。


 右から左、科学から歴史に至るまで濫読らんどくの類だ。


 間島氏の著作を幾つか読んでみた。


 しかし・・・・彼の著作にはまともなものはほとんどない。いや、全くというべきだろう。


 特に『日本の戦争犯罪』とやらに関するものになると、いい加減を通り越して、最早タチの悪い『単なるグロ小説』と化していた。



 殊に軍隊の組織に関する記述がでたらめだ。


 はばかりながら、これでも10年間、陸上自衛官として禄をんでいた身の上だ。


 幾ら旧軍と自衛隊は違うとは言っても、機構その他については結構似たところがあるし、戦争に関する基礎知識もある。

 

 確かに旧軍はかなり精神主義的な部分があったのは事実だが、曲がりなりにも当時は近代的な国軍だった筈だ。


 久坂少尉は歩兵砲部隊の小隊長である。


 部下も恐らく20人はいただろう。


 戦闘ともなれば、砲移動。照準確認、弾道修正、弾着確認など、目が回るほどの忙しさだ。


 隊長は部下を統率し、尚且つ命令も出さなければならない。


 そんな忙しい部署にいた人間、しかも小隊長が、自分のやるべき任務を放り出して、白兵戦なんかに出て行ける筈はないし、無論お呼びだってかからないだろう。


大隊副官の竹中少尉だって似たようなものだ。

副官が自分の任務をほったらかしていたら、大隊そのものが機能しなくなってしまう。


 ましてや斬り殺したのが敵の兵隊ではなく、ただの民間人を、自らの功名心のためだけに斬り殺して回っていたら、命令無視ということで、直ぐに中隊長なり、大隊長なりから呼び出しを喰らって、下手をすれば軍法会議ものだ。


 軍隊と言うのは世界中どこだって、タテ社会の典型みたいな組織だ。

 

 この間島という男は、それを全く理解出来ていない。


 

 彼は久坂少尉の遺族に対して『綿密な取材を行った』と言ってのけたという。


 戦意高揚のヨタ記事を元に死刑にされた少尉も気の毒だが、死してなお、その記事を捻じ曲げた本で、本人のみならず遺族までが鞭打たれているのである。


 しかし、当の間島氏は新聞社を退社した後、彼はフリーのドキュメンタリー作家に転身し、平和に関するパネルディスカッションなどにも出席していたが、ここのところはすっかり鳴りを潜めていて、行方はさっぱりつかめない。


 それでも彼の著作は未だに出版され続けている。


 俺が調べたところによれば、久坂少尉の地元の佐賀県では、教職員組合とやらの教師が学校の授業で、彼の著作を子供に読ませ、ロクでもない作文を書かせたという。


 俺は軍隊というもの、戦争というものを無批判に肯定してるわけではないが、何の理由もないのに、裏付けのない感情論や、個人の道徳だけで語ってしまうのはもっと嫌いだ。


 ましてや死者に鞭打つのは、これはいってみれば『いじめ』そのものではないか?


 久々に燃えてきた。


 滅多にカッカしないこの俺が、である。


 

 



 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る