其の三

『折角ですが・・・・』彼女の話を聞き終わった後、俺はため息交じりに答えた。


『この依頼は引き受けられませんね』


 彼女は俺を真っすぐ見詰めた。眼だけで『なぜだ』と言っているのがすぐに分かった。


『私は探偵です。その間島なにがしの居所を探す、というだけならまだしも、復讐と、そうはっきり口にされたのでは、正直申し上げて無理です。私立探偵は犯罪に加担するような依頼を受けてはならない・・・・これは私立探偵業法にも明記されています。別に法律ばかりに縛られている訳じゃありませんが、これを破ると私ら一本独鈷いっぽんどっこは免許を取り上げられてあごが干上がってしまうんですよ』


『お金は幾らでも払います。と申し上げても?』


『これは金とは関係ありません。単にルールの問題なんです。』


 彼女は黙ってしまった。しかし絶対に引き下がらない。そういう色が顔に見えている。


 俺は彼女が喋りだすまで黙っておこう。そう決心し、シガレットケースからシナモンスティックを取り出し、口に咥えた。

 

 また風が吹いてきた。


 風鈴の音が心地よいメロディを奏でる。


 

『分かりました・・・・』彼女は口を開いた。


『では、こうしましょう。間島氏の行方を探してください。それが分かったら、私を氏の元に連れて行ってください。もし・・・・もし仮に、私が間島氏に良からぬことをしそうになったら、その時は・・・・』


『その時は?』


『どんな手段を使ってでも、私を止めて下さい。』


 きっとした口調だった。

『今では私立探偵も拳銃を持っていますが?』

『知っています。だから武器を使っても構いません』

 俺はシナモンスティックを音をさせて噛んだ。

 彼女は相変わらず決意の塊、という表情をしている。



『復讐、と申し上げましたけれど、法に触れなければ良いのでしょう?必ずしも暴力を使うばかりではありませんからね』


『分かりました・・・・』


 俺はそう答えるよりなかった。


『では一筆入れて頂きたい。そうすれば私も仕事を引き受けやすくなりますからね』


 彼女は椅子から立ち上がり、洋箪笥の上に置いてあった手文庫を開け、そこから便せんと万年筆を持って戻ってくると、不自由な手で驚くほど達筆な文字で念書をしたため、署名の上捺印をして、俺に渡してよこした。


『乾宗十郎氏に依頼をするにあたって、法に触れるような行為を一切行わないと約束する。もしこれに違反した時は、どのような処置を受けても、異

議を唱えないことをここに約束する』


『結構』


 俺は読み終わってそれを傍らのブリーフケースにしまい、代わりにいつものように契約書を取り出した。


『契約書です。一応目を通した上でご署名をお願い致します。』


 俺はガラスの湯飲みに残っていた麦茶を飲み干した。


 口の中に残っていたシナモンを麦茶で飲み下す。決して悪いコンビネーションじゃないな。そう思った。


 


 





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