彼女の本心

 ジメジメとした檻の中。

 灰色の空間でフランは一人、座り込む。


 少女と暮らした日々が頭に浮かんでは、うたかたのように消えていった。

 彼女から受けた愛が偽物だと知った今、なんのために生きればいいのか、分からなくなる。

 あの一瞬で過ぎ去った日々はまるで、本物の夢であったかのようだ。

 自分なんてそんなもの。いままでよくしてくれたことのほうが奇跡であり、なにもかもが甘かったのだろう。

 しかし、まさか愛を二度も失うなんて、思わなかった。


 ぼんやりと天井を見上げる。視界に映った色は心と同じ、鉛色だった。


 ★


 カンカンと、金属を鳴らす音がした。

 顔を上げると、見知った顔が立っている。彼は以前カフェで出くわし、クリスタルの情報を青年に与えた人物だった。

 名前は確か……。


「誰だっけ?」

「レイだ」


 ああ、思い出したと、彼はうなずく。

 彼と出会えたのは幸運だ。だが、今のフランの心には響かない。


「いつまで怠けているつもりだ?」


 ぶっきらぼうな口調で、レイは言う。

 どことなく怒っているようにも、あきれている風にも聞こえた。


「なんでお前がそう言うんだ?」

「当然だろう。俺はずっとこの機会をうかがっていた。あの日――一度俺として死んだ後、ひそかに生存し、勇者となりうる存在が現れるのを待っていたのに」


 苛立たしげに彼はつぶやく。

 なんのことを指すのか、フランには分からなかった。


「解せないか。なら教えてやろう。俺はかつて死んだはずの男だった。そう、かつてこの町に現れた客人であり、恩を仇で返した輩だ」


 彼こそが町で話題になっていた男。住民がよそ者に冷たい態度を取るようになった元凶でもあった。

 意外な事実、うまく呑み込めない。かといって嘘と切り捨てるのは根拠が足りず、フランは複雑な心境のまま、彼の説明を待つ。


「その機会を作り出したのは他ならぬ、あの娘だ。彼女の隠蔽工作によって生かされ、兵士として紛れ込んでいる」


 レイは語る。

 寝ぼけているのもあり、話が右耳から左耳まで通り抜けていった。

 だが次の瞬間、相手の口から飛び出した言葉を聞いて、一気に目が覚める。


「そして貴様も生かされ、処刑を回避されようとしているのだぞ」


 フランは目をカッと見開いた。


「俺が、処刑を」


 通常ならば死ぬところを、彼女の計らいによって見逃されたというのか。


「彼女の優しさと甘さは本物だ。そうでなければ我々は二人とも、死んでいた」


 それこそ、信じられない情報であった。

 いままで裏切られたと思っていたのに、それは単なるフェイクであり、本質は別のところにあっただなんて。

 急展開についていけない。

 フランは顔をうつむけた。

 まるで信じられないが、まだ自分は生きている。それだけが事実だった。


「彼女も今の状況を不本意に思っているのではないか」


 相手はやや顔を傾けながら、切り出す。


「なぜならいままで彼女は笑顔を見せたことがない」


 それを聞いて、ハッとなる。

 確かに人形だった彼女はいつもにこやかだった。だが、本体である白銀の女は常に仏頂面であり、喜びなど感じたことのないような顔をしている。

 そうだとしたら、彼女はどうされたいと思っているのか。

 当然、解放されたいと願っているのだろう。

 本人に聞いてみなければ、話は分からない。実際は嘘かもしれない。本当に他者への愛情や温かさを失った存在という可能性もある。

 だが、会って尋ねないことには、真実は分からない。


 ついにフランは顔を上げ、立ち上がった。


「行こう」


 ハッキリとした声で、自分の意思を伝える。

 そしてもしも彼女が許すのなら、彼女をこの城から連れ出すのだ。

 それを聞いて、兵士も確かにうなずいた。


 ★


 行く手を阻むは大量の敵。兵士たちは皆、氷の剣を手にしている。


「きちんと避けろよ」


 指示が飛ぶ。


「かすり傷でも受けようものなら凍りつくぞ」

「マジかよ」


 それは聞いていない。

 言っているそばから相手が攻撃を仕掛けてくる。その氷の剣で斬りかかる。あわてて、回避。剣が柱に命中する。途端に柱は氷の彫刻と化した。なるほど、確かにかすり傷すら浴びることは許されない。

 ならば、攻撃を受ける前に一掃するのが早い。

 フランは剣を抜く。その炎を帯びた刀身で薙ぎ払う。敵は一気に殲滅された。


 さらに先へと進む。

 兵士たちが追いかけてくる。


「どこへ逃げても同じことだ」


 後ろから声が聞こえる。


「町には大量の兵士が待ち構えている。住民たちもお前に牙を向けるだろう」


 それはフランとレイ――両者に向けて放たれたものだ。


「ならば仕方があるまい」


 階段の手前で、レイが足を止める。


「なんだよ、おい」


 あわててフランも振り返る。

 まさか足止めでもしようという魂胆だろうか。

 そう思って緊張感が増すのを感じる中、レイは言う。


「なに、安心しろ。当たらなければどうということはない。それに、貴様と違って俺の装備は硬いのでな」


 そう、余裕をもった口調で告げ、彼は口角を釣り上げる。


「そうだ。貴様には魔法をかけておく」


 瞬間、フランの身を赤い光が帯びる。

 なんだと驚愕に目を見開く。


「一時的なブーストだ。効果は十五分。急げよ」


 鋭い眼差し。

 これにはこちらもうなずくしかない。


「ありがとう」


 感謝の気持ちを告げ、走り出す。

 フランは階段を一気に駆け上っていった。


 それを見届けてから、彼は敵のほうへと、振り返る。

 口元に不敵な笑みを浮かべて。


「さあて、いっちょやるとするか。過去の因縁、ここで晴らさせてもらおうじゃねぇの」


 剣を相手へ向ける。

 その刃の先が鋭い光を放った。

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