彼女の正体

「そういえばお前さん、なにか仕事があってこの町にきたんじゃないのか?」

「そうだ。忘れていた」


 カフェでいつか出会った兵士――ルイとの話の最中、大事なことを思い出す。

 彼がグラセにきたそもそもの目的は、この町の謎を解明することだ。いままでアイリスとの交流で怠け、たるんでいた。

 ルイがガッカリしたというようにため息をつく中、フランは勢いよく立ち上がる。


「こうしちゃいられない。じゃあな」


 さっさと会計を済ませて、店を出る。


 ★


 空を見上げる。そこに建っていたのは、白銀の城だ。雪か氷で作られているのかというくらいに清らかな色をしていて、キラキラとした輝きを放っている。あそこにグラセの主が存在するのだろうか。

 だが、確証がないまま突っ込むのは危険だ。ひとまず、情報を得る必要がある。

 いったん家に戻るとその件について、アイリスに尋ねてみた。


「はい。確かに。あの城にはこの町で最も立派な方が住んでいます」


 彼女はハッキリと答えた。


「よろしければ、案内しましょうか?」

「いいのか?」

「ええ」


 彼女が言うのなら、それに甘えよう。


 かくして二人は出発し、城に突入する。そばにアイリスがいるからか、兵士はすんなり奥へと通す。あまりにも警戒心の薄い反応に、戸惑う。順調にもほどがあるせいか、逆に不安になってきた。それに、彼女の正体はなになのだろう。城の者から信頼を得ているようだが。


 とにもかくにもこれで氷のクリスタルにありつけたら、楽ができていいだろう。


 そうしてたどり着いた先には、確かに氷のクリスタルがあった。キラキラとした輝きを放つそれは、まさしく宝石と読べる代物だ。

 感慨にふける青年。


 同時に気づく。アイリスの姿がないことに。

 先ほどまではたしかに一緒にいたはずなのに、どこへいったのか。

 混乱する。

 そんな彼に、足音が忍び寄る。


「ようこそ」


 それは、やけに低い温度をした声だった。


 同時に、彼の心臓がドクンを音を立てる。そのオーラこそ知らぬが、彼女の声を聞いたことがある。

 その正体はなになのか。

 やけに鼓動が加速する。気になる。気になるが、今振り返れば、なにか、知らないほうがいい真実を知ってしまうかもしれない。


 だが、一度抱いた興味を振り払うことはできなかった。

 ついにフランは振り返る。

 体をそちらへ向けて、目を見開く。


 そこに立っていたのは銀色の長い髪を持った女だった。彼女は冷たい眼差しで青年を見つめる。そこには人間らしい表情はない。ただただ機械的で、まるで、氷の彫刻のようだった。


「どうして……」


 なによりも気になったのは、彼女の顔だ。


「なぜ、お前が」


 整った顔立ち、大きな瞳。

 頭の中で浮かんだのは、いままで一緒にいたはずの少女の顔だった。

 アイリスと瓜二つの女が目の前に立っている。これはいったいどういうことなのか。双子という二文字が頭に浮かんで、消える。


 とにかく、混乱した。

 目を泳がす中、すっと目の前で、アイリスと同じ容姿をした少女が現れて、雪のように崩れ、消失する。


「私が本体。いままであなたは私の分身である人形と生活していたに過ぎないのよ。本当の名は、ええ……私と彼女を分けて考えるのなら、アリスと呼べばいい」


 その日々は偽物だった。

 青年は愕然とする。


「私の役目はこの城で氷のクリスタルを動かすための、道具となること。もちろん、その情報は外へ持ち出すわけにはいかない。だから、それを知ってしまったあなたを、こちら側に引き止めて置きたかった」


 そして、実物を見た男を殺す口実が、今からできた。そのために相手に牙を向けても構わないと、女は言う。


 要するに彼女の優しさは偽りだった。性根は冷淡で他人のことなど、どうでもいいと思ってしまう存在だ。それにショックを受ける。


 そこへさらに足音が近づく。


「いやぁ、ずいぶんなザマじゃないか」


 彼は高らかに笑いながら、こちらへ迫る。


「スネーク……」


 アリスが男の名を呼ぶ。


「やあ。私こそがこの町の長だ。そして彼女は私の所有物」


 そう、胸を張って言い張る男。

 それを見て、ムカムカとした感情がこみ上げてくる。

 彼を今からでも排除したい。


 勝ち目はあるか分からない。だが、挑まなければどうしようもない。今のこの気持ちを晴らすためにも、青年は相手に立ち向かうという選択肢しか持てなかった。


「無駄なことだよ。彼女はすでに城の者として迎えられている」


 だから彼女の連れてきた客人を、兵士はあっさりと通したのだ。


「だが、次はどうかな?」


 男の口角が釣り上がる。


「なにはどうあれ、君を町から出す気はないのでね」


 余裕を持った態度で相手は口に出す。

 いつの間にか、周りに兵士が集まってきていた。万事休すといったところか。

 どの道捕まるのなら、ギリギリまで暴れてみせよう。

 青年は剣を抜く。そして相手へ向かって斬りかかった。

 だが、彼もサーベルを抜く。その細長い刃で、あっさりと攻撃を受け止める。

 少なくとも全力を出して挑んだつもりだ。だが、それを相手にされないとは。しかも虫や子どもをいなすように、簡単に。

 予想外の出来事に目を丸くすると同時に、彼はショックを受ける。


「迷いがあるな。その剣では私には届くまい」


 彼の蹴りが炸裂する。

 フランは壁際まで飛ばされた。

 その様子をアリスは黙って、見届ける。


 ゴホゴホとせきをする。

 立ち上がろうと顔を上げた瞬間、目の前に無数の刃が出現する。

 兵士たちが青年を囲っている。

 逃げ場はない。


 あえなくフランは捕まり、檻の中に閉じ込められた。

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