11-3

 幹公木は一拍置いて、一続きに言う。


「“器”というものは何でも良い訳ではない。“器”にもがなければ物を見ることも聞くことも出来ない。ゆえにリヴァイヴする者は無意識にそれらを形成する。通常であれば感覚器は人間の身体と同じく“頭部”に集中させるが、貴様の場合はこちらに攻撃してきた――ならば答えは明白だ。“本体は別にある”のだ」


 幹公木の視線はおもむろに、死霊の右手から、その右手がへと移る――。


「本体はこの“鎌”だ」


 幹公木が指摘すると、わずかな沈黙の後、大鎌がガタガタと震え出す。

 そして、刃の付け根の丸い部分が、突然“眼を開く”。


「気付かれたっ!」


 高い声が辺りに響く。それは明らかに鎌から発せられていた。

 幹公木は低く唸るように言葉を続ける。


「思えば貴様は、私の目の前でを浮遊させていた。アスファルトや、ガラスや。――ある程度の大きさがあり、既に魂が入っていない物にならば何にでも魂は入れられるからな……盲点だった。――よく観ればこの手も鎌を“握って”いるのではなく、“繋がって”いるのか。死霊の身体はあくまでお前の一部。どこかしらで繋がっていれば操作は出来るが、魂の入っていない“一部”を破壊したところで、致命傷にはならない。……まったく、悪知恵の働くことだ」


 幹公木がとうとうと語ると、突然大鎌は卑屈ひくつな引き笑いを始めた。そして言う。


「ちがうちがう、そうじゃない。ぼくは騙したくてこんな姿になったんじゃあない」

「なんだと?」


 幹公木がいぶかしげに訊き返す。すると大鎌は、その“眼”を恍惚こうこつと歪めながら、最高の話とばかりに語りだす。


「たまんないんだよ……あの“感触”は。女の肉を裂き、“中に入っていく”快感ときたら……!!」


 夢見心地に視線を宙に踊らせる大鎌を、幹公木は沈黙して見下ろしていた。そして、槍を逆手に変えて持ち上げる。


「……下衆げすが。貴様と語ることなど、もうない」

「まて! まってくれよ捜査官!」


 大鎌の大声に幹公木は束の間静止する。大鎌は慌てて続けた。 


「ぼくが悪いわけじゃないんだ……! いるんだよ、“化け物”が……!」


 幹公木は見下ろしながら大鎌の話を沈黙して聴く。


「たすけてくれよぉ……! “化け物”がぼくの心にやってきて、ぼくにこんな“悪いこと”をさせるんだよぉ! ぼくのせいじゃあないんだよお!!」


 大鎌の叫び。本当の身体だったら涙ながらに叫んでいるところか。

 幹公木の怒声がそれを掻き消す。


「……馬鹿者がッ! その“欲望”という化け物と戦い続けるのが、人間だ!!」


 一喝と共に、幹公木の槍が大鎌の眼を貫いた。

 「フギュッ!」という声と共に、それは砕けて散った。そして中から、魂が漏れ出す。

 その魂を待っていたのは、幹公木が取り出した“式札”だった。抵抗も出来ずに、魂は式札に吸い込まれる。


 鎧武者のような“器”姿の幹公木は、ゆっくりと空を見上げる。幹公木の背景では、まだ炎が揺らめいていた。

 戦いの終わった月下には、残骸たちがただ果てている。

 幹公木の呟きが、月夜に溶ける。


「任務、完了」


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