第七話『“ハッピージョージがやってくる”1』

7-1


 ばけものがくるよ


 あいつがやってくる


 たすけて


 あいつは ぼくを――



 ◇ ◇ ◇



 昼下がりのSCCA東京本局のホールが、今日は少しばかり騒がしかった。

 騒がしさの元凶げんきょうは二人の人物。

 片方は相変わらずのを燃え立たせている外堂がいどう――もうひとりは、金髪ショートの、一見して“少女”にも見えてしまう小柄な女性。居るのはSCCAの関係者しか入れないエリアだというのに、英字が躍動的に胸に描かれたパンクな黒Tシャツに白のショートパンツという、到底関係者には見えない身なりをしていた。

 しかしそんな彼女の服のえりにも、ゼラニウムをしたSCCA捜査官のバッジが光っている。

 彼女は、今まさにドーナツを一口食べた外堂を見て絶叫する。


「アアーー!! オマエ二個食ってんじゃあねーか!!」


 その絶叫に対し外堂は少し面喰ったような、それでいて反発心を覗かせる表情で言い返す。


「なっ、なんだよっ。一人二個以上は絶対食べられる数だろーよ? っていうかまだ残ってるじゃあねーか!」


 それに対し金髪の彼女は即座に切り返す。


「アタシは! そのゴールデンチョコを次食べようと思ってたんだよ!!」

「知らねーよ!! 他の食えばいいだろ!?」


 外堂の返しに対して、金髪の彼女は悶絶したように天をあおいでまた絶叫する。


「アタシはゴールデンチョコが食べたいんだよッ!!」



 そんな二人のドタバタのやり取りを見て、いつもの定位置に座る秋津佐あきづさが深い溜息を吐いた。


「お前らは子供か……」

「いいじゃないの。賑やかで」


 呆れ果てる秋津佐に対して穏やかにそう言ったのは、秋津佐の横に立つ、黒髪に白いメッシュの入った、紳士然とした痩せたおじさんだった。落ち着いてはいるが年の頃でいえば五十代だろうか。

 ジャケットは着ずにシャツにベスト姿なのがよく板に付いていて、パッと見でベテラン捜査官であることがすぐに分かる(場所さえ違えば喫茶店のマスターにも見えるが)。

 まるで自分の子供でも見るように、ソーサー片手にコーヒーをすすりながら微笑ほほえましそうに外堂たちを眺めていた。


「しかし田塚たづかさん、寝てなくていいんですか? まだ夜勤シフトなのに」

「うーん、僕くらいの歳になるとねぇ、いっぺんにはあんまり寝られないんだよねー。まあ、どこかで一度寝ておくから大丈夫だよ」


 メッシュの紳士――田塚は、お決まりの弱弱しい笑みを浮かべてそう言って、またコーヒーを一啜りする。

 秋津佐は納得したようにうんうん頷いてから、唐突に視線を上げ、なげき始める。


「あーあ、しっかし家に帰れないのかあ……。レコーダーにドラマ溜まってるのになあ」

「あ、でもそれって何事もなければ何事もないで結局観ないんだよね」

「そう! いつか観ようとは思ってるんですけど……。ついどーでもいいリアルタイムの番組観ちゃうんですよね」


 田塚の言葉に激しく同意して、秋津佐は自己反省するように腕組みして目を閉じる。

 田塚もぼんやりと宙を見上げて、自身をかえりみる。


「僕も今年何作も観ずに消しちゃったなあ……。こういう観れないと分かっている時は観たくなるんだよね」

「まったく!」


 秋津佐と田塚が他愛のない会話を弾ませている間にも、まだ外堂たちは小競り合いを続けている。



「えーとねぇ、わたしはつぎなに食べよっかなー?」


 その外堂たちの騒ぎなどなんのその、なごみはテーブルの上にちょこんと顔を出して、箱の中のドーナツたちを目をくるくる動かして選んでいた。


「あ、なごみちゃん、僕は要らないから僕の分も食べていーよ」

「ホント?! 田塚さんっ?!」


 その魔法の一言になごみは目を宝石のようにキラキラ輝かせる。

 そんななごみに田塚は、孫に向けるような穏やかな笑顔でゆっくりと頷いてみせた。


「やったよおー! 田塚さんはかみさまだよおー!!」


 いとも簡単に神様認定された田塚は「大袈裟だよ」と照れくさそうに笑ってコーヒーを一口飲む。

 その様子を秋津佐はにへらと横目で見守っていた。


 一方その頃外堂のバトルは激化する。


「買ってこいよ! ソッコーで買ってこいよ!! オマエ走るの得意だろォ!?」

「ヤだよ!! 第一オレの方が先輩じゃねーか!! なんでパシられなきゃならねーんだよッ!!」


 外堂のそのもっともな言葉が、理不尽に金髪の彼女に火を注ぐ。


「オマエがアタシのドーナツ食べちゃったからだろーよ!!!」

「いつからオマエの物になったんだよ?!」

「アタシが食べたいと思った瞬間からだよ!!!」


 二人の口論は終わらない。体格的には外堂の方がずっとデカいが、金髪の彼女は一歩も引かない。

 職歴と同じく年齢も外堂の方が上だが、こと精神年齢に関して言えば二人は大して変わらないように感じられた。

 尤も、実年齢も二歳しか違いはないが。


 そんな二人を背景に、なごみはいかにも平和を体現したような表情で、ドーナツをぱくつきながら呟く。


「どのドーナツもみぃんなおいしいのにねえ」

透子とおこはああなったらしつこいからねぇ……。あいつもとっとと寝ればいいのに」


 達観したように言うなごみに、秋津佐は呆れながら、いや諦めながら呟いた。

 そんな秋津佐が見詰める先で、金髪の彼女――透子はいまだ威勢良く外堂をまくし立てている。

 二人のちっぽけないさかいも意に介さないなごみだが、ふっと上を見上げ物思いにふける。


「――令くんたちはちゃんと仲良くしてるかなあ?」

「どーでしょうねえ……。あいつ幹公木かんこうぎさんに嫌われてるからなー……」


 秋津佐もなごみと一緒にちょっと上を見上げながら、“二人”の様子を思い浮かべて苦笑いする。


「うーん、しんぱいだなあ」


 絶妙に感情がこもってない棒台詞で、なごみは呑気のんきにドーナツをかじり続けた。

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