6-6


「アアッ?!」


 外堂がいどうは声を出して驚く。

 ――しかしそれも一瞬で、外堂のその顔は侮蔑ぶべつするような表情に変化する。


「テメエ、バカだろ?」


 どちらともつかない、なごみの中間に外堂は指を差し、そして声を張り上げる。


「おいなごみ! 返事しろっ!!」

「ハッ――ハイッ!!」


 瞬間、外堂の姿が消える。

 次に姿が現れたのは、片方のなごみのすぐ“上”だった。


「声を出せねえこっちがニセモノだアッ!!」


 外堂の渾身の蹴りが繰り出される――が、それは見事に“空振り”に終わった。


「ナッ、なにっ!? ただの幻かッ?!」


 動揺する外堂は片手を突いて着地する。そしてそれからすぐに目を凝らすが、敵の姿はない。


「んにゃろ! 逃げるつもりかっ!!」


 外堂は懸命に水に濡れたホールを注視するが、一切の動きは見られない。

 スプリンクラーは既に役目を終えて停止し、場は静まり返っている。


 外堂は、ふと視線を床に移す。ところどころ水溜まりの出来た床。

 それから外堂は、まだ消火器をその手に握っているままのなごみをじっと見詰めた。


 そして、笑みを浮かべる。



「お手柄だぜ、なごみ」



 外堂は目をつむって耳を澄ませる。

 外堂の脳内にホールのイメージが浮かび、そしてそこに、“波紋”が浮かび上がる――。


「そこだ――ッ!!」


 突如外堂の姿が消え、そして場所から、突然“何か”が弾け飛ぶ――。

 それは――ミラーボールのような頭を持つ、“敵”だった。


 別の場所に現れた外堂はスタっと着地し、敵に向けて指を差す。


「姿や足跡は消せても――テメエの能力じゃあ水を踏む“足音”は消せなかったなあ!!」


 敵は、床に吹っ飛ばされながらも、すぐにその身体を起こそうとしていた。

 ――しかし、その動きは恐ろしくだった。

 


 外堂はそんな敵に対して今一度声を張り上げる。


「ああー、あとそれとっ! ……いや、別にもうお前に言うことなかったわ。――粉々にぶっ飛べ!!」


 瞬時に敵の目の前に現れた外堂の、“二回目”の蹴りの乱打。

 先ほどよりも長く、そして“確実”に、“器”は目にも止まらぬ速さの蹴りを浴びていく――。


 外堂は急にぴたりと蹴るのを止める。

 そして、言い放った。


「――さあ、ぶっ飛ぶ時間だぜ」


 その言葉の直後、敵の“器”は今までのダメージの“蓄積”が一遍いっぺんに現れたように、木っ端微塵に砕け散った。



 敵が“破片”に変わる様を外堂は冷静に見ながら、懐から式札を取り出す。

 “器”から現れた魂は抗うことも出来ず、それに吸い込まれていった――。



 敵の粉塵を浴びた外堂が、戦いを終えたホール内をスーツを払いながら歩いていく。肩口の血の跡も気にしながら。


「あーあ。このスーツ高かったのに……。経費で落ちっかなあ?」

つかさくんっ!」


 とぼとぼと歩いていた外堂に、なごみも駆け寄ってきて声をかける。


「ケガはだいじょうぶっ?」

「ああ。もうふさがってる。弾も貫通してくれたし、大丈夫!」


 心配そうに眉にシワを寄せるなごみに向けて、外堂はスーツとシャツをはだけさせて撃たれた箇所を見せる。

 外堂が血の跡をごしごしと手で擦ると、確かにそこにはもう“傷跡”しか残ってはいなかった。

 なごみはほっと息を吐く。


 すると、そこに名執なとりと令がやってくる。



「一体何があった?」


 現状をつぶさに観察しながら、名執がすかさず訊いてくる。

 それに対して外堂は誇らしげに答えた。


「ああっ。もう全部終わってますよ! へっへ~! 褒めてくださいよ――なごみをっ!」

「えっ」


 外堂の言葉になごみは驚いて声を漏らす。

 一方、外堂は嬉しそうにニコニコしながら、名執に伝える。


「なごみが戦っててくれたんスよ! お陰で勝てましたっ!」


 そう言って外堂はぴらりと式札を見せた。

 令はそれに少しだけ面喰ったが、ちょっとしてから笑みを見せると、なごみの頭にぽんと手を置き、ゆっくりと撫でる。


「流石だな。なごみ」


 なごみは少しぽかんとして令を見上げる。

 そんななごみに対し、名執も続けて謝辞を述べる。


「よくやってくれた、なごみ。SCCAの捜査官として感謝を申し上げる」


 そう言って名執はぴしっとかしこまって、うやうやしくなごみに頭を下げた。

 それを見て、令の顔を見上げて、それから外堂の顔を見て、なごみはえへへと笑う。外堂もそれを見て満足そうに笑っていた。

 名執も少し口角を上げてなごみのその笑顔を見ていたが、急にその表情を引き締める。


「ではこれから迅速に局を閉鎖する。霧矢も異変がないか調べるのを手伝ってくれ」

「おう。りょーかい」

「外堂、お前も身体に異常がないのなら索敵に出ろ」

「うっす。了解っス」


 二人に指示を出した後、名執はきびすを返してフロントへと走っていった。

 横目でそれを見てから、令はなごみに声をかける。


「なごみ、一緒に行こう。――何があったかも教えてくれな」

「うっ、うんっ」


 令に手を繋がれてなごみは廊下へと歩いていく。

 だがなごみは何かを言いた気に、手を引かれながらも外堂を振り向いた。


 外堂となごみの視線が触れ合う。


 そして外堂は、なごみに向けてグッと親指を立てた。

 するとなごみもパッと表情を明るくして、外堂に向けて親指を立てた。


 二人の勝利は、静かに祝われる――。



 ※ ※ ※



 非常事態を知らせるアナウンスと警報が鳴り響くSCCA東京本局を背に、ひとりの男が歩いていた。

 “幅広の帽子”を被ったその男は、その手に一冊のノートをたずさえ、その口元に薄っすらと笑みを浮かべていた――。




 『無敵少女と遠華鏡』End


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