3-3

「令くんクヤしくないのっ?! このままおわっちゃってえ!?」


 なごみはすっかりおかんむりで、コンビニ強盗犯が去ってからずっとぷんぷんと怒っている。

 現場には警察がやって来ていて、一帯の封鎖が始まっていた。

 令は警官におおまかに状況を説明してから、なごみに叱責しっせきされる今に至る。


「はあ……。まあ、乗りかかった舟ではあるか……」


 令は至って気が乗らなかったが、自分が捕り逃した犯人が後で悪さをしては寝覚めが悪い。

 到底大きな悪事が出来るような人物とは思えなかったが、令から逃げおおせたのも事実である。


 令はスマホを取り出すと、あるアプリを開く。

 一般用に作られた、リヴァイヴ犯罪情報共有アプリである。

 この現代、何か事件があれば、目撃情報が次々とアップされていく。

 令はこの地域の最新の情報を探る。

 ちょっと調べれば、すぐにこの事件に関するスレッドを見つけることが出来た。

 が、そこに書かれている情報はどれも“事件発生後”のことばかりで、事件が発生する前の犯人の目撃情報はほとんどなかった。あったとしても、コンビニに入っていく場面の情報である。

 令はいぶかしがる。


「日中なのに目撃例が少ないな……。ってことは現場のそばまで車で来たのか……」


 令は視線を伏せて考え込む。

 なごみはその様子をじっと見守っていた。

 何処どこかそれは、子供が宿題の問題をちゃんと解けるかを見守る保護者のような感がある。


「なら犯人は車の運転手か、その仲間……。――ハア。これ以上調べるなら協力が必要だな」

「ここでゆきめちゃんのとーじょーだね!」


 なごみは待ってましたとばかりにぴょんと跳ねる。

 なごみはご機嫌だが、令は何処か嫌そうな顔をしながら電話帳から『秋津佐あきづさ由希芽ゆきめ』の番号を出す。

 コールのボタンを押す指が少し躊躇ちゅうちょしてから、令は電話をかける。

 しばらく呼び出し音が鳴ってから、「何?」と挨拶もなしに秋津佐が電話に出た。


「秋津佐、今コンビニ強盗犯に出会ったんだ。追うの手伝ってくれないか?」

「……ハア。あんたね、うちSCCAよ? 管轄違い」


 少し低めの落ち着いた声に、令の願望はバッサリ斬り捨てられる。

 しかし残念と言うかなんと言うべきか、これでは令の頼みは断ち斬られていない。


「だから、リヴァイヴ能力者なんだよ、その犯人」


 秋津佐の一瞬の沈黙。


「――ハア?! リヴァイヴしてそんなセコいことする奴が居るの!?」

「俺も驚いた」


 電話口の向こうで秋津佐は思い切り溜息を吐いて呆れている。 

 何故なぜだかこうしていると、他人の話なのに自分が落胆されているような心持ちになる。

 そして実際、次の言葉で令はその通りの気持ちを味わうことになる。


「で。あんたそれでそんなセコい犯人を捕り逃がしちゃったワケね?」

「……はい」


 なんとも力のない情けない声で、令は返答する。

 それを聞いて秋津佐は嬉し気に少し声を弾ませて追い打ちをかける。


「ハアー! あんた馬鹿ねえーっ!」

「はい……。俺は間抜けですよ……」


 令はますます情けなく小さくなって呟く。

 その様子は電話口の秋津佐には見えなくとも、ますます彼女をご機嫌にさせた。


「アッハッハッ! 殊勝しゅしょうでよろしい! ――まあ、なら手伝ってあげても良いわよ?」

「おおっ! 助かる!」


 打って変わったようにパッと令の表情が明るくなる。

 幾分いくぶん小さくなったように思えた身体からだも元通りの自信を取り戻す。


「でもねえ……。まさか、私をタダで使う気はないわよねえ? まっさかね! 私はあんたの秘書でも召使いでもないものねえ?」


 妙にゆっくりな口調が怖い。声色も完全に変わっていた。

 令は少し蒼褪あおざめて、気落ちした声で応答する。


「もちろん、マージンは払いますよ……」

「じゃあ協力してあげるねっ! なになに? 何が知りたいのっ?」


 こうなると逆に明るくなった声も怖い。

 しかし令は気を取り直して、きたいことを頭の中で整理する。


「じゃあ、付近の監視カメラで車両を探してほしいんだ。事件の情報はそっちに上がってるか?」

「えーと、ちょい待ち……。ああっ、今上がってきたところね。どれどれ――」


 電話の向こうで、銀色の三つ編みポニーテールを胸に垂らしたスーツ姿の女性――秋津佐は、タブレット端末を操作する。仕立ての黒いスーツの襟元には、『SCCA』と刻まれた、ゼラニウムの姿をしたバッジがちいさく輝いていた。

 カフェのような丸テーブルの前で足を組んで、秋津佐は膝の上のスクリーンにスイスイと指を滑らす。

 SCCA職員専用のアプリを立ち上げて、監視カメラのネットワークに接続する。

 ティーカップの紅茶をすすりながら、秋津佐は事件現場周辺の監視カメラ映像が検索されるのを待つ。

 数十秒後、幾つもの映像が画面に表示されて、秋津佐はそれをついと見ていく。


 令は秋津佐が仕事をこなすのを、黙って待っていた。

 余計に声をかけると余計なことを返されそうなので、沈黙を選んでいる。

 なごみはずっと「まだー?」と言っているが、今は集中しているフリで誤魔化ごまかす。

 なごみと下手に会話をしても、会話の果てに余計なことが待っていそうという直感があったからだ。

 なごみに「今やってくれている」と言う→なごみが「ながいね」と言う→令がフォローして「頑張ってくれている」と言う→秋津佐がそれを聞いて「頑張ってるんだからマージンは沢山くれるわよね?」と言う……そんな感じの流れだ。


 ……と、そこに秋津佐の跳ねる声がやってくる。


「ビンゴ! ……アレ、この言い方って古い?」

「……あの。情報を……」

「ああはいはい。えーとね、現場のそばに停まったバンの後部から“器”姿の奴が出てきてるわね。運転手が直前にシート倒して横になってるから、多分こいつが本体ね」


 秋津佐は続けてタブレットを操作する。

 画面の映像が早回しで動いていく。


「えーと時間を進めて……。……あんたおんなじ服ばっかり着てるね。服買ったら?」

「あの……」

「ああはいはい。んーと、魂は映ってないけど、あんたが犯人を捕り逃したあと車の運転手が起き上がって、運転を始めた、と。ふむふむ、そっちに行くのね……。まーだ時間的に巣穴に帰ってるか微妙だから、今度は時間をさかのぼってみますか」


 秋津佐は画面に表示されている車を指で丸くなぞって囲う。

 そして画面上の巻き戻しのボタンを押すと、映像の時が戻っていく。

 急激に時間が巻き戻り、遂に車がバックに動き始める。

 秋津佐は逆再生されていく映像を瞬きも少なくしっかりと見詰めている。

 最初に見ていた監視カメラの映像からは車はあっという間に居なくなってしまったが、今度は複数の映像に切り替わる。

 秋津佐が囲んで指定した車両の映像を、自動的に連続して表示しているのだ。

 猛烈な速度で車両の道程みちのりは辿られ、そしてついぞ秋津佐たちの目当ての場所に辿り着く――。


「チェスト! ……どう? アレンジバージョン!」

「……あの」

「ああはいはい。時間を遡ってみたところ、このマヌケな犯人の巣穴がバッチリ分かりましたよっと」

「よしっ! じゃあ住所送ってくれ」

「はいはい。……マージン、期待してるからね!」

 

 もうそこには返事をしないで電話を切った。

 だが即座にメッセージアプリにも『期待してるからね!』とメッセージが届く。連続してキラキラおめめのスタンプも。

 令が渋い顔でそれを見ていると、やっとアジトの住所が送られてくる。

 画面から顔を上げて、令は「よしっ」と気合を入れる。


「じゃあ、“正装”でお邪魔させてもらうとするか」


 なごみも「よしっ!」と隣で気合を入れるが、令に頭をぽんぽんと撫でられる。


「なごみは俺の身体をよろしくな」

「まぁーかーさーれーよぉー!」


 なごみがちいさな胸をどんと叩く。

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