第5話 Sの本懐

 ハッチの中は湿っぽく、ひんやりとして暗かった。


彼女は灯りで先を照らしながら、先程リュックから取り出した何かを見て、僕を先導する。


「一体、何処に向かっている? この先には……何が在るんだい??」


「待って。もう少し……」


彼女は闇を掻き分けながら、その奥へ迷いなく歩を進める――気温も、闇もまたそれにれて酷く暗く、冷たいものになっていった。


 今までの僕の軌跡程ではないが――僕達は長いこと歩き続け、入口が何処だったかすらも忘れそうなくらい深層まで進んでいた。


『チャプ』と――水音が鳴る。その音で、足元に何か液体が在るのに気付いた彼女が、直ぐに手を向け止まった。


――「水には近寄らないでね。」


彼女は手に急に止められた俺は、何も知らないまま続けられ、止められた道に若干呆然としたままで居た。


その理由としては、彼女の言葉が地上に居た時のソレとは違い。この洞穴の様に酷く冷たいものに感じられたというのも、少なからず在った。


 彼女はおもむろにリュックと外套がいとうを降し、身軽になった状態で水の中に入っていった。


「おい! 何をしているのだ! 大丈夫なのかい?」


暗く煌く水は彼女に引き寄せられる様に蠢き、その中に人の――『僕』が作ったであろう様々な人間の苦悶の形相が、瞳の無い状態で浮き出している。


「早く出てくれ! 其処に居ては危ない!」


必死に呼びかけるも彼女は冷静に応えた。


――「大丈夫。私は“命じゃない“から。」


「何を……?」


彼女はそのまま僕に話しかけていた。


「“コレ“は亡くなった“人“の怨念――これが人間の残滓ホンシツ。疑似神性の貴方に生み出され、世界を呪いながら死んだ――その果ての姿。そして私は、その怨念。つまり、人間の本質を糧に生きる傀儡くぐつ――人は、そんな不変的な私を巫女と呼ぶようになった……」


そうして彼女の瞳が翡翠色に輝き、周りに纏わり付いていた水の様なソレが、徐々に蒸発する様にして消えていくのが見て取れた。


「君は……」


彼女は僕の話を聞き終える前に、食い気味に言った。


「私は人間に造られた人。貴方は『あなた』に造られた神――私の方が後に造られたから“おにーちゃん“ 工程も何もかもが違うと思うでしょ? でも、本当は同じ――絶対存在。呪われた命なの。」


そして彼女はまた、外套を着てリュックを背負い、また僕の知らない不可思議な道具と灯りを持ち、先導した。


「なぁ、君……ラガ! 何故君は俺に、こんな事を?」


彼女はいきなり現れた『僕』という存在に、何故ここまでするのか――まだ赤ん坊の僕には理解出来なかった。


――「全ては……」

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