第3話 遺志

 あれから、どれぐらい経ったのだろう。


気がつくと僕は真っ暗な空間の中に居た。

僕の身体が浮かんでいる様な感覚。そして意識はハッキリせず、もやがかかっている。


--夢だ。


其れは、この世界で初めて見る夢。

‥‥夢だと。明晰夢だ。


--『闇だ。』


そう云うと意識が『グッ』と、の闇の奥に引き摺り込まれる。本能的に「このままではマズイ」と感じさせる感覚。

それは、僕の現実での記憶を叩き起こすには充分の『刺激』となった。


『ッ!思い‥‥出した!』


あの時、僕は肉塊から伝わるぼくの遺志に、魂ごと呑まれそうになったんだ。


そして其れは、恐らく今も未だ続いている‥‥が、僕には手立てがなかった。

成す術もなく、深い闇の中に『どっ』と堕ちていく。それは何故か、を感じる感覚だった。


夢から抜け出す手立てを講じている内に、何か『終わり』がある様な感覚に陥る。


やばいヤバイやばいヤバイ


『呑まれるッ!』


堕ちる感覚がおさまると、其処は何処か‥‥『別の空間』


--『こコハ‥‥夢じゃアなイ。』


そう思えて仕方がなかった。

先程の不気味な明晰夢より、何か重苦しい……『覚えのある匂い』……


『血肉だ。』


頭に突如として、重く、低く、暗く、響く言葉。其の言葉は何かを、祈祷きとうするような。渇望かつぼうするような。


--そんな、


そして『理性』を喰われる感覚。


脳が‥‥心が‥‥人間性が蝕まれていく。

それは堪え難い程、痛く、苦しく、重く……


--『死』


そう、この感覚は死だ。かつて体験した『死』


--目の前に其れは在る。


「『俺』を迎えに来たのか。」


何かが近寄ってくるのを感じる……


--『還る』


其れを連想した時、誰かの声が聞こえた。


「起きて!!」


「⁈」


その声を聞き、僕は正気を取り戻した。

と、同時に近寄っていた『何か』はスルスルと闇の奥へ消えていき。


僕は『俺』の遺志の中から抜け出せた。




 目が覚めると其処にはまた、あの真っ赤な星が見えた。


帰ってきた喜びと、心に残った謎の後悔、そして『俺』が置いていった『血肉』が、僕の中で延々と渦巻いているのが判った。


「大丈夫? おにーさん」


仰向けになった僕の前に、少女が星を隠す様に顔を覗かせた。


--肉体の在る少女だ。


「まだ夢か。」


「夢じゃないよ、おにーさん。」


……後遺症だろうか?

僕が知っている『僕』は少なからず『男性』だ。それとも『女性』でもあったのか?


--そもそも『僕』なのか?


……また堕ちる感覚がしかけた時に、少女が僕を揺さぶり、浅い白昼夢から覚めさせた。


「言葉判る?おにーさんは、を引いたの。」


「ハズレ?」


「そう、『怪物になる肉塊』。その肉塊から肉体を見い出す時、『私』に呑まれ、魂と肉体が滅びるまで破滅をもたらす。」


「でも、僕は……今は何ともない。」


「いいや、おにーさんが寝ている時、身体は確かに『怪物』に成りかけていたよ。」


「……そうか。」


彼女はどうやら僕以外の『僕』にも会っているらしい。情報量が其れを物語っていた。


「私はラガ。宜しくね。」


少女は、そう言いながら仰向けの僕に手を差し伸べる。


「名前が‥‥有るのか‥‥」


「あ〜‥‥おにーさんは未だだね? 身体と魂の結合度が高いから、勘違いしてたよ。」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 未だ状況が飲み込めていない‥‥君は一体?」


少女は「ニカッ」と笑うと、僕の手を取り、起こし上げ、とある方角に指を指した。


「私は『あの星』から来た。『人』だよ。」

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