第7話 三角関係?


 人のにぎわう音と、金堂から聞こえてくる読経どきょうが一種独特の不思議な空間を作り出している。佳苗が、毎月21日はこんなに賑わうのかと真二に尋ねると、御影供は毎月あるものの、今日の4月21日は、弘法大師が入定したという正御影供の日で、最も賑わう日なのだと教えてくれた。

「お二人さん、なにしとんどす?」

 着物姿の少女に声を掛けられ、佳苗がそちらを見ると、西陣織りの華やかな振袖を着た千寿が、黒檀の髪を一つに結い上げて、りんと立っていた。暗色の袴をつけた寺山も一緒のところを見ると、家の用事とは言いながらも二人でデートでもしていたのだろうか。

 千寿の身長が高いせいで寺山の身長が低く見えてしまうのが難点ではあるが、お似合いな二人を見せ付けられている気がして、佳苗は二人から目を逸(そ)らした。

「えへへ、いいだろう?」

 真二が、佳苗と繋いだ手を見せ付けるように掲げると、足音もなく、すっと千寿が近寄ってきた。

「なにしてはるの?」

と、もう一度、同じ言葉を繰り返す。

 その声色の冴え冴えとした冷たさに、佳苗が思わず千寿の顔を見やると、千寿の表情は、ひどく張り詰めたものになっていた。

「何ってデー……」

 真二がデートという単語を口にする前に、千寿の白く長い手が拳を作り、彼をあごの下から殴り飛ばした。

 体重の軽い真二の身体が数十センチ浮き、ストンと落ちる。

「えっ」

 思いもかけない光景に、佳苗はグリーンティーを取り落としてしまった。周囲からは大きな悲鳴が上がっっている。しかし、周りの様子など気にならないのか、追い討ちをかけるように千寿は着物の裾をからげ、崩れ落ちている真二を踏みつけようとした。

と、

「千寿さん!」

 寺山の声に、千寿の動きがぴたりと止まった。

 そして千寿の視線が真二から佳苗に注がれた。

「佳苗さん」

 低い千寿の声は、迷っているようにも、悲しんでいるようにも聞こえる。

 千寿の黒々とした瞳の真っ直ぐさに、佳苗は身体を強張らせた。

「千寿さん、ここは目立つ」

 ぼんやりと立ち尽くす千寿と佳苗の手を引いて、寺山は足早にその場を立ち去らせた。






 大変なことをしてしまったのかもしれない。

と、寺山に手を引かれながら、佳苗は下を向いていた。

 千寿を傷つけてしまった。

 真二と千寿が仲が良いことは知っていたが、千寿はむしろ寺山と仲が良さそうであるし、千寿が真二のことをどう思っているかなど深く考えたことはなかった。

 西寺駅前のコンビニの辺りに来たころ、ようやく寺山が二人の手を離し、千寿が震えるような声で佳苗に尋ねた。

「佳苗さんは、真二のことが好きなん?」

「千寿さんこそ、田岡くんのこと好き?」

 佳苗が聞き返すと、千寿はひどく嫌そうな顔をして首を振った。

「うちは、あんなんは嫌いどす。そやけど……」

と、口を濁して下を向く。

「……佳苗さんが、真二のこと好きやったら、悪いことしましたなぁ」

 千寿は真二のことを嫌いというが、嫌いならば真二をなぐる理由は無い。

 佳苗に遠慮えんりょして思うことがいえないでいるのではないだろうか。寺山と二人して着飾ってはいるが、よくよく考えば、家の店の手伝いで一緒になったのかもしれないし。と、佳苗としては、ほんの少しだが千寿が真二を好きな方が嬉しいと思った。

「私と真二くんは好きとか、そういうんじゃないから」

と、言うと、千寿はほっとしたように息を吐いた。しかし、それはそれ、と言って白い手を頬に当てて首を傾げた。

「ほな、佳苗さんは好きでもない人と、ああいう風に手をつなぎはったん?それは関心しませんえ」

「そ、それは、真二くんが繋いできたから」

 そうどすかと言って、千寿は黒々とした目を細めた。

「ほんなら、なぐっといてよかったどすな」

 真二にもええ勉強になりましたやろと、着物の裾を払った千寿に、寺山が困ったような視線を佳苗に送った。


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