第6話 御影供
南楽学園の毎月21日には、御影供という行事がある。
ミッション系の学校で言う神父様ならぬ校長の説教の後、経を唱え、教室に戻って日々の有難味について話し合い、反省文を原稿用紙に書く。
「なんやこれ!あほらし」
と言っていた佐代だが、反省文を書いた人間から先に帰宅が許されるとなると
「うちが一番に上がりやでぇ」
と、昼前には作文を書き上げ、高校に隣接している西寺に『屋台が出るからみてくるんや』、『やっぱ、大阪人は祭りやで』と、ほくほくしながら帰って行った。
佳苗も一緒に行きたかったが、作文がなかなか仕上がらない。
昼休みには、千寿も書き上げたらしく、
「かんにんえ、家の用事があるさかい、今日は先にかえらんとあかんの」
と、言って帰ってしまった。
佳苗が作文を書き上げることが出来たのは、三時頃。
クラスの大半もようやく作文を書き終えた頃で、帰宅する生徒も多かった。
そんな中、佳苗が寂しく一人で帰ろうとしていると、校門で田岡真二に
「おっ!佳苗ちゃん」
自転車を押しながら人懐っこい調子で勢いよく近付いてくる彼に、佳苗は一歩後ずさった。
「千寿は一緒じゃないの?」
「一緒じゃない」
真二はふるふると首を振った佳苗の気まずげな様子などには気付いていない風で、じゃあ、一緒に駅まで帰ろうかなどと言ってくる。
ただでさえ、女子の少ない学校だ。同じ部活の男子生徒に送って貰っただけで、次の日カップル扱いをされ、されたくもない中傷を受けて先生に呼び出された生徒もいる。
しかも、入学式で生徒代表をした田岡は内部進学コースクラスで、ⅢAに分類される佳苗のクラスとは大きな隔たりがある。入学当初こそ分からなかったものの、成績上位の内部進学クラスとその下にあたるⅢAとⅢBには目に見えない境界が存在している。そのため、佳苗は田岡に対し、気後れしてしまうものを感じていた。
「西寺で出店みて帰ろうと思うから」
やんわりと京都人を見習って断ったつもりだったが、生粋のはずの京都人の真二には通じないようだった。
「ラッキー!俺も行きたいって思ってたんだよね」
と、手を打って喜ばれてしまった。
西寺の南端にある古めかしい五重の塔を見上げながら、上機嫌の田岡の隣にいる佳苗は気まずい思いをしていた。所せましと並んだ縁日の店の人ごみをぬけて、五重の塔下に避難をしたのだが、失敗したような気がする。
テキヤの並ぶ通りより、幾分かましにはなっているものの、ここも縁日で買い食いをした人間のたまり場になっていて、二人が並ぶと距離が密接してしまうのだ。おまけに、はぐれないようにと
真二の手は、剣道をしているせいか分厚い皮に
「女の子と、こうやってデートするのって初めてなんだ。それが佳苗ちゃんっていうの、すっげえ嬉しい!」
と、邪気の無い風体で、けろりと口説き文句のようなことを言う。
真二は、人懐っこいのではなく女好きなのかもしれない。
「千寿さんとはデートしないの?」
と佳苗が指摘すると、真二はぐぇっと苦虫を噛み潰したような顔をした。
「千寿!?冗談じゃない」
どうも、真二にとって千寿は色恋めいた遣り取りをするような間柄ではないらしい。
「千寿さんは、女らしいし、美人で綺麗じゃない?」
「えと、千寿が……女らしい?まあ、今は女らしいっちゃ、女らしいけど、俺にはそういう趣味はないし」
「?」
趣味ではないということは、千寿ほどの美人でも真二の理想とする女性の
どちらにしろ、佳苗は彼の好みではないだろう。佳苗は、自分が彼の理想通りの彼女とやらとデートするための練習台になっているのかと思うと、グリーンティーでは割に合わないような気がした。帰宅したら洗面台の白い
それでも、折角なので、彼に剣道部について尋ねてみることにした。
「あのね、剣道部について聞きたいんだけど」
「え、なになに?何でも聞いて!」
嬉しそうに答える真二は、目尻の下がった瞳をくるんとさせた。
「剣道部に、私に似ている人いるかな?」
「へ?」
思ってもみない質問だったのだろう。虚を付かれたような表情をした真二だったが、うーんと言いながら頭を捻り始めた。
「似てるといえば、千寿だけど……当たり前だし」
「千寿さん?」
なぜ、ここで剣道部員でもない千寿の名前が出てくるのだろうか。
「あっ、えと、佐代ちゃんより佳苗ちゃんは千寿に似てるなあって」
どうやら、真二は佳苗をからかっているらしい。
「眼鏡をかけているか、かけていないかの違いじゃない」
と、がっかりした佳苗がいささかきつい口調で言うと、ごめんごめんと真二は軽い調子で謝った。
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