第5話 茶道同好会


 視聴覚室の窓からは、グラウンドが良く見える。

 グラウンドでは、コバルトブルーのズボンと、大きくNの字が描かれた体操服を来た集団が走っていた。ランニングをしているのは剣道部で、佳苗は目を凝らして彼らを観察しているが、兄らしき姿は見当たらない。

 先頭を走っているのは、田岡真二。窓から千寿と覗いているのが分かったらしく、こちらに向かって手を振った。千寿がたおやかな動作で手をふると、舌を出すのが見えた。

 この二人の関係は、仲が良いのか悪いのか、良く分からない。

 結局、部活を選び切れなかった佳苗は、千寿に誘われるがままに「茶道同好会」を立ち上げることになった。現在会員は2名。名前だけ貸してくれた佐代の好意で掛け持ちの幽霊部員を合わせると3名となる。顧問無し。活動は、火曜日と木曜日。

 木曜日には、千寿の知り合いの茶道の先生が教えに来てくれることとなっている。

「一通り、お道具は覚えはった?」

「えと、基本道具が、帛紗・茶扇子・懐紙・楊枝・帛紗挾み、お道具が黒塗り角盆に、茶碗に茶杓に茶筅に、棗に、建水に、布巾かな」

「まあ、大体はそうやね。ゆっくり覚えてな」

 『図録・茶の入門』という本を渡され、帛紗を覚束ない手つきで折ってゆく。

「そろそろやろか」

 視聴覚室の時計の針が5時近くを指した時、千寿が入り口の扉の方を見た。

 すると、ガラリと扉が開かれ、寺山がブルーシートに包まれた大きな包みを担いで入ってきた。

「頼まれもの」

と言って、彼は少女達の方も見ずに、包みを床に置くとシートを縛っていた紐を解き始めた。

「なになに?」

と、佳苗は尋ねたが、寺山は見れば分かるという風にシートを剥ぐ手を休めず、千寿はにこにこと笑って答えない。

 寺山の黒い手が青いシートを剥ぐと、ぷうんと青草の匂いが漂った。シートの中からは5枚の真新しい緑の畳が姿を表す。5枚のうち、一番上に置かれた一枚だけが、なぜか半分の大きさに切り取られていた。

「秀、おおきに」

と、畳を確かめに屈んだ千寿が礼を言うと、寺山は忠実な下僕のように彼女へ向かって頭を下げた。千寿は創業七百年を数える御茶屋の跡取り娘で、寺山はその店に宇治茶を治める農園の息子であるらしい。ちなみに田岡兄弟は千寿のお店と付き合いのある銀行員の息子だそうで、京都という町の縁故の深さは、余所者である佳苗から見ると計り知れない。

「目のりはできとる?」

 無口な寺山と大人しい千寿が、総目のりがどうとか、畳の黒縁の寸借がどうとか、炉畳の止め糸がどうだと真剣に話し合っている。佳苗は会話についていけず、隣で頷くぐらいしかできなかったが、人形のような千寿と切れ長の瞳の寺山が並ぶ姿は、ひどくお似合いで、口を挟まないことは正しいことのように思えた。

 二人の会話から察するに、この畳を使って、お茶室もどきを視聴覚室に作るつもりらしい。そっと二人から離れた佳苗は、『図録・茶の入門』の茶室のページをめくった。『基本的な茶室』の図によると、茶室の畳には東西南北に決まった敷き方があり、半分に切ってある畳は炉畳というのだという。

 二人の会話が一段落したようなので、佳苗は千寿に声をかけた。

「机を寄せて、畳を敷いてみよっか?」

「そないしよか」

と、佳苗には頷いた千寿だったが、

「秀、おおきに。あとは、大丈夫や。帰ってもらったんでええよ」

と、無言で手伝おうとし始めた寺山には、手を振って断った。

「うん、寺山君ありがとう」

 佳苗もお礼を言うと、寺山は千寿の方にお辞儀をして去っていった。

 

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