第4話 小さな嫉妬

 千寿は、たびたび職員室に呼び出される。

 別段、彼女の素行は悪くなさそうだが、理由を聞くと、

「うちの服装がいかんのやというんどす」

と、千寿は悲しげに目を伏せる。スカートの膝丈も、いているソックスも指定を破っていないのに、先生方からは不評らしい。

 体育でも、背の高い彼女は男子生徒と一緒に分類され、『佳苗さんと一緒がええのに』と苦情を述べていた。

 どういう訳か、先生方は、総じてこの美しい少女に辛く当たっているように見える。

「写真部行ってくるわ」

と、佐代は手を振って部活に向かい、やることの無い佳苗はこんどこそ剣道部の部活見学に行こうかと立ち上がった。

 千寿がいると、剣道部の見学に反対され、なかなか見学することができないので、彼女には悪いが兄を探す良い機会かもしれない。

……と、

 佳苗と同じように教室に残っていた男子生徒3名ほどが、彼女を囲む様にして立ちふさがった。

「なあ、お前、和歌山から来たって?偏差値ぎりぎりだったらしいな」

 びくっとなった佳苗を面白そうに笑う。

「しかもさ、目標も何もなく来たって?何様?」

 佐代との会話を聞き、睨みつけてきていた男子生徒達だ。

「そういう好い加減な人間に、この学校に来て欲しくないんだよねー。俺たちのレベルがさがっちまう」

「学校来るの止めてくれない?この学校の名前出せば、すぐに転学できるだろ?」

「……」

「おいっ、何とか言ったらどうだ?」

 青褪めた佳苗が何も言わないのに、イライラしたのだろう。

 男子生徒の一人が乱暴に彼女の肩を掴んだ瞬間、ガラリと教室の扉が開いた。

 入ってきたのは、見たことも無い少年だった。

 中肉中背。良く日に焼けた黒い肌は引き締まり、上品なデザインである紺色のブレザーが、精悍な彼には窮屈そうに見えた。

「寺山かよ」

ほっとしたように言った男子生徒を、寺山と呼ばれた少年は、切れ長の瞳でぎろりと睨んだ。

「何もしてねえから」

 男子生徒達は、寺山の眼光に押されたようにたじろいだ。

 確かに、さして体格も良くない少年だが、気弱な佳苗からすると、怖いと思ってしまうような気迫があった。

「……」

 無言で教室に入ってきた寺山は、佳苗の手を乱暴にひっつかむと教室から連れ出した。

「秀、ホントになんもしてねぇから」

と、男子生徒達の言い訳めいた言葉が背中を追いかけてきたが、彼は振り返ることはなかった。




 寺山秀という少年の手は、ごつごつしていて、ひどく固く感じた。

 幼稚園の遠足で隣あった男の子と手を繋いだ以来、佳苗はだれかと手を繋いだ記憶はなく、緊張のため手が汗ばんでしまった手が、ひどく恥ずかしい。


 教室を出た寺山は、佳苗を人気の無い階段の踊場に連れて行った。

 踊場の窓からは、高く伸びた銀杏の葉が見えた。風が強いらしく、枝が上下する度に、ぶら下がった緑の葉がゆらゆらと揺れる。

「大丈夫?」

 という寺山の言葉に、佳苗がこくりと頷くと彼は手を離した。

「ありがとう」

 佳苗が礼を言うと、寺山は無愛想な表情のまま頭を掻いた。

 そして、じっと佳苗を見た。

 寺山の目は、写真で見た兄の瞳とは全く異なる灰褐色の瞳だった。鋭く、射抜くような目が、じっと自分を見詰めるので、思わず佳苗は頬が熱くなる。小学・中学、男なれしていないせいか、居たたまれないほどの恥ずかしさを感じた。

 先ほどは怖く思えた寺山だが、言葉が少ないだけで、誠実で実直な人柄のようだ。人懐っこく、口数の多かった真二とは別の意味で親しみが持てるような気がした。

 しばらくして、

「君、千寿さんのお友達だろう」

 寺山がぽつりと言った言葉に、佳苗は少しがっかりすると同時に納得した。

 田岡真二のように、彼も千寿の幼馴染か友人なのだろう。

 『佳苗』だから助けてくれた訳ではない。

と、

「佳苗さん」

 息せき切って、千寿が現れた。

 彼女の長い髪がゆれ、息が上がって紅潮した頬が薔薇色ばらいろに見える。

 寺山の姿を見つけると、千寿は不審げに彼を見た。

 慌てて、佳苗は言い繕う。

「寺山くんがね、困ってたら助けてくれたの」

「なんぎしとったん?」

 瞳を大きく見開いた千寿に、見られたくない場面を見つけられてしまったような、恥ずかしさを感じ、どぎまぎしながら佳苗はうんうんと頷いた。

「そ、そう、困ってた所を助けてもらったの」

「それじゃ」

と、軽く頭を下げて寺山がその場を去ろうとするのに、千寿がにっこり笑って御礼を言った。

「何や分からんけど、うちの友達を助けてもろうて、おおきに」

 途端に、寺山の無愛想な顔が見て取れるほど赤くなった。

「千寿さんの友達やから」

 そう言い捨てて、彼は階段を駆け下りていった。


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