第3話 千寿の幼馴染


 入学式で新入生の代表となったのは、田岡真二という少年だった。それに対する祝辞は、田岡竜司。千寿が佳苗に『あの二人、兄弟なんどす』と教えてくれなければ、苗字の同じ他人だとしか思えないほど違う顔立ちだった。ベビーフェイスで優しげな印象のある真二という少年に比べ、竜司という三年生は、体格もがっしりとして、いかつい大岩のようだった。

 容貌は異なっても、兄弟揃って出来はよいらしい。

 入学式の後は、クラブ紹介。

 運動部の全てが女子マネージャーを募集しており、女子のための運動部が一つもなく、女子枠のために今年初めて作るという華道部は、中年の女子教員がさらりと説明しただけに終わった。

「うちは写真部に入るってきめとるけど、佳苗も入部せん?」

 大きな眼鏡をかけた佐代と一眼レフカメラは、想像しただけでもしっくりくる。しかし、自分には似合わないと、佳苗は首を振った。

「見学だけならいいけど、写真部には入部はしないと思う」

「ふーん。まっ、無理強いはあかんな。うちは、いっちょ入部して来るわ」

 決めたら直ちに行動するタイプらしい佐代は、佳苗を置いて行ってしまった。他の女子達も小さなグループを作りながら、教室を後にしていく。

「佳苗さん、クラブを決められへんの?」

 低く降りてくるような声に、びっくりすると、千寿が佳苗の後ろに立っていた。

「千寿さんは?」

「うちは、茶道部に入りたいんやけど、あらしまへんさかい」

 困ったように目を伏せる千寿は、大人びた雰囲気が一層深くなりつやっぽくみえた。

「じゃあ、一緒に部活めぐりしようか!」

 彼女に見惚みほれて赤くなったことを隠すように佳苗が言うと、千寿は黒々とした目を半月の形にして微笑んだ。




 佳苗が、気になっているのは『剣道部』だ。

 兄のことを書いた手紙には、剣道に明け暮れているとあった。こっそりと見学するぐらいは、兄の迷惑にはならないだろう。

「まずは剣道部から見学しようと思うんだけど」

と、講堂へ向かう廊下歩きながら佳苗が提案すると、千寿は難色を示した。

「剣道部なんて、下品なもん、あきまへん!佳苗さんには似合いまへん」

「ええっ?下品?」

「そうどす。刀持って殴りあうなんて、優美さに欠けるでっしゃろ」

 眉を潜めた千寿は、佳苗をとがめるように見た。この美しい少女に、兄が夢中になっているスポーツを否定されるのは、残念な気がして、なんとか言葉を探し反論する。

「でも、剣道って、日本古来の武術で剣の理を学ぶことで人間形成を目的とする修行の道なんでしょう?」

「武器持って殴りあうのが人の道なんて、下衆げすのやることどす。うちには認められまへん」

 つんと、そっぽを向いた千寿に佳苗が困っていると、割って入る声があった。

「下衆って!お前、ちょっとそれは取り消せよ」

 袴姿の少年が、不快げに口を引き結んだ。赤茶けた髪、人好きのする顔立ちは、どこかで見た覚えがあった。あどけなさの残る柔和な顔立ち……新入生代表の田岡真二だ。

「ほんまのことどす」

と、冷ややかな目で千寿は彼を見る。

 千寿の態度を見ると、和やかとは言いがたい雰囲気ではあるが、二人は知り合いのようだ。

「よく言うよ。それに、だいたい何でそんな格好……」

 言葉を続けようとした真二が、急に飛び上がった。

「いたたたたっ」

「どないしはったん?」

 足を押さえた真二に駆け寄る千寿を、彼は涙目で見上げた。

「どないって、お前が!」

「いたったた!たったたたっ!」

 真二は、足を抱えてのた打ち回っている

「わからんお人やな!

 この人、うちの幼馴染なんどすけど、ちょっとおかしな人なんどす。

 佳苗さんは近寄ったらあきまへんで!」

と、千寿は勢いよくまくし立てると、呆然としている佳苗の手を引いて足早にその場を去った。

「えっと、田岡くん、大丈夫なのかな?」

「しりまへん!」

 結局、その日は運動部以外の部活を見学し、佳苗はこれといって入りたい部活を見つけることができずに終わった。


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