パラノイア
大我
パラノイア
さあ、みんな集まったかい? ……うん、いいね。それじゃあ、そろそろ始めよう。今日は、すこしふしぎな話をしようか。毎回楽しそうに聞いてくれるから、僕は嬉しいよ。いつもより詳しく、ていねいに話そうかな。
***
君たちが生まれるより前の話だ。僕が生まれるよりも、もっと前の話。……じゃあどうして知っているのかって? お父さんが、お祖父さんが、もっとたくさんの人が、この話を自分の子どもに言い聞かせてくれたんだよ。変わっていくのはもちろん大事だけど、ずっと変わらずに持っていることも、僕は大事だと思うな。
ごめんごめん、話がそれたね。
僕たちが住んでいるこの世界は、ずっと前からある。クルマが走って、大きなヒコーキが空を飛ぶ。おいしいご飯を食べられるし、おもしろいテレビ番組を見られる。いい世界だよね。
でも、ずっと前からこんな生活ができていたわけじゃあない。長い時間をかけて、今みたいになったんだ。
昔は、いろんなものがぐちゃぐちゃで、大変だったんだ。パンの家が川の上に建っていた。人々は焼きたてのシャンプーや石けんを食べて暮らしていた。雲を着て生活していたし、クルマの代わりに大きなくりの木が走っていた。
すごいだろう? ぜんぶ、こんなふうにおかしなものでできていたんだ。なんでだろうね?
僕のお父さんは、世界が作りかけだったからだろう、って言ってた。ほら、ホットケーキを作るときも、最初は粉とかたまごとか、いろんなものが半端に混ざっているだろう? きっとそんな感じ。世界を作った神さまも、そのころはまだちゃんと世界を作れていなかったんだよ。
その世界を、だれもふしぎに思わなかった。それがみんなにとっては当たり前だったんだ。でも、一人だけそれをおかしいな、って思う人がいたんだ。それが、僕のひいひいお祖父さんか、ひいひいひいお祖父さんか……、たぶんもっと前の人だね。とにかく、僕のご先祖さまだ。
どうして食べ物のパンで家を建てるんだろう? どうして体を洗うシャンプーやせっけんを食べるんだろう? どうして空に浮かんでいるはずの雲を着ているんだろう? どうして山に生えているはずのくりの木が道を走っているんだろう?
そんなことを思ったご先祖さまは、周りの人にそれを話してみたんだ。だけど、みんな口をそろえて何を言っているんだ、ってご先祖様を笑ったそうだよ。
ああ、みんな、おちついて。そんなに怒らないで。確かに、ご先祖さまはかわいそうだね。でも、そのころの人たちにとっては、それがふつうのことだったんだ。それが正しいことだったんだよ。
みんながいつも同じことを考えているわけじゃない。それを認めあえたら、いいよね。
けど、ご先祖さまのときは、そんなにうまくはいかなかった。認めあうっていうのは、ほんとうはとっても難しいことなんだ。
ご先祖さまは、それはもう苦しかっただろうね。ぜったいに違う、と思っていることを、むりやり人にさせられるんだから。だから、あるときご先祖さまは、神さまのところに行って相談することにしたんだ。
もちろん神さまに会うのは、簡単なことじゃない。とても大変な思いをしたそうだ。長い時間をかけて、汗をかいて、その間もずっとみんなに笑われながら、それでも、ご先祖さまはあきらめなかった。その思いが神さまに届いたのか、ついにご先祖さまは神さまに会うことができたんだ。ちなみにその場所は、みんなもよく知っている、裏山のふもとにある神社だよ。この話のあとで、みんなで行ってみようか。
神さまが言うには、ご先祖さまは、作りかけの世界の中で特別うまく作られた人だったそうだよ。だから、考え方が今の僕たちにそっくりだった。そのせいでご先祖さまが苦しんでいたことを、神さまは申しわけなく思って、すぐに世界を完成させると言った。
神さまがいなくなってから、ご先祖さまが町に戻ると、世界はすっかり変わっていた。人々はパンを食べ、シャンプーや石けんで体を洗い、雲は空に浮かんでいたし、くりの木は山に生えていた。今の世界になったんだ。
みんなはその時までの変な世界のことをすっかり忘れてしまっていた。かわりに、少し前まではなかったはずの、いろんな昔のことを覚えていた。そうそう、織田信長とか、聖徳太子とか、そんなの。よく知ってるね。
でも、今までの世界のことを、ご先祖さまはだれにも言わなかった。自分がみんなに笑われていたことで、みんなを責めることもしなかった。もう笑われるのはこりごりだったし、世界がとてもきれいに見えて、それで満足したんだ。かわりに、今僕がしているみたいに子供たちに、おとぎ話にして聞かせてあげた。きっと、子どもたちが楽しそうにしているのを見るのが、楽しかったんだよ。僕も今、とても幸せだからね。君たちにも、いつか子供や孫ができたら、同じように話してほしいな。
え? いやいや、おとぎ話だからって、この話がウソだっていうわけじゃないよ。きっと本当にあった事さ。
……絶対に、だ。
――えっと、僕たちが今こうしているのは、ご先祖さまのおかげなんだよ。そうでなかったら、僕たちはくりの木にまたがってそこらを走っていたかもしれない。……え、それでもいいって? きっと怖いよ。ああ、試しちゃだめだよ、危ないから。
さあ、今日の話はこれくらいにしよう。また明日、今度はもうすこし明るい話にするよ。じゃあ、神社に行ってみるかい?
***
「あのお爺さん、また近所の子供を連れて裏山に行っていたわよ」
「子供と遊んでくれるのはありがたいんだけどねぇ」
「あの変なおとぎ話は止めてほしいわ、小さい子にあんなでたらめを教えるなんて」
「何人か本気で信じちゃって……」
「あんな話、ウソに決まってるじゃない。――神なんて、いるはずないのに」
「本当に、あんな戯言を教え込むなんて……」
パラノイア 大我 @persuader
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