第2話 餅は餅屋、骨董品は骨董品屋

 物事にはそれぞれの専門家があるという。

 家を買うなら不動産へ。

 病気になれば病院へ。

 骨董品について知りたければ、骨董品屋へ。

 曰く付きの物ならば尚更、ソレを取り扱っていた人に聞くのが一番だろう。



「すみません、店長さんいませんか?」


 その日の放課後。もう関わりたくないと怖がるナツミちゃんを半ば強引に連れて、猿の手を買った骨董品屋を訪れた。店先で怠そうに商品のほこりをハタキで落としていた店長は、私達に気付くと手を止めた。




「あーそれね、どうにも出来ないよ」


 事のあらましを説明して、ナツミちゃんの不安を解消出来ないかと聞くと、胸ポケットから取り出した煙草に火をつけながら、店長はそう言った。どうでも良さそうな態度に私はムッとして、ナツミちゃんは目に涙を浮かべた。


「う、うそ…………」


「だって折っちゃったんだろう?猿の手の、指。ならお嬢ちゃん達はその代償を支払わないと」


 器用に片手で広げた折り畳み椅子に店長が腰掛ける。座る時の振動で、咥えたままの煙草から灰が零れ落ちた。


「ちゃんと商品の説明はした。ハイリスク、ハイリターンってね。それでも買ったのはお嬢ちゃん達だ」


「そんな…………」


「猿の手は何でも叶えてくれるが、現実的な願望器具がんぼうきぐだ。アレが無害な魔法のランプとでも思ったかい?…………ったく、どんだけ箱入り娘だよ。自分らは大丈夫だとでも思ったか。世の中そんなに甘くないぜ」


「そんな事言わずにナツミちゃんだけでも助けてよ!私の大事な大事な友達なの!」


「こ、こんな酷い事が起こるなんて聞いてないよ……」


「人が忠告しても聞く耳持たずだったのに、いざ自分が不条理に曝された途端に、他人のせいだと非難するのか?それはちょっと、……いやかなりズルいんじゃないかな」


 チッチッチッ

 首を横に振りながら、ピンと伸ばした人差し指も同じように振る。気障きざったらしい仕草がふざけているようで腹が立つ。こっちは本気で困っているのに。


「本当に嫌なら断わるべきだったろ」


「だ、だって……ナミエちゃんとリカコちゃんがやれって…………」


「それでもキミは猿の手の指を折った。それって叶えたい願いがあったからだろう?強く言われたから仕方なかったって、あとで自分に言い訳できるのは楽だねぇ」


「ちょっと!」


 口をつぐんでしまったナツミちゃんを慌てて背中に隠す。彼女は気が弱いから、小馬鹿にするような店長の視線にはきっと堪えられない。ナツミちゃんは私が守らなきゃ。キッと睨み付けると、店長がため息を吐いた。


「ウチは色んな物を取り扱っている。古いものから、珍しいもの。善いものから悪いものまで。それこそお嬢ちゃん達が買ったオカルトじみた代物もね。しかし、生憎ウチはアフターサービスは行ってないのさ。まぁ妖怪だかオカルトだか、その手の相談所もあるっちゃあるが………、………」


 一旦言葉を濁してから、店長が私の背中越しにナツミちゃんを一瞥いちべつした。


「見たところキミはもう手遅れっぽいかな。もってあと半日ってとこか。来るのが少し遅かったね」


 店長の言葉に、とうとうナツミちゃんが限界を迎えた。ワッと泣き出す彼女を落ち着かせようと背中を擦っても、体を震わせるばかりで効果がない。


「そんな言い方しないでよ!」


 なんて嫌なヤツなんだろう。

 私が吼えると店長が肩を竦めた。


「あーもう……それで、猿の手はどこに?」


「わ、私が持ってます。ナミエちゃんがもう要らないって、お……押し付けられて……」


「ふぅん」


 ナツミちゃんが肩に掛けた学生カバンをぎゅっと抱き寄せる。短くなった煙草を灰皿に押し付けた店長が彼女を指差した。正確には、彼女の学生カバンをだ。


「どうしても、どうにかしたいのなら、猿の手に強く願ってみてご覧。そうすりゃ、叶うかもしれないよ?」


 言って、店長は意地悪く笑った。

 その無責任な提案に私は絶句するしかなかった。よりにもよって、私達を恐怖のどん底に突き落とした元凶にすがるしかすべがないなんて。

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