私と彼女と誘惑する猿の手

2138善

第1話 猿の手

 今月に入ってからクラスメイトが次々に死んでいる。友達のナミエちゃんとリカコちゃん。私のグループの女の子達だ。大人は事故死だとか不幸だとか、それらしい理由をつけているけれど、私は原因を知っている。


 ーーーーこれは、呪いだ。



「何これ?ちょーキモいんですけど!」


 ソレを見つけたのは学校帰りの事だった。みんなで立ち寄った骨董品屋の店内奥に、まるで隠すように置いてあった。


「どしたのナミエちゃん?…………えー!何そのミイラみたいなの!マジでキモい!」


「でしょー?ヤバいよね!」


「何に使うんだろー?」


「分かんない…………でもちょっと気になるんだよね」


「アハハ!ナミエちゃんって何気にそういうオカルトっぽいもの好きだよねー」


「そういうリカコもキモグロいもの好きじゃん」


「アハハ、まあねー」


 2人だけで盛り上がったあと、私達が通うお嬢様学校のなかでも飛び抜けてお金持ちのナミエちゃんが面白半分で買い取った。支払いはもちろん、ナミエちゃんのお父さんのブラックカードでだ。ソレは柊の模様が描かれた小さな木箱に入っていた。小枝ほどの大きさの乾涸びた手だ。きゃっきゃとはしゃぐ2人を横目に、煙草を吹かす胡散臭そうな店長が教えてくれた。


「それは【さる】っていうんだよ、お嬢ちゃん達」


 昔人間に悪さばかりしていた猿神さるがみを懲らしめる為に、とある陰陽師がその手を切り落とし封印したという。それが猿の手。猿の手は4本ある指を折った分だけ願いを叶えるが、その代償を支払わなければならない。


 店長の話を聞いてますます好奇心を膨らませたナミエちゃんは私達を巻き込んで、次の日の放課後、さっそく猿の手を使ってみようと言った。みんなで順番に指を1本ずつ折り、それぞれが願い事を唱えた。


「パパのカードがもっと欲しいなぁ。SSSランクのブラックをたくさん!」


 強欲なナミエちゃんはお金を求めた。

 願い事はすぐに叶った。

 翌日、ナミエちゃんのお父さんは交通事故で死んじゃった。愛人とのドライブ中にわき見運転してたらしい。跳ねられた3人の親子連れは即死。電信柱に突っ込んだ車に乗ってたナミエちゃんのお父さんと愛人も即死。遺ったのは使用不可となった大量のブラックカードと、被害者遺族へ支払うよう裁判所に命じられた多額の賠償金だけ。学校一お金持ちだったナミエちゃんの家はあっという間に無一文になった。日夜問わずの誹謗中傷とマスコミの執拗な責め問いに疲弊して、何もかも失ったナミエちゃんはお母さんと妹2人と一緒に車で仲良く海へダイブした。しばらくお魚さん達とドライブをしたナミエちゃん一家は数日後、水死体として発見された。


「男にモテたい!たくさんの男にチヤホヤされたい!ネジがぶっ飛んでるくらい愛された~い!」


 色欲にまみれたリカコちゃんは愛を求めた。

 願い事はすぐに叶った。

 翌日の朝、校門前で中学生の男の子に告白をされた。リカコちゃんは彼と付き合うことにした。その日の昼休み、学校に英語を教えに来ている男性講師に告白をされた。リカコちゃんは彼とも付き合うことにした。その日の夕方、駅のホームで通学中に一目惚れしたという大学生に告白された。リカコちゃんは彼とも付き合うことにした。その日の夜、同じ塾に通う高校生の男の子に告白をされた。リカコちゃんは彼とも付き合うことにした。どの男性も格好よくてタイプだから選べなかったらしい。四人とも等しく好きらしい。本気で自分が好きなら自分が何をしても許してくれる筈だと、電話越しにそう言って笑ったリカコちゃんは次の日学校に来なかった。その日の早朝、家の近くで待ち伏せていた四人の彼氏に空き家に連れ込まれて強姦されたのだ。朝から晩まで犯され続けたリカコちゃんは身も心もぼろぼろで、三日後捜索隊に発見された時には廃人になっていた。自分達はリカコちゃんを愛していて、彼女も自分達を愛している。相思相愛なのだから何をしても許されるのだと、精神鑑定を受けた四人の彼氏は供述したという。狂おしいほどの愛を一身に受けたリカコちゃんはその愛を受け止めきれずに精神を病み、その日の夜に首を吊って死んじゃった。



 猿の手に関わって残ったのはあと2人。


 ナツミちゃんと私。


 私達の願い事はまだ叶っていない。


 けれど一緒に願い事をしたうちの2人が悲惨な死を遂げたことで、元より気の弱いナツミちゃんはますます滅入ってしまった。


 ナツミちゃんは私の幼なじみだ。

 昔からずっと一緒にいる大事な大事な友達。


 私に言わせればナミエちゃんとリカコちゃんは死んで当然のような人間だった。

 同じグループの友達、といってもナミエちゃんとリカコちゃんは、ナツミちゃんや私と別段仲が良かったわけでもない。リーダー格のナミエちゃんと取巻きのリカコちゃんは根っからの苛めっ子で、自分の意見を上手く言えないナツミちゃんは根っからの苛められっ子だった。高校に入学して直ぐ、パシリ役として目をつけられたナツミちゃんがグループに入れられたのは悲劇としか言いようがない。


 口には出さないもののナツミちゃんは2人が嫌いだった。


 優しいナツミちゃんは私の大事な大事な友達。


 そんな彼女を苦しめるナミエちゃんとリカコちゃんが私は大嫌い。


 だからというわけではないが、私に言わせれば、ナミエちゃんとリカコちゃんは、本当に、死んで当然のような人間だった。



「きっと天罰なんだよ。気にしちゃダメだよナツミちゃん」


「どうしようどうしようどうしよう……!」


 怯えるナツミちゃんに私の声は届かない。

 そもそも人の話に耳を傾ける余裕など彼女にない。2人が死んでからというものの、次は私だってナツミちゃんは泣いている。というのも、願い事をした翌日からずっと、不可思議な事が身の回りで起こっているのだという。置いたはずの物が無くなったり、勝手に移動していたり。何処からともなく声が聞こえたり、いつも視線を感じたり。手足を掴まれたり、顔を触られたり。金縛りにあったり、何か強い力で体を引っ張られたり。怪奇現象は段々エスカレートしているそうで、まるで死へのカウントダウンみたいだと、ナツミちゃんはずっと怯えている。


「きっとアレは面白半分で手を出したらいけないものだったんだよ。きっと私にも酷い事が起こるんだ……」


「ナツミちゃん……」


「やだよ、死にたくないよ…………どうにか出来ないのかな……」


「!そうだよ、どうにかして酷い事が起きないようにすればいいんだよ!」


「でもどうしたらいいの……?私、分かんないよ…………」


 めそめそとするナツミちゃん。無理もない、彼女は小さい頃から気の弱い女の子だから。すぐに泣くウザいやつだってクラスの子達はクスクス笑うけれど、そんなやつ等よりも誰よりも、ナツミちゃんは優しい子だということを知っている。私はよぉく知っている。可哀想で可愛いナツミちゃん。私の事は二の次でいい。それよりもナツミちゃんの不安を何とかしてあげなくちゃ。だって、彼女が泣いている時にそばにいて慰めるのはいつだって一緒にいた私の役目だもの。ナツミちゃんは大事な大事な友達だから。涙で濡れたナツミちゃんの手を取って両手でぎゅっと握り締める。鼻を啜った彼女が顔を上げる。


「怖い……助けて…………」


「大丈夫だよナツミちゃん。私に任せて!」

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