第6話 チョコホイップメロンパン

 チョコホイップメロンパンがお目当てだったのか、それが売り切れたと分かると、足早にその場を去ろうとしていた。彼女が階段に足をかける直前、先程海斗から買い取ったものを手に声をかけた。



「雨嶺さん、これ。欲しかったんでしょ?」


 手元のチョコホイップメロンパンを指差して言う。突然話しかけられて驚いたのか、最初は何を言っているのかという風だったが、それがそこにあることに気づいた途端、目をダイヤモンドの如く輝かせ始めた。



「それ、買えたの!?」


「ちょうど俺たちで売り切れたよ」


「……そっかぁ。残念だなぁ。もうちょっと早く買いに来てればよかったよ」



 心底残念そうな顔でそう言う。その瞳には先程から同じものだけが映り続けている。



「だから……これ、あげるよ」


「ほんとに!? いいの!?」


 目の色が変わる、とでもいうのだろうか。少なくとも純にはそんな風に見て取れた。


「そんな顔されたら、今更やっぱり……なんて言えないだろ。それに、そのために買ったんだし……」




 無論、嘘ではない。残念そうに去っていく空を見て、海斗から買い取ったのだ。全て自分の意思によるものなのだから、遠慮されると逆に悲しい。



「そ、そっか……。あ……ありがと」


 頬を紅く染め、少しだけうつむき加減に言う。急に恥じらうものだから、純も気恥ずかしくなって顔を逸らす。近づいてきた男子二人は、よく分からない2人を不思議に思い、また空の可愛さに当てられたのか、あさっての方向を向きながら早足で横を通り過ぎていく。


 しばらくして2人は、不思議な空気になり始めていたことに、そして、階段前で立ち往生していたことに気がつき、誤魔化すかのように取り繕った。


「ほ、ほんとにありがとね……。さ、教室戻ろ!」



 あの時と比べ喜びに満ちた表情で階段を上っていく空。その後ろ姿を見て改めて思った。こうしてよかったな、と。






 そんなこんなで、昼休みは過ぎ去った。



   □   □   □   □




「純〜、お前どこ行ってたんだよ」


「……トイレだよ、急に腹痛くなってな」



 さっきの事は隠すことにした。こんなやつにさっきの事を言った暁には、根掘り葉掘り聞かれるのが目に見えている。それだけは御免だ。それにこいつは騙しやすい。ならばそうしない理由はないだろう。



「お、そうなのか? 体調には気をつけろよ」



 ……こんなこと言ってくる奴だ。罪悪感が湧くからやめて欲しい。ぷいっ、と海斗から目を逸らす。それと同時に5限目の数学の教科担である高田という名の中年の男が入ってくる。


「はぁい、席につけよぉ〜」


 間延びした声でそう口にする。それだけで騒がしかった生徒たちは蜘蛛の子を散らすかのように各自の席へ戻っていく。この先生はどうしてか、生徒を従えるのが上手い。


「はぁい、じゃあ号令」


「起立、姿勢、礼」


 ホームルーム委員の号令の元、皆が気だるそうに礼をし、着席する。そんなことは気にせず授業を始める─────。




 あぁ、そういえばチョコホイップメロンパン、どんな味なんだろ。結局食べ損ねてしまった。海斗があそこまでいう代物なのだから美味しくないわけがない。と、残念オーラをいっぱいに醸し出していると、どこからか小さく丸められた紙が飛んできた。



(ん? なんだろ。ごみか?)



 丁寧に広げると、そこには丸っこい可愛い字でこう書いてあった。


『水瀬くん、お昼はありがと。実はまだ食べてないんだけど、半分こ、しない?』



 隣の空に視線を向ける。空はこちらを照れ臭そうに見つめてきていた。その姿にはどこか懐かしさを覚えた。昔、同じようなことがあったような……、なんて考えて、それを直ぐに否定する。空とは転校してきた時に初めて顔を合わせたのだ。そんなことがあるはずがない。


「……水瀬くん?」


 困ったような顔をした空に囁くような声で呼ばれる。先程まで考え事に集中していた純は、その声で現実に引き戻される。


「う、うん? ど、どーしたの?」


「それの、返事……」


「あ、あぁ。雨嶺さんがいいなら、分けて欲しい、かな」


 一度あげたものを返してもらうみたいで少々気が引けるが、好意は素直に受け取っておくべきだと思っている。それに、自分がチョコホイップメロンパンのことを考えてたのがバレたみたいで少し悔しかった。ならば開き直って、自分勝手な仕返しをしてやろうと思ったのだ。



「よかったぁ……」


 傍から見ても安堵しているのがよくわかる。

 しかし、すぐに表情が、まとう雰囲気が変わった。


 純はそれに気が付かなかった。そのせいでこの後、数秒間フリーズしてしまうことになるとは思ってもいなかった。



 何やらもじもじしながら『いや、これは正当な理由があるもんね、別に変な意味は無いもんね……』なんて独り言を呟いている。


「雨嶺、さん?」


「……よ、よし」


 純の呼びかけと同時に、空は意を決したようにこちらを向く。そして……









「あ、あのさ……今日さ、い、一緒に、帰りませんか?」





「…………え?」

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