第4話 半分ライトで、時々グレーで
「お、来たか水瀬。あれからどうだ」
彼女が転校してきてから早くも2日がすぎた。いや、まだ2日しか経ってないのだが、時間の進みが異様に早く感じられる。これも彼女の影響なのだろうか。
「……まあ、なんとか」
「そうか。あんな可愛い子と公認で一緒に居れてウハウハだろ?」
「……先生、それセクハラ発言になりかねないですよ」
今いるのは、国語準備室。この先生はうちのクラスの担任と、2年生のほぼ全てのクラスの現代文の授業を受け持っている。
実はとてもすごい先生なのだ。
なんて言ったら「そんな大変で忙しい先生は仕事が山盛りなんだわ。という事であの仕事とあの仕事、あ、あとあれもよろしく」という風に仕事を増やされそうなので、口が裂けても言わない。
「まあ冗談はさておき、雨嶺もまだまだわからない事が多いはずだ。席も近い事だし、お前が助けてやってくれ」
席を近くしたのはどこの誰だ、なんて突っ込みたかったがやめた。やはりこれでも生徒思いの良い先生なのだ。
「分かりました。出来る限り頑張ります」
「おう」
────失礼しました。
そう言って国語準備室を出る。すると、たまたま通りかかった海斗と目が合った。
「お、呼び出しか?」
「例の件だよ」
海斗には一昨日、部活見学を終わらせたあとにLAINで大体の事を伝えてある。『羨ましいぜ、代われ!』なんて言われたので『代われるならとっくに代わってる』と返しておいた。
「水瀬くん、例の件って?」
海斗の奥からひょっこりと出てくる空。いつの間にと驚いたが、聞く話によれば最初から海斗と一緒にに居たらしい。
「例の件ってのは、雨嶺さんが水原先生から聞いたはずの話の事だよ。……てかなんで海斗が一緒に居んだよ」
「態度の差が激しいな、おい」
「今更お前なんかに優しくできるか」
気の知れた仲だからこその軽口。俺とこいつは幼稚園の頃からの腐れ縁だ。その上、家も歩いて30秒かからない距離なので、家族ぐるみで仲が良い。昔は良くキャンプなどをしたものだ。
「ふふっ、2人とも本当に仲がいいね」
可笑しそうに笑う空。少しだけ恥ずかしく感じて目を逸らす。
それを見計らったかのように彼女は続けて呟く。
「本当に、変わんないね……」
昼休憩というもっとも長い休憩時間が作り出す喧騒が彼女の声と重なって、上手く聞き取れなかった。でも再び彼女を見た時、その時の彼女の表情は転校初日に見たあの顔とそっくりだった。
□ □ □ □
昼休憩も終わりが近づいてきた。
あの後、彼女は先生に用事があるとかでどこかに行ってしまった。まだ手続き等が続いているのだろう。
……でもなんで転校してきたのだろうか。彼女なら人間関係でヘマをすることは無いように思える。となれば他の理由となるのだが……。今度それとなく聞いてみよう。
「そういえばお前、さっきなんで雨嶺さんと一緒だったんだ?」
「いやぁ、昨日お前が居なかった時色々あってな。仲良くなっちった」
てへっ、という表現がよく似合う顔を作る。顔芸が得意なようだ。ただまあ、今はやられてもなんとなくイラッとしてしまう。
「こっちは真面目に聞いてんだよ」
「……はぁ。お前本当に……」
そこまで言って口を噤む海斗。
「いや、なんでもねぇ。ただ言えるのは、俺はお前と一緒だったってことと、昨日色々あったのはほんとだって事だけだ」
「どういうことだ」
「あとはお前自身で知れ。どうせすぐ分かる」
何を言っているのかさっぱり理解できない。けどこいつがそう言うという事は、何か大切なことなのだろう。こいつはそういう人間だ。
「あ、そうだ。このままなんもしなかったら俺が空ちゃん取っちゃうぞ」
「だから何言ってんだ?」
「直にわかるよ。まあその時に後悔しても知らんがな」
相変わらず何を言っているのかよく分からない。確かに俺は彼女の事は嫌いではないが、だからといってそれがイコール好きという訳でもない。別に海斗と付き合おうが悔しいとは思わないし、幸せになるならそれで良いと思う。
色恋沙汰のことをこんな風に考えるようになったのもいつからだったか。中学の時にはもう既にそんな風に考えていたような気もする。
まあどうでもいい話なのだが。
突然、チャイムの音が耳に入る。気付けば時計の針が指す時間は13:25となっていた。昼休憩の終わりがやってきたのだ。いつの間にか隣には空が座っており、控えめにこちらをちらちら見てくる。
「おっと、先生に怒られるぜ。じゃあな」
何かを悟ったかのようにササッと席へ戻っていく海斗。去り際に
『頑張れよ、純』
と言ってきたのは、なんの意図があってのことだったのだろうか。
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