第3話 案内

「ここが食堂。自販機とかも置いてるから、俺は結構使うよ」


 今は昼休憩。海斗と昼食を済ませ駄弁っていたら、彼女、雨嶺 空に「学校案内してよ」と言われ今に至る。

 海斗はといえば、


『あ、わりぃな。バスケ部のミーティングがあるの忘れてたわ。お二人でいってらっしゃいな』


 なんて棒読みで言いながら、教室の外へ去っていった。


 結果、必然的に二人きりで学校案内をする事になったのだ。



「結構広いんだね、この学校。一回じゃ覚えられないよ」


 まるで新しいおもちゃを貰った子犬みたいに楽しそうに言う空。


 それを見れば見るほど、ある疑問が生まれてくる。



「……あのさ、確かに俺が先生から任されてるわけだけど、雨嶺さんがそれに従う必要は無いんだよ? 他の女子に案内してもらった方が良いんじゃないかな」


「え、なんで?」


 さも不思議そうに聞いてくる。そんな聞き返し方をされると、とても返しづらい。


「え、なんでって……、そりゃ会ったばっかの男と二人きりでいたら変な噂が流れたりするし」


「水瀬くんは私との変な噂流れるの、嫌?」


 真っ直ぐな瞳で覗き込んでくる。正直、卑怯だと思う。そんな目で見つめられたら、嫌とは言えないだろう。でも……。


「……嫌じゃないけど、嫌、かな」


 少し驚いた顔をする空。けれども、すぐに表情を変え、ジト目でこちらを見てくる。


「どうせ、他の男子に妬まれるから、とか言うんでしょ」



 その通りである。平穏な日々は退屈で面白くない。けどそれ以上に平穏が失われた日々は面白くないだろう。平穏な日々を0だとするならば、平穏が失われた日々はマイナスだ。それくらいならまだ平穏な日々を過ごしたい。



「前の学校の人もさ、みんなそう言ってたよ。でも私、そんな妬まれるような程の人じゃないからさ。安心して、ね」


 そう言ってはにかむ空。その笑顔の奥には悲しみが混じっている、ような気がした。



「さ、この話はもう終わり。他のとこ、案内してよ!」



 それから数十分間。校舎の色々なところを案内して回った。



   □   □   □   □



 午後の授業は予想以上に早く終わったように感じれた。これも彼女に教科書を見せているからなのだろうか。人は普段と違う何かがあれば、無意識にそれを気にしてしまう。いつもは気にしない他の人の事を今日はずっと気にしていたのかもしれない。




「ねえ、水瀬くん。部活って何入ってるの?」


 昨日この件について担任と話したばかりである。あまりこの話題には触れて欲しくなかった、なんて思う。


「特には、入ってないかな。ほら、代わりに先生のお手伝いしてるから」


「なるほどね。じゃあさ、今から部活何あるか一緒に見に行かない?」


 1人は心細くてさぁ、と付け加えてこちらの返事を待つ姿勢をとる。

 断る理由を考えたが、見つかりそうもなかったので諦めて一緒に行くことにした。





 体育系クラブ。


 ───バスケ部


「うーん。シュート決まんないんだよね……」


「中学の時はバスケ部だったな。ドリブルは上手かったから、当時、変幻自在のドリブラーって呼ばれてた」


「なにそれ、笑えるっ」



 ───サッカー部


「ボール蹴りながら走るなんて無理だよ……」


「そういえばサッカーの授業でも、変幻自在のドリブラーって呼ばれてた気がする」


「それ多分面白がられてるよ」



 ───ソフトボール部


「中学の時、空振り三振して逆転負けした事あるんだよね……」


「ホームランだと思ってた球が思いっきりファウルだった時はちょっとしょげた」


「水瀬くんってネタ要員かなにか?」



 ───陸上部


「そもそも走るの嫌いなんだよね……」


「体育祭のリレーは毎回ふざける奴いたな」


「それうちにもいた。圧倒的1位だった人が側転でゴールしようとふざけてたら2位の人に抜かされてたなぁ」



 ───バレー部


「あんな高くジャンプできないよ……」


「バレーといえば、体育館の天井に必ず1個はボール挟まってた」


「それ取ろうと頑張ってたら2個目が挟まっちゃうって事件があったよ」



 ───テニス部


「中学の時テニス部でさ、部長やってたんだけどね、とある大会で私だけ初戦で惨敗しちゃってさ。それからテニスが怖くなっちゃったんだ……」


「それは、わからなくもないかな。俺も似たようなこと経験したことはあるから」



 ───卓球部


「テニスしてたから癖が出ちゃって上手く打てない……」


「テニスとか野球してた人、授業の時、初心者の中でも目立つレベルに変な打ち方になるよね」


「私そのひとりだ……」






 文化系クラブ。


 ───美術部


「絵はそんなかな……。模写だけは自信あるけど」


「俺も模写ならいける」


「自分が上手くなったみたいでいいよねぇ」



 ───吹奏楽部


「音楽系はピアノしかできないかな。一応習ってたから。水瀬くんは?」


「自分もまあまあなら弾けるかな。リコーダーとかなら大体の曲は吹けるよ」


「それ絶対音感ってやつじゃない!? いいなぁ。自分もそんな特技が欲しいよ……」



 ───演劇部


「表に出るのが恥ずかしくて舞台横で毛布にくるまってそう……」


「小学校6年間やってたな」


「今度その演技を見てみたいな!」



 ───書道部


「書道か……。小学校の時、1年から6年までやってたなぁ」


「俺も同じ期間やってた。小1から小6まで。結局、両方二段止まりだったけど……」


「私は毛筆が三段だったな。まあ、硬筆は初段だったけど……」



 ───生物・園芸部


「可愛い動物いっぱいだけど、命を預かる自信はないなぁ……」


「昔飼ってた猫、どこ行ったんだろう」


「私も昔飼ってたハムスターを思い出すよ……。可愛かったなぁ」








 2、3時間かけて全ての部活を見て回った。彼女といる時間は意外にも気楽で、楽しいと感じる自分がいた。話せば話す程新しい話題が生まれ、一日中、いや、もっと長い時間話していても話題が尽きる事は無かったかもしれない。それ程までに彼女と過ごした放課後はしっくりとくるのだった。




 まるで、長い間一緒に居た幼馴染のように。

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