第2話 出会い
朝から何やら騒がしい。……いや、理由はもう知っている。転校生が来るのだ。それも、うちのクラスに。男か女かとか、何処から転校してきたのかとか、どんな人なのかとか、そんな話が絶えず耳へ入ってくる。
そして、そんな話に必ず食いつく奴がいる。
「よっ、純。昨日は大変だったぜ。みどり姉がいつまでたっても口聞いてくれねえからよ」
「はっきり言っとくが、お前が悪い」
「純はいっつもひでえよな。もうちょい気ぃ遣ってくれよ」
ここまではいつもの会話。1週間に1回は聞ける、かもしれない。しかし今日はそうじゃない。必ず続きがある。
「……で、本題は?」
「ふっ……。例の転校生、ウチのクラスなんだってよ!」
驚かない。もちろんその事は知っているから。担任にその転校生のことを全て任されたのだから。表情ひとつ変えずに「へぇ……」と返事をする。
「なんだよ。もっと驚けよ。その転校生、めっちゃ可愛い子らしいぜー」
拗ねたような口調で海斗は言う。それを聞いた純は、先程とは打って変わった感情に支配されていた。それは担任への怒りなのか、転校生が女の子という事への興奮なのか、或いはえも言われぬ様な不安なのか。その感情を言葉にするのは些か無理があるだろう。
「おーい。大丈夫か? ぼーっとして」
「……あ、あぁ。ちょっと考え事をな」
「なんだよ、やっぱりお前も可愛い転校生の事が気になるんじゃねぇか」
「違ぇよ、バカ」
海斗に悪態をつくと同時にチャイムが鳴る。海斗はニコニコ、いや、ニタニタしながら席に戻っていく。正直、相当に気持ち悪い。クラス全員が普段よりそわそわしており、周りがあまり見えていないのか、その気持ち悪さに誰も気が付かない。
結果的にその気持ち悪い顔を独占してしまうことになる。本当に気持ち悪いから誰か気がついて欲しい。
チャイムが鳴り終わって間もなく、気の抜けた挨拶とともに担任が教室へと現れた。
「お、お前ら今日は妙に揃いがいいじゃねえか。転校生が来るからってうつつ抜かしてんじゃねえぞ。特に佐久間。そのだらしねえ顔を引き締めてから出直してこい」
棚からぼた餅とは少し違うが、予想外のところから助け舟がやってきた。これによりクラスの人々は一斉に海斗を見る。気持ちの悪い独占は無事幕を閉じたのだ。
「じゃあまあ、お前らお待ちかねの転校生の紹介だ。入ってきていいぞ」
クラスの人々の視線が海斗の顔から、教室前方のドアに移る。海斗の顔も再び気持ちの悪い表情に戻る。
「……失礼します」
転校生が教室に足を踏み入れた瞬間、時が止まった、かのように感じた。誰かの息を呑む音が聞こえる。誰かの心臓の鼓動が聞こえる。誰かの、足を擦る音が聞こえる。
「はじめまして。皆さんこんにちは。
どよめきが起こる。
教室の至る所から「よろしく」という声が飛んでいく。黒髪ロングの転校生は少し戸惑いながらも、笑顔で会釈をする。それに呼応するかのように、どよめきは激しさを増す。
「静かにしろー」
どんなに激しいどよめきも、この先生の前では風の前の塵に等しい。騒がしかった教室は一瞬で静寂に包まれる。
「えーと、雨嶺の席は……、あ、あそこだ。あのぼーっとしてるやつ、あいつの隣」
クラス中の視線が1箇所に集まる。そこ、水原が指を差した先には……案の定俺がいた。
水原は俺と目が合うと、「じゃあ後は全部任せたわ」というふうに手をひらひらさせた。
転校生、空はゆっくりとこちらに歩いてくる。その途中にも多くの人に声を掛けられては会釈して返す。そして純の目の前まで来た時。
「話は聞いてるよ。よろしくね、水瀬くん」
はっきりと聞こえるように、しかし、周りには聞こえないように小声でそう言う。
「あ、うん。よろしく、雨嶺さん」
俺も同じように返す。空は一瞬哀しそうな表情をしたかと思ったら、少し意地悪な笑顔を見せてくる。
「ごめん、早速だけどさ、教科書見せてよ。朝焦ってたら忘れちゃった」
先程の意地悪な笑顔の意味を察することが出来た、ような気がした。
彼女と出会ってまだ数十分。だけれども、彼女にはどこか少し懐かしさを感じていた。もしかしたらこれは、自分がどこかで憧れ、欲していた世界なのかもしれない。はたまた、退屈を拗らせたが故の願望の世界を現実と混同させてしまい、それを懐かしがっているだけかもしれない。でも俺にはそのどちらでもない気がして仕方がない。
─────そしてこの日、教室の一番後ろの窓際の席で退屈に飲まれていた彼の目に映る世界に小さな波紋が生まれた。
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