あたりまえの日々は退屈でした。
ゆる
第1話 退屈でした
いつもと変わらない日々。あたりまえのようにすぎていく日々はどこか退屈で、目に入る景色に名のない淡い期待を抱いていた。
―――――「……くん!水瀬くん!」
「あ、はい」
指名されたのだと思い立ち上がる。
「立てとは言っていません!授業に集中してください!」
「……すいません」
けらけら、くすくす。クラスメイトの笑い声が耳に届く。
「―――では授業を再開します。……を………して………」
教師の声すらもどこか煩わしく感じ、外へと意識を向ける。誰かが開けた窓を風が撫でるかのように優しく吹き抜け、今や満開となった桜の香りを運んでくる。
この校舎で迎える2度目の春。高校生になったら何か変わるだろうと期待はしていた。期待通り友達は増えたし、どこかに遊びに行くことも多くなった。けれど、結局のところ高校入学前と大して変わることのなかった日々を過ごしていた。
そんなあたり障りのない、あたりまえの日々を次第に面倒で退屈なものに感じてくるのだった。
□ □ □ □
「なあなあ、純。食堂行こうぜ」
「いや、めんどくさい。だいたい俺は弁当あるんだよ」
机の横にかけて置いた弁当袋を面倒くさそうにとる。昼休憩開始早々に純を食堂に誘った男、
「いいなぁ、お前は。妹ちゃんの手作りなんだろ?」
「確かに美味しいが、言ってしまえばそれだけだ。作ってもらえるのはありがたいが、別にプレミアがつくようなもんでもねぇよ」
純の母はパートとして24時間営業のスーパーに深夜メインで勤めている。そのため朝と夜の家事は基本的に妹がこなしているのだ。———勿論、毎日パートが入っている訳では無い。パートが休みの日は食卓に母の料理が並ぶのだが、それがとても絶品なのである。
ちなみに、妹も普段から料理を担当する分、母に負けず劣らずの腕前をしている。しかし、この家での料理の腕前ランキングでは最下位にランクインしてしまっている。1位から順に母、父、純、妹という風に。母はパートだから、父は仕事だから、俺はめんどくさいから、そして妹は“(お兄ちゃんのために)やりたいから”という理由で普段の食事や弁当の準備は妹が担っているのだ。
「お前はいっつもそう言って。妹が居ない人からしたら羨ましいんだよ」
「海斗、お前にもいんだろ。優しくて可愛いお姉さんが」
「はぁ?あんなゴリ姉のどこがいいんだよ。家じゃ……」
海斗が目を見開いたまま固まる。その視線の先には───海斗がゴリ姉と呼んだ実の姉、佐久間
その日彼が教室に帰ってくることは無かった。なんでも急な用事だとか。真偽はともかく、どうしても彼に言ってやりたい言葉があった。
『自業自得だバカ』、と。
□ □ □ □
午後の授業も何事もなく終わり、学校という名の監獄に囚われた人々は次々に釈放されていく。部活に行く人や、残って掃除をする人、図書室で勉強をする人などは、個々の目的を果たせる場所へと歩を進める。そんな中、帰宅部である純は担任の水原に呼び出されていた。校庭から聞こえる運動部の熱気の籠った掛け声とは打って変わり、冷たい静寂に包まれた教室の中で髭の剃り残しが少しだけ目立つ男と向き合って座る。
────沈黙。
そして唐突にその沈黙は破られる。
「お前なぁ。授業には集中しろよ。毎度毎度教科担の先生に文句言われんだよ」
「すいません……」
「いやまあ、お前はそれ以外が良いから強くは言えないけどよ」
────再びの沈黙。
「……で、生徒会からのオファーの返事はどうしたんだ?」
「まだ保留にさせてもらってます」
少し前、清掃中にいきなり担任に呼び出されたことがあった。訳も分からぬまま連れていかれたのは生徒達の代表が集う部屋、生徒会室。
『水原先生。この人がこの前言ってらっしゃった優秀な人材ですか?』
『ああ、そうだ。霜月、こいつを生徒会に入れてやってくれないか? 実力は保証する』
霜月と呼ばれた長身の男───彼はこの学校の生徒会長である───は優しい顔でこちらを向く。
『えーと、水瀬君だったかな? 君の話は兼ねて聞いているよ。是非、うちに入って欲しいな。あぁ、返事は急がなくて良いよ。じっくり考えてみてくれ』
『……分かりました。暫く時間をください』
あの時から今の今まで、返事を出来ないでいる。
どうしても生徒会の仕事に、自分の中で意義を見いだせないでいる。
「……じゃあ、部活動の入部の話は?」
「入りたい部活が決まってません」
「……はぁ」
水原は大きく溜息をついた。少しめんどくさそうに、それでいて、どこか諭すように続けた。
「お前この学校では原則、生徒会か部活動のどっちかには入らなけりゃいけないのを知ってるよな。俺のお手伝いってやつを理由にするのも他の先生はよく思ってないんだからな。庇えるのも時間の問題ってのを忘れるなよ」
「はい。ありがとうございます。もう少し考えてみます」
そう言ってお互い席を立つ。荷物を持ち、教室のドアに向かって歩を進める。あと数十センチ。それだけでこの居心地の悪い空間から抜けだせる。
「……あ」
背後から、何かを思い出したかのような声が聞こえる。これ以上この部屋にいたくない。聞こえなかったフリをして、ドアの引き手に手を掛ける。
「お前、俺のお手伝い係だもんな」
「……そうですね」
含みのある言い方をしてくる。もはや脱出は不可能だと諦め、その真意を問う。
水原はその反応を面白がるかのように、ふっと笑う。
とても嫌な予感がする。こんな時は大抵面倒事を押し付けてくる。
「……明日、うちのクラスに転校生が来る。お前にそいつのこと、全部任せたわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます