2013年【疾風】思うに、夢と言うのは呪いだ

 自分がどこを走っているのかわからなくなって、MR2は当然のごとくどこかにぶつかった。


 クラッチペダルから足が離れたのか、エンジンが止まる。

 やかましいエンジン音が消えたことで、自らの鼓動が弱まっているのをいやがおうでも自覚する。


 体の感覚は、もうほとんどなかった。

 残っているのは、左手の感覚だけだ。

 そこだけは、温かい優しさに包まれている。


 最後の力を振り絞る。

 最愛の人の手を強く握った。

 どうやら、ここで川島疾風は死ぬらしい。他人事のように思いながら、自分が主人公だったこの人生を振り返る。


 過去にヤンチャをしていた男が丸くなる。

 十代の頃、面白くないと決め付けていた人生を歩もうと心に決めた。だが、その道を走りはじめる前に、物語は終わりを迎える。

 三十歳になる前に死ぬのならば、勇次や守田が憧れてくれたような、刹那的な生き方を極めれば良かったのかもしれない。


 でも、疾風は優子と出会ったから。

 一般的に普通と呼べる生き方をするのもいいかなと、思うようになった。

 そして何より、優子の弟が勇次だったから。


 勇次の波乱な人生に、自分が選ばなかった生き方を突き進めばどうなるのかと、重ねることで楽しんでいた。

 できるならば、勇次に教えてやりたい。

 疾風の人生を反面教師として、好きなように生きろと。


 それからもう一つ、伝えたいことがある。

 UMAは存在しているぞ。

 勇次、お前は夢を叶えるにあたって、恵まれた環境にいるみたいだ。だから、さっさとUMAを捕まえろ。


 どんな夢を追うにしろ、なかなか叶わないと、ろくなことにならないからな。

 人生の途中で夢を諦めるのはつらい。その夢を叶えるにあたって、代償にしてきた時間や友や女や家族がいるのならば、なおさらだ。


 だが、多くの人の一生というものは夢を諦めてからはじまるものだ。

 疾風が就職しようとして、優子との結婚を考えたのも夢を諦めてからだ。


 そう考えれば、この世界は夢に折り合いをつけた人間ばかりなのかもしれない。

 夢に対して妥協するのは、バカな決断といわざるをえない。

 思うに、夢と言うのは呪いだ。

 叶うまで、人間の一生を縛り付ける。


 呪われているせいで、時に自分でも信じられないような力を発揮することもあるが。

 同時に、呪いを解いていなければ、死ぬ間際に人を後悔させる。


 もっとも、その絶望すらも帳消しにしてくれる存在に、疾風は出会えていた。

 優子と巡り合えたのは、UMAを発見するのよりも奇跡的なことだったのではないのか。

 だから、夢という呪いにかかったままだったとしても、幸せな人生だったと思う。


 最愛の女性の手を握りながら、旅立てる。



    了

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