2013年【疾風】岩田屋町のUMA

「巌田屋会という暴力団は、UMAを所有していましてね。有効的に利用できもしない連中が持っていても意味がないと、自分は思うのです。然るべき存在が所有するためにも、抗争のキッカケとなる火種がほしかったのですよ」


 血が抜けて頭が働かない状態でも理解できました。

 つまり、疾風がタミヤと揉めたことを利用するというお話だ。


「なぁ? UMAを自分たちの所有物にするってのが、お前の夢なのか?」


 口を動かすだけで、疾風の体に負担がかかる。一時間セックスを続ける以上に疲れる。


「そんな大層なことを口にするべきではありませんよ。複数の伝説によれば『彼の鳥』は鯨を捕食し、人語を操るそうですからね」


「何を訳わかんねぇこと言ってんだよ」


「この会話も聞かれている可能性が高いということですよ」


「誰に、だ?」


 チャンは押し黙ったまま、天に向かって指をさした。

 次の瞬間、強い風が吹き抜けた。腹に刺さっている棒状のものが、風に揺られて疾風の傷口をえぐる。


 痛みで気がおかしくなりそうになった。

 涎か血かわからないが、口からは液体を撒き散らしてしまう。


 風の勢いは弱まることなく、どんどん強くなっていく。

 疾風は膝をついていることすら困難になり、仰向けに倒れこんだ。

 また、満月が隠れている。さきほどと同じ雲が原因だ。


 鳥に似た大きな雲――いや、これは。


 夜空から、一枚の羽根が落下してきた。

 あまりにも巨大だ。路上で横たわっている疾風と、そう大差はないだろう。

 喫茶店での守田との会話が思い出される。


『なんたって岩田屋町には、UMAの都市伝説がありますから』


 ついさっき、チャンも言っていた。

『巌田屋会という暴力団は、UMAを所有していましてね』


 目の当たりにしたのだから、もはや疑うことはできない。


 UMAが舞い降りた。


 鷲や鷹といった猛禽類と同じような鋭い爪が、片道一車線の道路のセンターラインを踏んでいる。

 翼を横に広げた状態だと、羽根の先端がガードレールからはみ出して、木にぶつかりそうになっている。

 チャンは白衣のポケットに手を突っ込んだまま、何やらつぶやいている。


「これが、岩田屋町のUMAか――ハイダ族やスー族やブラックフット族から話に聞いたサンダーバードに似ている。だが、自分が中国で見た鳳雛の面影もある。これは、いったい何だ? 本物の不死鳥か? フェニックスなのか? まさか、ベンヌではあるまいな?」


 UMAの嘴は、鶏の嘴とそっくりな形をしている。

 ただし、大きさが規格外。チャンの頭を余裕で丸呑みできそうなほど巨大だ。


 身の危険を感じていないのか、チャンはUMAを観察しているようでもあった。そして、UMAもまたチャンの心の内を覗くかのごとく、夜の闇の中で瞳を光らせている。

 予期せぬ存在の登場で、疾風の脈拍はあきらかに速くなっていた。


 命の危機を感じずにはいられない。

 捕食されることでの死か。あるいは、チャンに刺された傷が原因での死か。

 どちらも、まっぴらごめんだ。生きる。


 両手を動物の前足に見立てて、疾風は立ち上がることなく移動する。

 動くだけで、内蔵に激痛が走る。へたに動いて更に奥深く入りこんでもしゃれにならない。


 どうせ、車に乗り込む際に邪魔になる。

 ひとおもいに抜き去ると、血がどばっと流れはじめる。そこから熱が抜けていくような感覚。寒い。

 目の前が、真っ暗ではなくて、真っ白。


 ほとんど視力は役に立たなくなっていた。

 それでも、聴覚や嗅覚は使える。エンジン音や排気音を頼りにMR2の運転席を目指す。

 指先がタイヤに触れる。

 何度も自分の手で車体を洗っていたので、運転席のドアノブまで手探りでも到達できた。

 ようやくMR2に乗り込んだ。

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