2013年【疾風】数珠繋ぎの生殺与奪

    5


 刺されたのか、撃たれたのか、何が起こったのか全くわからない。


「それにしても、拳銃を含め、武器というものは不思議ですよね」


 ただ、攻撃を受けたのは、この痛みから考えて間違いはない。


「威力を知っているから、武器に恐れを抱く。使わなくても相手を制することができるのは、そのためです」


 腹の中に何かが入っている。


「ですが、使うことを前提に考えれば、相手に恐怖を与えることすら、無駄となる」


 疾風は、おそるおそる傷口に手を伸ばした。


「使うことを大前提に考えれば、見えないことが、武器として有利になるのです」


 そういうことか。

 体で経験しているからこそ、すぐに納得できる。

 棒状の見えない物体が、自分の腹から背中にかけて突き刺さっていた。


 攻撃を与えられるまで、存在に気づかなかった。

 無色透明だから。

 その先端は尖っており、突き刺せば肉が簡単に引き裂かれる。


「発砲していれば、いまとちがった結果になっていたかもしれませんね。もっとも、私を狙って、大事な彼女に弾が当たる可能性もありましたからね。賢明な判断だとは思います」


 斜線上にチャンと優子が重なっていない。だが、撃つ暇もなく、チャンにリボルバーを奪われてしまう。


 殺される?


 相手を殺そうとしていたのだから、仕方がないのか。

 ここで命乞いをしてはいけない。

 情けない死に様を見せれば、自らの生き様を冒涜することにつながる。


「人に見せるべき顔をしてはいませんが、命乞いをしないだけ、男らしいですね」


 生殺与奪を持っているチャンは、余裕を持って感想を述べる。

 さきほどの疾風も、タミヤに対して偉そうに語った。


 もしかしたら、こういうのは数珠繋ぎになっているのかもしれない。

 やがてチャンも、生殺与奪の権利を持った誰かの言葉に、なす術もなく耳を傾けるだけの時が来るかもしれない。


「ご安心を。撃ち殺しはしませんから。弾が勿体ないですからね」


 傷口を押さえている疾風の手は、血まみれだ。

 もはや、流れ続ける血液は、温かいというよりも熱い。致命傷。いや、まさか。


「その武器には、目安となる使い方がありましてね。本来は無色透明の物体ですが、成人男性が一人死んでしまうぐらいの血液量で、多少は色がつくという話です」


 いままさに、疾風の血によって透明さに濁りが出ているところだった。棒状の物体の太さが木刀に近いのだと目視で把握する。


「もっとも、これはUMAの羽根を加工した物体ですからね。物によっての誤差が激しいので、あてにならないという意見もありますが」


 チャンの話が半分以上、頭に入ってこない。血が流れすぎて、意識がハッキリしなくなっていた。

 サングラスが目元にずり落ちていた。なのに、車のヘッドライトの光が、やけにまぶしく感じられる。


 ふと、頭の中にかけがえのない人物の姿が浮かぶ。

「ゆう――」


 途中で血を吐いてしまって、名前をつぶやくことすらできなかった。


「ん? UMAに興味がおありですか?」


 優子と言おうとしたのだが、チャンに勘違いされてしまったようだ。


「あなたを意図的に巻き込んでしまった身としては、ある程度の真実をお教えしようという気にもなりますね」


「巻き込み確認がどうしたっ――ゲホッ」


 軽口を叩こうとしたのに、むせこんで失敗する。

 チャンは意味ありげに頷いたあと、重苦しい雰囲気で口を開く。

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