2013年【疾風】夢の殉教者、生かされ殺される
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――」
バカの笑い声は悲痛な叫びに変わっていた。
淡々とした口調で、脅してやりたかったのに。バカみたいに騒がれているせいで、疾風も叫ばざるおえないではないか。
「ほら! これでセックスは出来ないな! お前のツマンネー夢は、これで叶えようがなくなったってわけだ!」
坊主頭の股間に押し当てていた拳銃を紙袋ごと持ち上げる。
血を吸った紙袋は、ずっしりと重たくなっていた。叫び続けるバカの命を吸収した重みだ。
「痛い。死にたくない。助けて」
叫び続けていた状態から一転、人間らしい言葉を口にする。
最後の最後に、メッキが剥げたようだ。
情けない男だと判明しても、こいつがレイプ犯の一味だということに変わりはない。だからこそ、同情などしなかった。
坊主頭の頬を踏んづける。
タバコの火をもみ消すように、足に力をこめる。
チンコを撃ったことに罪悪感を覚えていない。むしろ、時間に余裕があるならば、これから指を一本ずつ切り落としてやろうかと思っているぐらいだ。
生きているうちに、それぐらいの痛みを伴ってから死ぬべきだ。
いままで、どうせろくなことをやらずに生きてきたのだろうが、お前は?
夢に生かされ、夢に殺されるような人間は大勢いる。
そんな夢の殉教者に比べたとき、こいつの人生は紙くず同然だ。
クズの人生に『裁きを受ける』という意味を持たせてやろう。
生きる価値がなくても、死ぬ価値はあるのだ。
顔から足をどけ、疾風はかがんだ。
銃口を坊主頭に突きつける。
トリガーを引く直前、強い風が頭上から垂直に降りてくる。
魂というものが本当に存在するのかはわからない。もしあるのならば、坊主頭は地の底に落ちていくのだろう。
天から吹き付ける風が、坊主頭の地獄行きを後押ししているように思えたのだ。
不意に辺りが暗くなったので、空を仰ぐ。
満月を隠しているのは、当然ながら雲だと思っていた。
その雲は、羽ばたく鳥の形に似ていた。
「人間は、あらゆる動物の中でもっとも凶暴なものである。もしそんな人間に見つけられてしまったら、貪り食われてしまうということを、『彼の鳥』は本能で知っている。だから、姿を隠している」
背後からの声に振り返る。
白衣の男がMR2の助手席側の窓に手を添えるようにして、原付から降りているところだった。
「そんな鳥を、あなたは一瞬とはいえ目撃したのですよ。一生分の運を使い果たしていなければいいのですがね、川島疾風君」
もともと疾風は、人の顔と名前を思い出すのが苦手だ。にも関わらず、そいつの顔は記憶に残っていた。
「昼間のヤクザか?」
「これ以上の動きは、計算外ですからね。川島君には退場してほしいのですが」
「あんたが来たってことは、なるほどな。こいつは、あのときのバカか?」
虚ろな瞳の坊主頭の正体が、いまになってわかった。
今日の昼間、勇次にボコボコにされた一人だ。頼りになる味方が多い人生を送っていると、小粒な敵の判別がつかなくなる。
「そういえば、自己紹介がまだでしたか。では、あらためて。自分は無双組加藤一家と兄弟盃を交わしたシャイニー組のヤガ・チャンです」
「誰も名乗り合う気なんかないんだけど」
シンプルなことをして終わりだ。
いまからチャンに近づいていき、攻撃をくわえる。拳銃を持っているが、右ストレートでぶん殴ろう。
まっすぐいって、ぶっとばす。
「では、私の目的だけでも知っておいてもらいましょうかね。なにもわからないまま終わるのはかわいそうですので」
拳が当たる距離に入ると、違和感を覚える。
「あ?」
違和感の正体は、痛み。
「自分の夢のためにも、タミヤくんには生きていてもらわねばならないのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます