2013年【疾風】息をしていて欲しかったのに

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「おいっ! 生きてるか!」


 疾風の叫び声が山にこだまする。

 やまびこは、やがて聞こえなくなる。事故車のエンジン音だけが虚しく闇の中で音を奏でる。

 荷台のドアノブに指をかける。

 誰か生きていてくれと願いながら、ドアを上にひらく。

 室内灯が転倒した瞬間、誰かではなく『彼女』だけでも生きていてくれと思った。


 なんでだ? なんでここにいる?

 いや、その可能性があったのは知っていたはずだ。


 意図的に、考えないようにしていたのかもしれない。

 そんな想像など現実に起こってほしくないから、有りえるはずがないと。


 ライトバンに優子が乗っている。


 目の当たりにしても、どこか現実味がない。

 人違いだ。

 優子のはずがない。よく見てみろ。観た。


 最愛の女を見間違えるはずもなく。

 頭を疾風のほうに向けて、彼女は横たわっている。


 しかも、事故を起こした車に乗っていたという単純な状況でもないようだ。

 服は無残にも引き千切られている。

 破られた衣類は、即席の拘束具として再利用されていた。身動きが取れないように、優子は縛られている。

 疾風が何度も揉んで、大きくしてやった胸があらわになっていた。

 パンツは足にひっかかった状態だ。


 股を開いている優子の傍らには、全裸のデブがいる。

 助手席のシートに体をぶつけた状態で、動かなくなっている。体格が大きいせいで、皮をかぶったチンコの小ささが際立つ。

 あれがもしかしたら、優子の膣内に入っていたのかもしれない。


 尻を丸出しにしたまま、フロントガラスに頭から突っ込んでいる奴もいる。

 こいつもまた、ぴくりとも動かない。


 車内でのお楽しみが、同意の上だったとは到底思えなかった。

 優子は他の連中とちがって、交通事故による外傷が見受けられない。

 つまり、身動きがとれないほど拘束されていたのだ。


 レイプ目的で無理やり連れ去られていたのか。

 浮気かもしれないと、彼女を疑った自分が情けない。

 情けなすぎて、許しをこうつもりもない。

 だからこそ、自分も許さない。

 チンコ丸出しの奴らが憎い。


 地獄のような車内に、疾風は乗り込む。まず駆け寄ったのは、優子ではなくデブの元だ。

 殴るために近づく。


 脂肪でパンパンに膨らんだ顔面に、握った拳をぶつける。

 歯を砕いた感触があったのに、デブはなんの反応も示さない。

 息をしていて欲しかったのに。


「っざけんなよ! なんでチンコおったてたまま死にくさってんだっ! もっと根性見せろよ! もうちょっと生きて、苦しんで苦しんで苦しんでからだろっ! 死ぬのはよ!」


 叫びながら、疾風は肘をデブの顔面にぶつける。

 鼻の骨を砕くまで続けたが、いっこうに気分は優れない。むしろ、自分の服の肘部分が破れたことで、不快さが増した。


「死んでんのに、人を苛立たせる奴だな!」


 全力で死体をいたぶって、額に汗をかいた。シャツの腕の部分で、額を拭く。

 フロントガラスに顔を突っ込んでいる男の汚い尻が視界に入った。


 割れたガラスの破片で、掌よりも大きいものを拾い上げる。

 すかさずケツに突き刺してやった。肉の裂けた箇所から、ぬめっとした液体が流れ出る。

 少し前まで生きていたからこそ、血は流れる。


 こいつは命が尽きる直前まで、人の女に何をしていたのだ?

 パンツを脱いで楽しんでいたのか?


 怒りのままに、体重をかけてガラス片を押し込んでいく。

 フロントガラスがみしみしと音を立て始めた。

 やがて激しい音とともに、フロントガラスが砕ける。


 いきなり握っているガラス片が重たくなった。

 手を放しても良かった。

 だが、もっとガラス片を使って傷つけたいという気持ちが、疾風の中で勝った。意地になってガラス片を握っていると、意図せずにそれを引き抜いてしまう。

 ガラス片に支えられていたケツ丸出し男は、車外に落下する。


 不完全燃焼だ。

 自らの手を切り傷だらけにしたというのに、まだ満たされていない。

 この怒りをどこにぶつければいい?


 勝手に死にやがって。

 せめて、役にたってから死ねよ。どうせ死ぬのなら、命を奪う機会を他人に与えてから死ね。死。

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