2013年【疾風】仕事になって、食っていけるのか?

「うーん。家賃うんぬんは、実家を継ぐ俺には関係ないし。美人が多いってのも、生まれも育ちも岩田屋だからか、ピンときませんね」


「じゃあ、こういうのはどうだ。いまはどこの極道も仕切ってなくて平和な町だろ?」


 隣町の黒芦には『巖田屋』会の事務所がある。

 その土地の名を冠する『岩田屋』町にはないにも関わらずだ。もっともそのせいで、岩田屋町にはチンピラが多いという別問題があるのだけれど。


「それって、なんでなんすかね?」


 何年か前に抗争があって、そういう取り決めが結ばれた。

 だが、知った風に語ったせいで、守田にさらなる追求を受けても困る。

 妙なことを知っている理由を答えるのは、疾風の運び屋時代の過去を語るのに直結している。

 ここは、ごまかすに限る。


「案外、岩田屋にやばい動物がいるのに気づいて、逃げ出しただけかもな」


 口に出してから、あながち嘘ではないとも思えてきた。

 実際問題、岩田屋町までの峠道を車で走っていると、野生動物が頻繁に出てくる。

 子ども用自転車ぐらいの大きさの猪や鹿とは併走したことがある。

 猫と同じ頻度で狸が道路を横切るし、猿が信号機を木に見立てて登っているのを赤信号の最中に動画撮影したことだってある。


 よくよく考えれば、アスファルトの県道が、サファリパークみたいになっている。

 ひとたび舗装された道路から脇道に入ればどうなる。

 ひと気のない山奥に進んでいけば、何が出たって不思議ではないのではないか。


 UMAの存在を頭ごなしに否定できない。

 だが、それはそれとして、ひとつ気になることがあった。


「けどさ、UMAを追いかけることが仕事になって、食っていけるのか?」


「うわっ、現実的な発言が出た」


 出来ることならば疾風も、こういうことを言いたくはない。だが、就職活動を続けているいまだからこそ、黙ってはいられない。


「だってそうだろ? 夢を追うのも大切だけど、叶ったときのビジョンが明確に見えてないと苦しむことになるぞ。目標地点に到達した後にも、人生ってのは続くんだからよ。結局、地に足のついた生活ってのをいずれは――」


 守田が目を丸くしているのに気づき、疾風は口を塞ぐ。


「シップーさんって、本当に丸くなりましたよね。俺らと出会った頃は、その日だけを見据えた刹那的な生き方をしてたのに」


「よせよ。僕はもう走り屋からは卒業したんだ」


 別に死んでも構わないから、速さだけを求めていたのは過去の自分だ。


「家庭を持つとなると『MR2の赤グラサン』も、人生の守りに入るってことですか」


 感慨深そうに、守田がうなずく。疾風は照れながらも、口角を上げる。


「でも、大切なものを守れるかどうかは不安でいっぱいだよ。峠のレコードタイムを保持してても、就職で有利にはならないからな」


 ひとたび愚痴りだしたら、相手が年下だろうが、止まりそうになかった。


「だいたいハローワークでも、ムカついてばっかりだしよ。あいつら、番号札を読み上げる際に『どうぞ、こちらに』のひとことすら言えないからな。

 素性のわからん相手に、あんなカスみたいな態度をとるってことは、ヤクザと絡んだことなんて、一度もないんだろうぜ。たぶん、しょうもない人生をずっと送ってきたんだよ。どうせ人生が一度しかないってのもわかってねぇんだ。地に足のついた生活をする前に、もっとこうさ。

 なんつーかよ。ちゃんと、夢に向かって、チャレンジしたのか? って、問いただしたいよな」


「わかりました、わかりました。それぐらいで落ち着いてください。どれぐらい苛立ってるのか、伝わりましたから」


「スマン、スマン。久しぶりに熱くなった気がする」


 ぺこりと、疾風は頭を下げる。すると守田は、人を不快にさせない笑みを浮かべた。


「ハローワークに行ってるってことは、転職するんですね」


「いま勤めてるガソリンスタンドなんて、将来的に廃業になる職種だと思ってな。優子の奴もそれを懸念してるから、いまのうちに新しい職を探しといてほしいんだとさ」


「優子さんに、早くも尻に敷かれてるんですね」


「ま、いつ事故ってもおかしくなかった僕に、優子はブレーキを踏むことを教えてくれた恩人だからな。尻に敷かれるのも上等だよ。

 一生賭けて、恩返しをしていこうって気持ちはあるさ」


「誰かを守るってことですよね。おれたちには、まだマネできそうにないですよ」


「おれたち?」


 守田はあごをあげて、疾風にカウンター内を見るようにうながす。

 話に夢中になっていて、目の前の湯気にいままで気づかなかった。


 椅子から腰を上げると、間抜けな格好の勇次が見える。カレー皿を一皿ずつ手にもって、カウンター内でしゃがんでいる。

 ばつが悪そうに、勇次はゆっくりと立ち上がる。


「スペシャル二つお待ちです」


 ニヤリと勇次が笑う。咄嗟に自分の顔が熱を帯びるのを疾風は感じた。カレーをひと口も食べていないのに、汗が出てしまう。


「おまっ! いつから聞いてたんだ?」


「守れるかどうかは、不安でいっぱいが、どうとかってとこかな」


「絶対に、優子にはいうなよ。照れくさいから」


「別にいいじゃねぇか。姉貴も知ったら喜ぶぞ。な、シップーの兄貴」


 兄貴と呼ばれて、あらためて実感する。

 勇次が義理の弟になる。

 こいつには、少なくともいまの自分と同じ年齢になるまでは自由に生きてほしい。


 疾風だって、いままで自由だったのだから。

 そのために金が必要ならば、なんとかして養ってやりたいとすら思う。

 やれることは、やってやりたい。兄貴分として。

 優子の弟ならば、疾風にとっても大事な家族だ。

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