2013年【疾風】しがないチンピラ

 駐車場に軽のワゴンが入ってきた。

 クラクションを鳴らして、ヤクザの息子に挨拶をしている。


 暇な連中が乗っているワゴンの車体は、くすんだ色をしている。

 基本は白地なのだが、使い込まれた和式便所のように、ところどころに汚れがこびりついている。


 運転しているのは、小便のように黄色い長髪の男。

 助手席に乗っているのは、ウンコのように髪の毛も肌も茶色い女だ。

 後部座席の窓は、黒い目隠しがされている。車高は後部のほうが下がっているので、団体さんがやって来たのかもしれない。


 何様のつもりなのか、ワゴンは白線をはみだして駐車した。

 後部座席のドアが、横にスライドされて開く。


 予想に反し、出てきたのは一人だけだった。

 高さ二メートル、体重は一五〇キロを越えていそうなプロレスラー体型の男だ。

 その巨大な男に目を奪われて、疾風はライトバンが駐車場に入ってきた瞬間を見逃した。


 気づいたときには、ライトバンはワゴンの横に駐車している。

 パチンコを打ちに来ただけならば、あからさまに面倒そうな交通事故現場のすぐそばに車を停めないだろう。

 つまり、この車の運転手もヤクザの息子の仲間。


 ライトバンの運転席から、白衣の男が降りてくる。

 プロレスラーを見たとき以上に、衝撃を受けた。

 身にまとう雰囲気が、他の連中とはあきらかにちがう。二度と嗅ぎたくなかった懐かしい香りだ。

 本物のヤクザの匂いとでも呼ぶべきものを感じた。


「おい、どこ見てんだ!」


 いつ殴られてもおかしくない距離に、金髪が立っていた。

 近くで見たら、月のクレーターのように、顔がニキビでデコボコだ。これでは、涙や汗が真っ直ぐ流れ落ちないだろう。


「おれのバイク壊したのは、お前か?」


 知らんがな。アホにバイクを貸すなや。


 のっそりとした動きで、プロレスラーが疾風に近づいてきた。巨体が太陽の光を隠して、疾風の立っている場所が暗くなる。


「あめんなよ!」


 もしかして、口の中に食べ物でも詰まっているのか。レスラーは脅し文句をハッキリと言えていない。

 こんなお笑いコンビは、どうでもいい。

 あんまり面白くもないので、さっさと帰れ。できれば、あの白衣の男と一緒にゴーホーム。


 白衣の胸元には、陽の光を反射させているバッジがある。

 白衣の男がモンキーの前で足を止めたとき、見慣れて『いない』ヤクザの代紋だとわかった。


 正三角形の一部が欠けているようなデザインで、カタカナの『ム』に近い形だ。

 あれは、無双組の代紋だ。

 疾風は巌田屋会の構成員と仲がいい。そのため、無双組の噂で耳に入ってくるのは、どれも悪いものばかりだった。


 モンキーの破損箇所を確認し終えたのか、白衣の男は顔をあげる。

 死んだ魚のように、生気のない瞳で疾風をみつめてくる。


 背中がぞくりとした。

 生まれてからいままで、どれだけの絶望に直面してきたというのだ。彼の瞳の黒い部分には、光が反射していないように見えた。

 不安が疾風の顔に出ていたのか、ヤクザの息子は嬉しそうに汚い歯を見せてきた。


「良かったな、おい。ここに来たのがチャンさんじゃなく、親父だったら、お前殺されてたぞ。長生きできるぞ、おめでとう」


 それはそれは、子煩悩なパパなことだ。それとも、息子のために殺人を行ってくれると思っているほど、こいつがファザコンなだけか?


 なんにせよ、喋る度にダサいことを抜かす奴だ。

 疾風は思っただけで、決して口には出さない。いまの状況で挑発しても、得にならないことは経験から知っている。

 とはいえ、性格が丸くなる前ならば、声に出してバカにしただろう。


「だっせーことぬかしてる奴がいるな。それって、自分で殺せねぇって認めてるようなモンだぞ」


 喧嘩腰の言葉が、背後から聞こえた。

 姿を確認せずとも、誰がやって来たのかわかる。

 ヤンチャをしていた頃の疾風がいかにも言いそうな台詞を奴はいつだって、頼んでもいないのに代弁してくれる。

 別に呼んだわけではないのだが、疾風の仲間は現れた。


 下り坂だった運気が、落ちるところまで落ちたようだ。はじまりが底ならば、あとは上り坂を駆け登るのみ。


「だれだてめぇ」


 バカどもの視線を追うように、疾風も体の向きを変える。

 猫背の男が、駐車場を歩いていた。Tシャツの上からでも、喧嘩をして鍛えあげられた筋肉は見てとれる。

 眠そうに半開きだった男の瞳が、カッと見開かれる。


「中谷勇次。しがないチンピラだよ」


 金髪やレスラーが顔を青くする。ヤクザの息子にいたっては、一歩あとずさった。

 素行の悪い人間にとって、勇次は有名人なのだ。

 両腕をだらんと下げた状態で、勇次は立ち止まった。

 白衣の男を睨みつけると、どこか嬉しそうに口の端をつりあがらせていた。


「んだよ。こっちはテメーらに喧嘩売ってんだぞ。腑抜けた態度みせてんじゃねぇよ。ツマンネーぞ、オイ」


 暴力を職業にしている人間に、勇次はいつもと変わらぬ啖呵を切る。

 単純に強いから、自分を曲げずに生きていける。

 同じ男として、憧れてしまうところでもある。


 義理の弟になるかもしれない奴に対して、羨ましく思っている自分がいた。

 勇次には、ずっとそういう生き方をしていてほしいと期待している。

 感情を加工する方法を覚えずに、泥臭く生きてほしい。川島疾風が、かつて突き進んでいた先に何があったのか。勇次の生き様を通して知りたいと思っている。

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