第14話 501号室の紫依奈お姉ちゃん?

金曜日の夕方家に帰宅するとそこには姉さんの姿はなかった。

珍しく友達と遊んでくるのか、それとも昨日の俺みたいにお泊まりか。

学校指定のバッグと制服がいつもと同じ場所に投げられているので一度帰宅しているらしい。

「まったく…」

そう言いながら姉さんの制服をハンガーにかける。

制服から部屋着に着替えて冷蔵庫からジャスミン茶を取り出し飲んでいるとスマホに通知が。


アイーナ『そろそろ帰宅したことかね?』

よくわからないメッセが来たので少しの間スルーしてみる。

…5分後…

アイーナ『既読無視するなー(´・Д・)ノ』

よしき 『悪い。返すの忘れてた』

アイーナ『許す』

許してくれるのね。

アイーナ『んでね。貴女の大切な物を奪いました』

アイーナ『貴女→あなた、物→人 この2つ間違えました…テヘッ』

……。

うん。よくわからないから無視しよう。

どんだけ入力ミスしてんだよ。

アイーナ『お願いだから、無視しないでーー(´・_・`)』

よしき 『わかったから。用件を簡潔にお願い』

アイーナ『とりあえずアリスはあたしが預かりました。そこ代わりある人を向かわせております。到着まで今しばらくお待ちくださいませ』

よしき 『姉さんのこと呼び捨てからの愛依奈の敬語とか爆笑』

アイーナ 『やっちまったー(°_°) こ、このことは亜梨栖さんにはナイショだよ?』

アイーナ『もし言ったら昨日のこと嘘交えて暴露するから( *`ω´)』

よしき 『脅迫するなし… てか言わないよ』

アイーナ『ありがとう。愛してるぜ!』

よしき 『あぁ。俺もな』

アイーナ 『ウケる』

こんなやり取りをしていると家のインターホンが鳴った。

マンションなのでロビーにあるカメラで映った来客者が画面に出るのだが、そこにいた人物を見て思わず「えっ?」と独り言が出てしまった。

そしてその人物をマンション内へ通した。

家の外にあるインターホン鳴る。

そして扉を開けるとそこにいたのは…


「こんにちは。神崎くん…いや、理稀くん」


玄関先にいたのは神栖紫依奈であった。

手にはキャリーバッグを持っているためこれから旅行にでも行くのかな。

「紫依奈さん…何で?」

「ううん。紫依奈さんじゃなくて…お姉ちゃんだからっ」

はい?

「お姉ちゃんとは…?」

俺が困惑すると紫依奈さんも困惑していた。

……。

……。

この状況どうにかしなきゃ。

「と、とにかく! わたしが理稀くんのお姉ちゃんだからっ! 理稀くん…おかえりは?」

「おかえ…り?」

「うんうん。いいねー。ただ今戻ったわ」

うーん。よくわかりません…

こうして紫依奈さん…いや、お姉ちゃんと少しの間過ごすことになった。

なんかいきなりの展開でついていけてません。


てか、最高かよ!!!


玄関先で今回の概要?について聞かされた。お姉ちゃんは日曜日の夕方に帰宅する予定らしい。

それまでは俺とお姉ちゃんとの生活になるらしい。

なんと素晴らしい週末になりそうだ。

「ささっ、お荷物はこちらへどうぞ」

亜梨栖部屋に荷物を置いてもらってリビングへ戻ってきた。

……。

えーっと…どうすれば良いのか?

お姉ちゃんと向かい合って座ったが、保健室で軽く話しただけなのでお互い会話がない。

気まずい。

「今回うちに来た理由ってなんですか?」

この沈黙空間をどうにかしたいので一番疑問に思ったことをとりあえず口にしてみた。

「んーとね。アイちゃんから聞いたんだけどね…理稀くんがわたしを求めてるって言われたから…かな。フフッ」

「求めてるって…いやー。間違ってはないんですけどね。その…」

愛依奈のやつ変な風に言いやがったな。

学校でお説教だ!

「それで、わたしに何して欲しいの?」

「そ、そうですねぇ〜」

「なになにーー?」

『めっちゃ甘えたいです!』なんて言えない…どうしよう。

ドン引きされるかもだけどこの人の前になるとめっちゃ甘えたくなるのよ! 

本当だから!

「理稀くん、どうしたの?」

「いやいや、何でもないです。普通に一緒に過ごせればいいとか言うか…あと勉強教えてください」

「理稀くんは真面目ね。任せてっ」

その後夕飯の支度に取り掛かる。

そのあとは特に何も起きることなく夕飯を食べてシャワーを浴びて金曜日が終わった。

何かしらのイベント起きないの?

けどこういう時の翌日辺り何かしらのアクシデントが発生する…そんな気がした。

ここ最近そんな感じなんだよなぁ…

平凡な日常が恋しい。



そして土曜日の朝。

寝起きって一瞬前日の出来事忘れるよね。

目が覚め、スマホで時間を確認すると8時前だった。

いつもより広いベッドから起きると隣のベッドに亜梨栖姉さんではない人が寝てて一瞬『誰?』ってなったけど昨日の出来事を思い出したのですぐにお姉ちゃんであることを理解した。

今日、明日の2日間どう過ごすかを考える。

どこかに出かける? それとも家でゆっくり過ごす?

色々考えてみたもののこれと言った結論を出せなかったのでお姉ちゃんに任せよう。

少し紛らわしいけど…

何度か隣のベッドを見るも起きる気配のないお姉ちゃん。

起こすのも申し訳ないので1人で漫画を読んだりタブレットで動画を見たりしていた。

結局お姉ちゃんの起床時間は10時半過ぎだった。

「はわわぁ…あれ? ここどこかしら?」

「おはようございます。ここは神崎家です」

「おはよう。そっかぁ〜」

背伸びをしてほわわぁとしてるお姉ちゃんを見ていると手招きされたのでそっちへ向かった。

「一緒にゴローンとしよっ?」

そう言ってお姉ちゃんは横になりベッドをポンポンと叩く。

ほぅ…甘えても良いのか?

招かれてるのにそれを断るのは申し訳ないので隣に寝転ぶことにした。

「は、はい。お隣失礼します」

「もぉ。お姉ちゃんなんだからタメ口で話そ?」

「年上の先輩ですし…」

するとお姉ちゃんは俺の頬を抓〈つね〉る。

「そーいうのダメよ? 罰としてお姉ちゃんをギュッとしなさい」

「な、なんで…」

「いいから。お姉ちゃん命令!」

「では失礼します」

……。

……。

あれ? 今の横になってるのにどうやって『ギュッ』とすればいいの?

・案その1

抱き枕的な感じでお姉ちゃんをギュッとする。

・案その2

お姉ちゃんを起き上がらせて両手で思いっきりハグする。

うわー…想像したら恥ずかしくなってきた…。

「どうしたのぉ? お姉ちゃんはスタンバイオッケーよ?」

うーん…どうしたものか。

もうあの方法でいいや。

「では失礼します」

そう言ってお姉ちゃんをこちらに引き寄せる。

「おぉ。大胆だねぇ。フフッ」

「こ、これで良いでしょうか…じゃなくてよい?」

「いいねぇ。こんなこと初めてだわ」

どうやら高評価らしい。

それにしてもいい匂いがするなぁ。昨晩は姉さんが使っているシャンプーやコンディショナーを使ったはずなのに不思議と姉さんとは違った香りがする。

匂い分析している自分自身にドン引き…。

「もう離れてもいいかな?」

流石にこの状態が続くの辛い…いろんな意味で。

「もうちょっと。普段できないんだから」

「愛依奈にやったらどうです?」

「まぁ。それでもいいんだけどね……アイちゃん寧ろわたしに抱きついてくるのよ」

「なら、俺じゃなくても…」

「ううん。今は男の人に甘えたいのよ…ダメ…かな?」

上目遣いで瞳をパチパチさせてこちらを見つめるお姉ちゃん。

こ、こんなのズルい!!!

「し、仕方ないですねーー。甘えさせてあげましょう」

「それにアイちゃんと抱きつくとお胸が当たって微妙なのよねぇ」

そういう事言わなくていいのに。

変な想像しちゃうよ?

「しかも神栖家ってお父さん単身赴任で九州にいるからわたし、お母さん、妹2人の4人暮らしなのよ。だから常に女性しかいないからこうやって男の人に触れる機会ないのよ」

「それじゃお父さんに逢えなくて寂しいですね」

「うーん…そんなことないかなぁ?」

長女が寂しがってませんよー。それでも日々遠くの地で1人頑張っている神栖家のお父様に敬礼!

「あ、あの別に嫌いってわけじゃなくて…たまに帰ってくるし…進路の件で揉めたしだからね…あはは」

「そういうことですか。日々頑張っているお父さんともっとコミュニケーション取ったら進路の事も認めてくれるかもですよ?」

「そうかなぁ。ま、今度帰ってきたらもっと話してみる。ありがとうね」

「いえいえ。ふと思ったことを口にしただけなので」

「それでもアドバイスしてくれる君は優しいよ」

こういうちょっとした事を褒めてくれる人って良いよね。

うちの姉さんにはまず無い。

「それでね…わたしにとって君は久しぶりの男の子なの」

はぁ…同じクラスに男子なんて数十人いると思うけどそこは触れないでおこう。

忘れられたか、眼中にないかのどちらかだろうが恐らく後者だと思われる。

「なので今日と明日は存分に甘えちゃうし、甘やかしちゃうんだから覚悟しててよね」

「楽しみにしてますね」

どういうことをやるのかわからないけどこの人なら安心できそう。

てか流石にお腹空いたなぁ…

時計を見ると11時過ぎだった。

それと同時にお腹が鳴った。

……。

それは俺の向かいから聞こえてその瞬間頬を赤らめてお腹を押さえた。

思わずニヤける俺…。

「聞こえ……た?」

俺は静かに頷く。

「忘れて…流石に恥ずかしいわ」

「わかりました……フフッ」

ダメだ…ギャルルルーという重低音が脳内再生される。

「もー。笑うなー!忘れろー!そしてタメ口で話せー!」

そう言って目を(><)にして俺の肩をポコポコ叩く。

ヤバイ…アニメでこういう部活の先輩いたけど現実にもいた。

めっちゃ可愛いんだが…

「わかりました…じゃなかった。わかったよ。忘れるから」

「本当? 信じるよ?」

「信じてっ!」

「わかったわ」

「ご飯でも作りますか」

するとお姉ちゃんは俺の肩を叩いた

「朝飯兼昼飯はお姉ちゃんに任せて。何か作ってあげる」

おぉ。家で誰かがご飯を作ってくれるなんて感動っす…

「お願いします!!」

「うんうん。任された」

そう言ってキッチンへ向かって食材を取り出して調理を開始した。

とても楽しみです。

うちの姉とは違い冷蔵庫を見て食材を取り出し調理を始めた。

流石に何もしないのも落ち着かないので、炊飯ぐらいやると言ったがリビングに戻されたのでベッドでゴロゴロする。

炊飯と料理の時間差が出来ると温め直しなど二度手間になるので下準備を終えたお姉ちゃんが戻ってきた。

はぁ…なんでうちの姉はこんなふうに出来ないかな…。

もうちょっと家事とか出来れば良い姉だと思うんだけどな。

もうちょっと真剣に教えるべきか…けどやる気無さそう…

ってなんで姉さんの事ばかり考えてるんだ。

今は紫依奈お姉ちゃんとの楽しい時間を満喫しなきゃ。

「そういえば今日、明日ってなにする?」

「何も決めてないな〜。少し勉強教わりたいなとは思ってたけど後は特に何も…」

「わたしで良ければお勉強は教えられるわね。これでも頭は良い方らしいし…フフッ」

「助かります…この前訳あって補習になったので挽回しないと今後の成績が…」

「アイちゃんと2人で残ってた補習ね。ラブラブだったらしいね」

「んな訳ないですよ…」

「えー。アイちゃんが楽しかったって言ってたわよ? 着ぐるみがどーたらこーたらって言ってたわ」

「それについて詳しく聞きました?」

「えーっと聞いたんだけど忘れちゃったわ」

良かった…

アイツ喋ったなー!!

あの黒歴史どうにかしたい…。

それから20分ぐらい経つとご飯が炊けたのでお姉ちゃんが再びキッチンへ向かった。

それから10分もしないうちにご飯が完成。

白飯にワカメのお味噌汁、豚肉の生姜焼き、レタスとトマトのサラダというバランスの良さそうなメニューだ。

「「いただきます」」

……美味い!

特に味噌汁が俺が作る物とは別物で味噌の旨味の後から出汁の風味が口いっぱいに広がる。

「…美味い」

「ホント? 嬉しいわ」

ドラマでよく見る向かいに座って感想待ちの状態だったので万が一があったらどうしようかと思ったけどその心配は無さそうだ。

その後サラダを食べてから生姜焼きをつまむ。

お味噌汁の美味しいという概念が頭にあったので美味しい前提で生姜焼きを食べる。

しかし何か味がおかしい。

何故か甘いのだが…。

俺の味覚壊れたのか?

一回白飯→お味噌汁でお口をリセットして再度生姜焼きを食べる。

……。

やっぱり美味しくない。

するとお姉ちゃんも生姜焼きを食べた。

その後箸が止まった。

「……んん?」

「どうしたの?」

「わたしの気のせいかしら…生姜焼き甘いわね」

「俺もそう思った…」

するとお姉ちゃんはハッとしてキッチンへ向かった。

気になったので俺も追いかける。

「理稀くん…ごめーん。砂糖と塩を間違えちゃった…」

「問題解決だね。てか生姜焼きに塩入れるんだ。タレ冷蔵庫にあるのに?」

「一から作りたかったのよ。何か別のおかず作ろうか?」

「ううん。折角作ってもらったやつだし食べるよ」

俺のために作ってくれたおかずを粗末には出来ない。食材は無駄にしない!

それに姉さん(亜梨栖)に鍛えられているからこの程度なら美味しい方だ。

「嬉しいわ。好きになっちゃいそう」

「はは。またまたご冗談を」

「冗談じゃないよぉ」

「えっ?」

「へ?」

……。

「まぁ、とりあえず食べよう! 冷めちゃうし」

「そ、そうね。食べよー」

その後少し気まずい昼食になった。



その日の午後は普通に勉強を教えてもらった。

各教科を丁寧に教えてくれたので理解するスピードが早く、わからない点は細かく説明してくれた。

これ恵海より教師に向いてるんじゃないか?

そんなことを思った。

洋菓子店で働くより教師の方が向いてると思うなんて言おうとしたが人の進路や夢を妨害してはいけないと思い、口にはしなかった。

「そろそろお勉強は終わりにしよ? お姉ちゃん疲れちゃったよー」

「そうだね。ありがとうございました」

「いえいえ〜。わたしも復習できて良かったわ」

こうしてお勉強会は終了。

さて、どうするか…

わざわざ家まで来てもらってご飯作ってくれて勉強を教えてくれている。

何かお礼がしたい。

うーん。

前に父親が『お礼は高いものが良いとは限らない。気持ちが大切だ』なんて言ってたっけ。

気持ちね…

『ありがとう。お姉ちゃん♡』とか?

…キモい。

肩たたき?

セクハラ?になりそう…

うーん…本人に聞くのが良いのかな。

そもそも俺のところに来てくれた理由がまだ定かじゃないんだよな。

「今日はありがとう。何かお礼をしたいんだけど何が良いかな?」

「ん? お礼か…別にいいよー。好きで来たんだし。意外と楽しかったし」

なんかもうお別れの挨拶的な感じになってるけどもう一泊されるんだよな。

「いやいや。お礼させて。そうしないと気が済まないから。なんでも言って」

「何でもいいの?」

無意識に『何でも言って』なんて口にしちゃったけど俺に無理なものは無理。

「俺が出来る範囲で」

「そしたら…」

何を求められるのか…

どうしよ。結婚してくれとか言われたら。

んな。そんなことを言われる訳がない。

何考えてるんだアハハー。

……。

今日の俺どうかしてる…。

「肩たたきして欲しいかな」

まさかの俺がセクハラ?になると思った肩たたきを要求させるとは( ゚д゚)

相手が求めているなら問題ないだろう。

「うーんとね…やっぱり感謝して欲しいわ」

…どゆこと?

お姉ちゃんは少し頬を赤らめてこっちを見てきた。

「何でもって言ったわよね?」

「え…ま、まぁ。常識の範囲内であれば」

「……わかったわ」

お姉ちゃんは深呼吸をしてやや目線を逸らした。そして…

「壁ドンして耳元で『紫依奈、ありがとう』と囁いて欲しいのーー」

……。

……。

ファー。

聞いたこっちがめちゃくちゃ恥ずかしいから発言者はその数倍、いや数十倍恥ずかしいだろう。

俺なんかで良いのかとか思ったがお願いさせたのだからやるしかない!

「紫依奈…話がある壁際まで来い」

俺の中で精一杯のイケメンボイス(笑)でそう伝えた。

「う…うん」

俺がお姉ちゃんへ迫りそれと同時に後退りする。

そして壁際まで追い込む。

ドンッ。

右腕を壁に押しつける。

表情は真顔を貫いているつもりだが、めちゃくちゃ照れてるし恥ずかしい。

どうかニヤけてませんように…。

「わ、わたしを追い詰めてどうするのよぉ」

……?

お芝居?

少し瞳をウルウルさせながらこっちを見つめられ少し罪悪感に襲われる。

これが演技だと信じて俺も必死に演じる。

「お前に伝えたいことがあるんだ」

「で、でも…」

そして耳元へ近づいていく。

超緊張してる…

そして言葉を発しようとした瞬間リビングの扉が開かれる。


「ヨシくん! さっきなんかドンって音したけどどうした……の?」

現れたのはお隣さんである月羽。

俺は思いっきり月羽の部屋に向かって壁ドンをしてしまった。

……。

そして月羽に壁ドンを見られたという状況。

ヤバい……

「これはこれは…お邪魔しましたー」

「ま、待ってくれ。誤解だー」

「何がよっ? 女の子連れ込んでお隣さんの部屋に壁ドンですかぁ。ふぅん…そうですか」

ヤバい…本気で怒ってる…。

この部屋から去ろうとする月羽を止めるべく入口方面へダッシュ。

すると新品の靴下と試しにかけた床ワックスが俺を転倒へと導いた。

滑って転ぶ時お尻から転ぶことが多いだろう。しかし、勢いなど色んなものが重なって前のめりに転んだ。

それにより月羽へダイブする感じで押し倒した。

ドンッという音と共に倒れ込む2人。

しかも転倒した時に顔が狙ったかのように月羽の胸に落ちたらしく"ほんのちょっと"ムニッとした感触が。

ここだけの話感触はほんのちょっとね(笑)


咄嗟に月羽の体から離れようとするも引き寄せられたのか再び月羽の胸に顔を埋めるようになった。

「だ、大丈夫か?」

月羽に覆いかぶさりながら心配する。

「えーとね…だ、大丈夫……じゃないかも…」

月羽は目を逸らしてそう言った。

「えっ?」

「も、も、申し訳ありませーん」

とりあえず月羽の体から離れて精一杯の謝罪。

……。

……。

「ヨシくんにこんなことされるなんて…」

頬が赤い月羽と目があって気まずい。

「すみませんでしたー」

とりあえず土下座しました…。

ここまで本気の土下座は初めて。

すると俺の横をお姉ちゃんがく通ったので思わず顔を上げた。

「あらやだ。可愛いわねー」

そう言って寝そべって半分放心状態の月羽のもとへ向かった。

そして月羽を起き上がらせて何をするかと思ったらギュッと抱きしめていた。

……?

俺はポカーンとして月羽はフリーズ。

すると抱きしめた手を離した。

「初めましてー。お名前は?」

まるで保育園の先生が園児に尋ねるように名前を聞いた。

「だ、だ、大門月羽です。ヨシくん…いや、理稀くんと中学校から一緒なんです」

「そっかー。ツキちゃんよろしくね」

「ツキちゃん?」

「うん。ツキちゃん」

「は、はぁ…よろしくです」

お姉ちゃんは月羽のことをとても気に入ったらしくさっきからベタベタしてる。

それに反して月羽は微妙、いやドン引きしてこちらに助けてくれとアイコンタクトを送って来るが、どうすることも出来ないので心の中で"頑張れ"と言っておいた。

「そういえばツキちゃんはお隣さんよね?」

「そうですね。502号室に住んでます」

「今夜ここに泊まりましょうよ? お姉ちゃんと色んなことしましょーー」

「色んなことって何ですか!?」

「それ聞いちゃう? フフッ」

俺と月羽はフリーズ。

「こ、怖いんですけど…」

「大丈夫。痛いことはしないから♡」

……。

あれ…家主がアウェイになりつつある。

最悪恵海の家辺りに泊めてもらうか。

そんなことを考えながら2人のやりとりを見ている。

その後月羽はあれこれ言い訳をして自宅へ帰ろうとしていたが学校でトップレベルの成績であるお姉ちゃんには敵わなかったらしく渋々ここに泊まることになったらしい。

土曜日の夜ご飯は3人で出し合って宅配ピザにした。

久しぶりに食べると普段より美味しく感じる。

食べ過ぎてしまった…。

夕食の後は各々好きなことをやり過ごした。

時刻は21時を過ぎた頃お風呂が沸いた。

「お2人先に入って良いですよ」

「なっ、ヨシくん2人って!!」

「理稀くんわかってるわねー。ささっ行こうっ」

俺の中ではお姉ちゃん→月羽→俺の順番ってことで2人と言ったんだが、2人一緒に入ってという意味で捉えられたらしい。

浴室へ連れて行かれる月羽からすごい視線を感じる。

ニホンゴムズカシイ…ソシテゴメンナサイツキハ。

そうして月羽とお姉ちゃんが浴室に入ってから1時間は経っただろう。

俺はマンガを読んだりゴロゴロしていたが流石に遅すぎる。

うちの姉さんも長風呂だけど流石に1時間もすれば出てくるのである。

少し気になったので浴室近くのトイレに行くついでに声をかけてみることにした。

「もしもーしお2人さん。随分と長い風呂だけど大丈夫かい?」

トイレを出てから脱衣所前で声をかけた。

……。

……。

「…もしもーし」

応答なし。

こういう時どうするべきか…

もしかしたらお風呂の中で倒れているのかもしれない。

けど同級生と先輩が入ってる脱衣所に入るってのもどうかと思う。

身内ならまだしも…

前に月羽がトイレに入ってるのを知らずに扉を開けてめっちゃ怒られたことあったっけ…

あの時『月羽が鍵かけなかったのが悪い』とか『自宅だから鍵かけない。誰か入ってるかもしれないからノックぐらいすべき』とかでしばらく喧嘩してたっけ。

あー。月羽と揉めるの面倒だし放置放置。

……。

もしも2人して倒れてたらどうする?

それは間違って2人の裸を見たことよりも後悔するだろう。

え? 裸見ても後悔しないって?

……ハハハッ。

……。

まぁ、あの時助けていればなんて思いたくない!

次声をかけて応答がなかったら突入する。

「おーい。本当に大丈夫かい? 心配だから入るよ?」

……。

応答なし。

意を決して取手を掴むと同時に扉が開く。

びっくりした…。

「も、もぅ…無理ぃ〜」

扉の前に居た俺の前をスルーしてリビングの方へ走る月羽。

まさかのバスタオルを巻いているだけの状態。

脱衣所の方を見ると下着姿のお姉ちゃんが居た。

ヤバいと思い視線をリビングの方へ向ける。

「あー、理稀くんったらわたしの下着見ちゃった〜? へんたーい♡」

「ご、ごめん。つい…」

「月羽ちゃんを捕まえてくれたら許してあげる」

月羽を捕まえるねぇ…。

1時間もこの2人は何をしてたんだ?

「月羽と何してたの?」

「えー? それ聞いちゃう?」

お姉ちゃんは太もも辺りまである大きいシャツを着て脱衣所から出てきた。

ちなみにこのシャツは俺は初めてネット注文した時にサイズを間違えたもの。

Lサイズを頼んだはずなのに俺が着てもダボダボ。

そのためケースの中で眠りについていたのだがお姉ちゃんのパジャマが汚れてしまったので今晩タンスの中から目覚めたのだ。

「このシャツ就寝時にいいかも〜。これ欲しいなぁ」

「良いよ? どうせ着ないし」

「ありがとう〜。そしたら一緒に月羽ちゃんを捕まえよう〜」

やけにテンションが上がってるお姉ちゃん。

しかしリビングを見渡しても月羽の姿はない。

「うーん。テンション上がるわ!! 隠れても無駄よ〜」

月羽のこと本当にお気に入りなのね。

その後月羽はあっさりと見つかりお姉ちゃんに確保された。

ちなみにカーテン裏というベタな場所に隠れていたので捜索開始してから約10秒も経たないで確保されました。

それから2人…いや、お姉ちゃんの方が一方的に月羽に絡み始めたのであれはこっそりとその場を抜け出し風呂に入った。

今戻っても大丈夫だろうかなど心配していたら長風呂になってしまった。

俺ここの住人なのに…

リビングに戻ると月羽は俺が買ったマンガを読んで、お姉ちゃんは足をバタバタさせながらスマホを弄っていた。

あっ普通に戻ってる…良かった〜。

しかし、俺の存在に気づくと手招きしてきた。

それに従いお姉ちゃんのもとへ向かうと、いきなり月羽を抱きしめた。

「ねーね。理稀くん。ここに良い月羽抱き枕があるよ。使ってみて!」

なっ…。使えるわけがない。

「あの…月羽抱き枕。使ってください」

マンガで顔を隠してるつもりなのだろうが隠し切れてなく茹で蛸みたいに真っ赤になっている。

「いやいや〜。流石にそんなこと出来ないよ」

とは言ってみたものの…。

あえて『じゃ、使わせてもらうね』と言ったらどうなるのか。

き、気になる…

「やっぱり使ってみたい! 良いかい?」

「おっ。良い反応だねー。お姉ちゃんも嬉しいよー」

「ヨ、ヨ、ヨ…」

まさかの反応に月羽が壊れる。

意を消して月羽の隣に寝そべる。

お互いの息が分かるほど近い場所で見つめ合う2人。

流石に俺も恥ずかしい…。

「さぁ…抱き枕を使ってー」

そこには先程と同じくバスタオル1枚の月羽がいた。

……。

……。

お互い言葉が出ずに沈黙の時間。

「本当は月羽ちゃんの肌を直に感じて欲しかったんだけど流石にそれはダメなのでこの状態でお楽しみください」

「いやいやー使えないって。こ、これはマズイ…」

「良いから。はよはよ〜明日早いんだからね」

明日早いとは?

「わたしは月羽ちゃんをギュッとしている理稀くんをギュッとしちゃうわねー」

そう言っておれの背中の方へお姉ちゃんが入ってきた。

いやいや、狭いって!!

「狭いけどこうして誰かと寝るのって幸せよね。高校生…もうすぐ大学生だしこうして寝ることあまり無いからね」

「でも恋人とかこうして寝るんじゃない?」

「こ、こ、恋人って…ヨシくん!?」

さっきから月羽の様子がおかしい。大丈夫なのか?

「わたしね。夢を叶えるまでは誰ともお付き合いとかする気ないの。どうしてもそっちにブレてしまいそうで…」

「そ、そうなのか」

なんか告白した訳でもないのにフラれた気分で少しテンション下がった気がする。

「あら、日付超えてるじゃない! 寝ましょう…おやすみ〜」

「「おやすみ」」

なんかよくわからない感じになったけど就寝することになったので瞼を閉じる。

この抱き枕使ったら安眠できそう…


その夜。

姉さんが夢に出てきた。

ハッキリとは覚えていないが姉さんがどこかに行ってしまう夢。

現実の俺なら『さよなら〜』的な感じで軽い別れになるのだろうがどうやら夢の中の俺はとても寂しがっていたようだ。


まるで大切な物を失うかのように。


「理稀…さようなら。 大好きだよっ」

そう言って俺の前から去っていく姉さん。

追いかけなきゃと思っても足に何かに縛りつけられているかのように動かない。

俺は何かを叫んでいたが自分の声も聞き取れない。


目を覚ますと頬に涙の感触があったので手で触り確認すると手には水滴が付いていた。

変なところを見られたのではと思い左右を確認するとそこに2人の姿は無かった。

時計を確認すると9時半を過ぎておりテーブルにメモ用紙があった。

『理稀くんへ  わたしと月羽ちゃんはラブラブデートに行ってきます♡ 理稀くんも連れて行きたかったんだけど諸事情でお留守番(><) ごめんね。また遊びに来るからね〜 大好きだよ〜♡ 紫依奈』

大好きとかこう軽く使って良い言葉じゃないと思います!

勘違いするわ…

とりあえず歯を磨いてからベッドに戻ると何故か掛け布団が盛り上がっている。

……え、何これ…怖いんだけど。

近づいて布団をめくると……

「会いたかったよーー。よしきーーー」

そこからは姉さん(亜梨栖)が抱きついてきた。

姉に抱きつかれた瞬間…

数日間あった違和感と戻ってきた日常、言葉に出来ない色んな感情。そしてさっきの夢が合わさり自然と涙が滴り落ちた。

「え、えぇ!? そ、そんなにサプライズ

もしくは抱きつかれるの嫌だった?」

咄嗟に離れた姉さん。

それを追いかけるように姉さんをギュッと抱きしめていた。

「お、おぅ…よ、理稀? どうしたの?」

「ごめん…よくわからないけどこうして居たいんだ」

別に長い別れがあった訳でもないし、大好きな人でもない。

なのに不思議だ。

『失ってから気づく当たり前の大切さ』ってこれのことを言うのかな。

ひと昔前の俺はこんな事絶対にしない。だが、引っ越しを機にお互い離れていた距離が少しずつ近づいていて、いつしか大切な存在になりつつあるのだろう。

また子供の頃のような関係に戻るのもそう遠くないのかもしれない。

「少し前はあんなに嫌いだったのに…フフッ」

「え? 何か言った?」

「何でもないっ」

「教えろーー」

「嫌だよーー」

「うぅ…」

悔しそうにする姉さん。

「わかったわ! ちょっと右向いてっ」

ん?何かゴミでも付いてるのかな。

「わかった」

右を向くと左手頬に何かが当たる感触とチュッという音がした。

……はぇ?

咄嗟に正面を向くと珍しく頬を染めた姉さんがいた。

「教えてくれない大切な弟にお仕置きっ! これ、あたしの初めて……なんだから……その、大切にしてよね!」

「あ、あ、うん」

混乱してこれしか言えない。

……。

部屋にクーラーの音だけが残る。

「お、お腹空かない?」

「そ、そうね。久しぶりに理稀のご飯が食べたーい」

「わかった。何か作るわ」

「よ、よろしくねー。そうだー探し物しなきゃーー」

俺は逃げるようにキッチンへ、姉さんは亜梨栖部屋に入って行った。

俺は料理しながら何回も唇の感触が残っている場所に手を当てた。










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