第13話 神栖姉妹

俺と愛依奈は2人っきりで教室にいる。

夕暮れの教室、西日が眩しく教室内は茜色に染まっていた。

教室の外から部活の掛け声が聞こえる。

俺たち以外誰もいないこの教室。

向かい合う男女…

「ねぇ…もう帰ろうよぉ」

「ダメだ。帰らせないぞ」

「むぅ。もぅ…バカァ」

……。

……。

そう俺たちは…

補習組なのである。

小テストで見事赤点を取りましたー……。

向かい合わせに並べた机にペン回しする俺と『ギブギブ〜』と叫ぶ愛依奈。


遡〈さかのぼ〉ること1週間前。

姉さんが作ったお料理(笑)のせいで寝不足な俺はローテンションのまま学校に登校した。

するといつものメンバーが盛り上がっていた。

「おはよう」

「おはー」

「うぃーす」

「お、おはよう。理稀くん」

みんなと一通り挨拶を済ませると席に座る。

まだお腹の調子が悪い…

「ねねっ。このチャラ男がアイドルオタって本当?」

愛依奈が席をクルっと回して俺と向かい合わせにして聞いていた。

「そうだよ。 それがどうかした?」

「愛依奈の奴全然信じてくれないんだよ。ロエリーまじ天使とか言ってるのに」

「どうも信じられんのよね〜。アイドルより可愛い女の子と握手どころかイチャイチャしてそうだしぃ?」

「んなわけあるか…」

涼夜はため息を吐きながら愛依奈のいじりにつきあっている。

「またまた〜。んで理稀くんよ。彼の推しメンはどんな子なのよ」

「愛依奈」

「呼んだ〜? あたしはここよ?」

愛依奈は右手を俺の目の前で振る。

「いやいや〜そうじゃなくて〜」

愛依奈は腕を組んで首をかしげている。

「似てるんだよ」

「誰に?」

「愛依奈に」

……。

愛依奈は何も言わずに自分自身をを指差したので俺は頷いた。

「えぇー!!」

教室が一瞬白けてこっちに視線が集まる。

「うるせー」

そう言って涼夜お手製?のハリセンで愛依奈を叩いた。

愛依奈にツッコミを入れるために美術の授業で余った画用紙で作っていた。

それはそれは楽しそうに…(笑)

「あー。女の子に暴力なんてサイテー」

「お前がうるさいからだっ」

「それでも暴力はよくないと思います。このヤンキーが」

「はいはい…」

色々面倒になった涼夜は受け流した。

その後愛依奈は腕を組み1人唸っていた。

その後涼夜の推しメンの画像を見せると何か閃いたらしく手をポンと叩いた。

「よくよく考えたら…」

3人の視線が集まる。

「涼夜ってあたしのこと好きなの?」

「ブーーゴホッゴホッ…」

運悪く飲んでいた紅茶を吹き出した。

しかも俺に向かって…

「理稀すまない…。愛依奈。変なこと言うなよっ!」

「大丈夫だ。てか、盛大に吹き出したな」

俺はポケットティッシュでズボンを拭く。

するとジョーカが席から立ち上がり俺の前でしゃがみ込み濡れたところをハンカチで拭いてくれた。

「ありがとう。ティッシュあまり入っていなかったから助かった」

「いいの。気にしないでっ」

ニコッと微笑んで拭いてくれた。

「そのハンカチ洗って返すわ」

「そ、そんなぁ。別にいいのにぃ」

俺はジョーカからハンカチを受け取り鞄にしまう。

「いいなぁ」

愛依奈がボソッと呟いた。

「んで。涼夜はあたしのこと好きなの?」

もうこの話題は来ないと思って油断していた

涼夜がハッとした。

「愛依奈のことは別に…」

と言ってる割にはやや照れ気味だった。

まぁ、誰だってそうなるか。

「でも……ごめんなさい」

「俺フラれたのか? 好きでもない人にフラれたのか?」

俺の方を見てそう言われても返答に困る…。

「むぅ…好きでもないとか酷いなぁ」

愛依奈は少しだけ頬を膨らませた。そして立ち上がったジョーカを無理矢理膝の上に乗せる。

「愛依奈ちゃん…恥ずかしいよぉ」

ジョーカはアタフタしているが愛依奈はニコニコしている。

「あー。落ち着くわ。このまま授業受けたいわ」

「それはダメよ」

いつの間にか俺たちの後ろに恵海…いや、神田先生が立っていた。

「あっ、メグにゃん。おはー」

「メ…神田先生おはようございます」

あぶねー。恵海と言いかけた……。

「おはようございます」

「お、おはようございます」

「みんなおはよう。あなた達楽しそうね〜。混ぜて欲しいんだけど…流石にマズイわね」

そう言って俺の頭を撫でてから教壇の方へ向かった。

「ここで恵海って言ったらオコだぞっ♡」

俺の耳元でそう囁いた。

「なになに? メグにゃん内緒話とかずるいぞ」

「追試にならないように忠告したのよ」

「なーんだ。……追試あるの!?」

愛依奈は身を乗り出して神田先生に聞いた。

「今日の午後にやる3科目小テストは赤点取ると追試よ? 知らなかった?」

それはクラス全員が初耳ですよ?

クラス内がざわつき始めたし。

ジョーカを除く3人が絶望している。全然勉強してないし…。

「まぁ。あなた達なら出来るわよ。授業をちゃんと聞いていればね」

そう微笑むとチャイムが鳴った。

それと同時に神田先生は教壇に立つ。

「み、みなさん。お、おはよう……ございます」

さっき俺たちに絡んできた人とはまるで別人になっている。

さっきのは恵海で今が神田先生って感じがする。

本人曰く、相当なあがり症かつ人見知りらしい。

なので仲良くなるのに時間がかかるとか。

そんな神田先生を愛依奈はニヤニヤしながら見ていて、時々こちらに振り返り『あれ誰だよお。ウケる〜』とかバカにしていた。

その楽しさのお陰で体調不良を忘れていた。

……。

「解答用紙を表にして始めてください」

そう告げられてスタートする。

1科目…英語。

テスト前に見た場所がそのまま出ており順調に解けた気がする。長文読解以外は……。

その辺りからお腹の調子が微妙になり、青信号から黄色信号になった気がする。

2科目…数学

『Aさんの学校では昇降口から職員室、トイレの順に……』

ま、まて。

今トイレという単語を出さないでくれっ…

とりあえず後回しにすることにした。

しかし、腹痛の波が再び襲ってきた。

必死にお腹を摩り落ち着かせようとすると波が引いた。

一安心…と同時に終了の声がかかる。

あれ? 半分も解いてない気がする…

5分の休憩があったのでダッシュでトイレへ向かうと全部使用中。

「えっ…何これ」

思わず独り言が出た。

少し待ってみたものの、そろそろテスト開始時刻になるので仕方なく戻る。

すると廊下でメ…神田先生に遭遇。

「よし……じゃないわ。 神崎君体調悪いの?」

「えぇ…姉さんが作ったお料理を食べてから調子が絶不調でして…あはは」

すると神田先生は少し考え始めてから何か思いついたらしい。

「それは良くないわ。保健室に行きましょう」

「いやいや、補習になりたくないし、頑張りますよっ」

すると少し頬を膨らませて俺の腕を掴んだ。

「ダメです。体調が一番大事なんだからっ」

そう言って教室経由で保健室へ行くことになった。

その前にトイレに行きたいんだけどね…


保健室に着いてからは2回ほどトイレに行き、その後はとりあえず安静にということでベッドに寝転がっている。

時間も中途半端だし家のベッドでないので寝られない。

あまりにも暇なのでスマホを取り出し適当に暇つぶしをすることにした。

保険の先生もしばらく留守にするらしいし良いだろう…。

足音が聞こえたら咄嗟にポケットへ突っ込めば良いし。

適当に見ていると昔好きだったアニメグッズの事後通販が今日から開始するらしい。

スマホをスクロールしながらグッズの確認をする。

予算と値段を照らし合わせて選抜する。

「タペストリー欲しいけど…6000円超えかぁ…」

考え込んでいるといきなりカーテンが開かれた。

「うわっ!?」

「あらぁ〜わたしのベッドに先客がいるのねぇ〜」

はい? 

そこには身体は160㎝ぐらいの黒髪ツインテールの女子生徒が立っていた。

第一印象はおっとりしている。この一言。

先輩?同級生?

とりあえず初対面なので敬語を使おう。

「すみません…体調不良で使わせてもらってます」

「そうなのぉ? まぁ、仕方ないわね」

……。

……。

普通そう告げたらその場から去るはず。

しかし、この人は一向に動こうとしない。かと言って『ここはわたしの場所よ?退きなさい!』というどこぞの姉さんみたいな自己中心的な発言もしない。

……。

やばい…一番困るやつだ。

ここは俺から退けばいいんだ!

「そろそろ体調も良くなって来ましたし、退きますね」

「いやいや、もっとゆっくりしていなよぉ」

そう言って立ち上がろうとした俺は戻された。

……。

「暇だからわたしとお話ししましょ? あとお悩み相談もお願い〜」

「他のベッドに寝てる人も居るしあまり話すのは良くないかと…」

保健室へ来たのは誰かと話すためじゃないし。

「大丈夫よ? ここにはわたしと君しか居ないからっ」

少し前右の方から寝息が聞こえた気がするけど。

「けど、本来授業を受けなければならないのに…」

「むぅ…つれないなぁ」

ん? 今の『むぅ』という言葉と表情…

誰かに似ている気が。

すると女子生徒は俺が寝ているベッドに座ってきた。

「でもね。そういう真面目な子わたし好きよ?」

「ど、どうも…ありがとうございます」

「ふふっ。ちなみにわたしは神栖紫依奈って言うの。これでも3年よ? よろしくね」

前の席のヤツと一文字違い。

こんなことあるんだな。

てか、3年だったのね。

敬語使っておいて良かったー(汗)

「俺は神崎理稀って言います。1年です。よろしくです」

すると少しだけ目を見開いた気がした。

「神崎くん。よろしくねぇ」

「よろしくお願いします」

「さっそくお悩みを聞いてくれるかしら?」

「お、俺で良ければ…」

そこから神栖先輩の悩みを聞くことにした。



神栖先輩の悩みは進路のこと。

それって俺よりも先生とか仲の良い友達にするべきではと内心思ったが、頼られた以上俺なりの考えを伝えるつもりだ。

どうやら神栖先輩は将来洋菓子店を開くことが夢で高校卒業後にアルバイト兼修行をすべくこの地域で有名な洋菓子店に弟子入りしたいらしい。

そのお店は姉さんがたまにケーキを買ってくるので、何種類か食べたけど絶妙な甘さと素材の美味しさを堪能出来てとても美味しかった。

しかし、両親が大学への進学を強く希望しているらしく日々揉めているとのこと。

軽く成績を聞くと普通に国立大学へ進学できるほどの頭の良さ。

俺も今度勉強教えてもらいたい。なんて思ってしまった。

我が家にいる某姉じゃなくてこういう姉だったら俺の人生ってもっと幸せだったんだろう…。

世の中って理不尽だよなぁ。

「俺が言えることは自分のやりたい事を貫いた方がいいと思いますよ。所詮周りは自分ではないのでいざというときに味方になってくれる保証ないですし。それに何かをやらないで後悔するとその後悔ってずっと残りますから……」

「どうせなら何かアクションを起こして後悔しましょう」

うわー。自分で言って恥ずかしい。

けど、何となく自然に出てきた言葉だし伝わると良いな。

「ふふっ…ありがとう。こんなに親身になって話してくれるなんていい子ね〜」

そう言って俺の頭を撫でる。

はぁ…幸せな時間。

猫や犬が撫でられると喜ぶ理由がわかる!

「こんな弟が居てくれたら…お姉ちゃん嬉しいなぁ」

……!

俺は神栖先輩が姉になって欲しい。

神栖先輩は俺が弟になって欲しい。

これはお互いウィンウィンの関係では?

おー。神様よ。居るならこの神栖先輩を我がポンコツ姉さんとトレードしておくれー。

なーんて。願ってみたり(笑)

すると保健室のドアが開いた。

「失礼しまーす。おーい理稀いる?」

この声は愛依奈か?

ココにいると言いかけたが先輩と2人っきりで喋っている状況を見られるのはマズイ気がする。

「よし…カバン持ってきたよー。えっ…」

やばい…見られた。

俺が何かをする前に愛依奈がカーテン内に入ってきた。

「あら〜アイちゃん。神崎くんと知り合いなの?」

「クラスメイト兼友達? よく話すし…それよりお姉ちゃんが何で理稀と一緒にいるん?」

愛依奈は状況を理解出来てないらしく珍しくあたふたしている。

「ん? わたしがお世話になっているベッドに彼が居たからお話ししてたのよ」

そう言って神栖先輩は俺の方を見た。

「そうなんだ…って2人とも帰るわよ? 授業終わったし」

何だかんだ話していたらあっという間に下校時刻になった。

さすがに4-K教室に行ける状態では無いので帰宅することになった。

涼夜は別の友達と用事、ジョーカは家の用事があるらしくホームルームが終わると足早に帰って行ったらしい。

なので俺と神栖姉妹の3人で家路についた。

き、気まずい…

まぁ、愛依奈といつも通り雑談してそれに神栖先輩が相槌を打つ感じで気まずさはいつの間にか消えていた。

いつも愛依奈と別れる場所に着いた。

「そういえば…補習確定らしいよー。メグちゃんが言ってたわ。あたしもほぼ確定。あはは〜」

「病欠は補習対象なのね。まぁ仕方ないか」

「お互い頑張りましょう!じゃあねー。ゆっくり休めよー」

「サンキュー。またな!」

こうして帰宅したのであった。

そして案の定、俺と愛依奈は補習となったのであった。


補習の日に戻る。

「そういえば紫依奈さんは元気…ってのはおかしいか。うーん…順調そう?」

どうも気になってしまうんだよなぁ。

「ん、お姉ちゃん?」

思わぬ質問に愛依奈のシャーペンが止まる。

「順調なのかなぁ…いつも通りフワフワしてるから順調でしょ。なんで?」

「いやー。悩み相談されたから。気になっちゃって」

「理稀に相談ね。ま、相談相手のチョイスは悪くない」

めっちゃ上から目線…。

「その疑いの目は何よ? 本当にそう思ってるんだからね」

「どうも…」

「ま、あたしからすると、もっと明るくて面白い…亜梨栖さんみたいなお姉ちゃんが良かったんだけどねー」

嘘だろ…あんなポンコツ姉さんを欲しがる人なんているのか。

「冗談でしょ?」

「何が?」

「うちの姉さんが良いってこと」

「んなわけないでしょ」

「いやいやー。才色兼備?十全十美?の紫依奈さん…いや、神栖先輩の方がマシでしょ。てか、比べてはいけないな。うんうん」

「四字熟語の意味わからん」

ですよねー。

「とりあえず素晴らしいってことよ」

適当にわかりやすく?応えた。

するとやや引き気味の愛依奈が黙ってこっちを見ていた。

「そんなにお姉ちゃんのこと好き?」

す、好きって…。

そういう感情ではないと思いたい。

好み?理想?なんだろ…

「好きというか理想の姉かな?」

「そしたらさぁ」

愛依奈は頬杖をついてこっちを見た。


「お姉ちゃんをトレードしようよ…にひひ」


……はい?

トレードって物じゃないんだから…。

「うーん。トレードというかお試し同居? 週末の休みを理稀は紫依奈お姉ちゃんとあたしは亜梨栖さんと過ごすの。どうよ?」

姉さんが居なくなるだけでもメリットしかないのに紫依奈さんがうちに来てくれるなら断る理由がない。

ちょうど教えてほしいところあるし。

ほぅ…魅力的だ。

俺の意見は勿論OKに決まってる。

「そうだな…」

俺が返答をしようとするのと同時に教室のドアが開いた。

「2人とも終わったー?」

教室の前ドアから神田先生が入ってきた。

「メグちゃーん。終わらんよ。わからんよー」

愛依奈は両腕を前にして机に倒れた。

「終わらないと帰れないわよ? さぁ早く解きなさい」

「帰れないなら3人でお泊りだね〜。それも悪くない。ね?メグちゃん」

「良いわね…あの教室に行けば一晩は過ごせる」

おいっ。

俺が神田先生をガン見するとその視線に気付いて軽く咳払いをした。

「じゃなかった。学校にお泊まりなんてダメよ? 愛依奈ちゃん変なこと言ってわたしを惑わせないっ!」

「ちぇー。良いと思ったのにぃ……って理稀終わってるし!!」

「俺は大分前から終わってるぞ?」

「この裏切り者ーー。帰れーー」

愛依奈はシャーペンを振り回している。

「そしたら帰るよ。神田先生帰りましょう」

「え? えぇ。帰りましょ」

俺が立ち上がり、神田先生は机に置いた書類をまとめる。

「冗談だってー。あたしを1人にしないでー。薄暗い校舎不気味なんだからっ」

結局2人とも戻されて愛依奈の補習に付き合った。


校舎を出たのは辺りが真っ暗になった頃。

スマホの時計を見ると19時を過ぎていた。

「はぁー遅くなっちゃったわー。夜ご飯食べて行かない?」

「あぁ…晩飯用意しなきゃならないからなぁ」

「主婦かっ!」

愛依奈は俺の肩にツッコミを入れた。

「まさかここまで残されるとは思わなかったし、それに家事スキル皆無のお姉様がいるから…」

「あぁ…なるほどね。亜梨栖さんって何でも出来るオーラまとってるけどね」

「そんなオーラある? けど、意外な物が得意だったり不得意だったりするから弟からしても謎な点が多い」

俺と愛依奈は学校の正門を出ようとすると門が開かない。

見ると施錠されていた。

「えっ……」

「閉じ込められた感じ?」

「そんな感じ」

……。

……。

どうしよ…普段この門しか通らないから他知らない…。

俺は乗り越えること出来るけど愛依奈は無理だろうな。

スカートだし。

そんな感じで考え込んでいると肩を叩かれた。

「ねねっ…こっち来て」

愛依奈について行くとフェンス越しに夜景が見えた。

この学校はやや高台にあるので夜景がよく見える。

手前の方は駅近くのオフィスビルや繁華街。

繁華街と言ってもそこまで栄えているわけではないがお店は多いので夜景になるとキレイだ。

遠くには工場地帯があるのでそのプラントやコンビナート、煙突などの明かりも見える。

日が暮れるまで学校に残っていた事なかったからこんなに素晴らしい夜景を見られるとは思わなかった。

「あたしの夜景初デートが理稀になるとはねぇ」

「はぁ? デッ…デート?」

愛依奈の思わぬ発言に少し声が裏返った…。

「そうよ? 2人っきりで夜景を見るなんてそうでしょ? もっと…イケメンと初デートしたかったなぁ」

「イケメンじゃなくて悪かったな」

すると愛依奈はニヒヒと笑ってこちらを見た。

「冗談だよぉ。あたしからイケメン認定されなくて拗〈す〉ねちゃった?」

「別に? 拗ねてないしっ!」

そう言うと愛依奈は目線を俺から夜景に移した。

「……ねぇ」

「ん?」

心地よい夜風が俺たちの間を吹き抜けていく。

「好きな人っている?」

それは今までの愛依奈の明るい声ではなく真面目…いや、真剣な声だった。

「す、好きな人?」

俺は思いもよらぬ質問に同様する。

好きな人…か。

咄嗟に思い浮かんだのが二次元の推しキャラだった。

俺終わってんな……。

愛依奈のあの真面目口調で「何言ってんの?」「は? それは無いわ」なんて言われたら立ち直れる自信ない……。

首を横に振り二次元という答えを脳内から消す。

「い、居ないよ?」

「嘘つけー! 誰にも言わないから。ね。ね?」

どうも人が言う『誰にも言わないから』という発言は信用ならない。

特にザ・お喋り女子生徒である愛依奈は特に…

「そしたら…」

俺が思いついた人の名前を言おうとすると車の明かりが近づいてきた。

「おっ、誰か来たし開けてもらおう。そうしよう」

俺は無理矢理話を終わらせて車の方は小走りで向かった。

「あっ、ちょい待てー」

愛依奈の呼びかけを無視して逃げるように車の元へ。

あれが誰であれ「補習で閉じ込められました」と言えば怒られずに開けてくれるだろう。

恵海が証人になってくれるし。

車の元へ向かうと見覚えがある車だった。

黒色の5人乗り乗用車。

あの車種を乗ってる人は結構居るらしく同じ車種を結構みかける。

あれで軽井沢まで行ったことが懐かしい。

車の持ち主は一度降りて門にある鍵を開けていた。

「はぁはぁ…神田せんせー。助かりましたー」

小走りしただけなのに息切れ。

休みの間ダラけ過ぎたなぁ。

いや、これは愛依奈からの変な質問が原因だ。きっとそうだ。

「ふぇっ。ビ、ビックリしたわ。あなた達まだ居たのね」

「ヨッ!メグちゃーん。遅くまでお勤めごくろーであった」

「誰のせいでこの時間まで残ったと思ってんのよ」

神田先生は軽くため息ついた。

「へ? 理稀くん」

「俺かよっ!」「貴女よっ!」

俺と神田先生は同時にツッコミを入れる。

「わたしはこれから家に帰り、家事をして夜ご飯を作り…大変なのよ? あなた達は家に帰ればご飯があって羨ましいわ」

「俺は帰っても飯無いですけど?」

少し沈黙したあと

「まぁ…その…とにかくわたしは大変なのよ」

神田先生が曖昧な言い訳をしていると隣にいた愛依奈が何かを思いついたらしい。

「2人とも…いや、あたし含めて3人には夜ご飯がありません」

俺と神田先生は愛依奈の方を見る。

「そうね。どうしたの?」

「そ……」

「ならば3人が一緒に夜ご飯を食べれば良いのでーす」

俺が『そうだな』と肯定する前に愛依奈が発言してしまったので『そ』しか言えなかった。

恥ずかしいような虚しいような…

まぁ、2人とも気付いてないしいいや。

「まぁ。2人とも補習頑張ったし、ファミレスでも行く?」

神田先生は門を開けながら聞いた。

ファミレスで飯か。

姉さんは家にあるインスタントラーメンか冷凍食品でも食べてるだろうし、行きますかね。

「違うよ?」

愛依奈は神田先生が的外れな答えを言ったように否定した。

「あたしと理稀でメグちゃん邸にお邪魔して夜ご飯からのお泊りよ? これで寂しい夜ともさよなら! まぁ一日だけだけど」

と、泊まり?

今日木曜日だから明日普通に学校あるし、着替えないし、姉さんが許してくれなそうだし…

普通に無理でしょ。

その前に神田先生がオッケーする訳がない。

「と、泊まるの? うちに?」

「そうだよ。理稀が夜ご飯を作り、あたしが洗濯物を洗って干してあげる。 メグちゃんはグデーってしててオッケー! どうよ?」

勝手に役割決めてるし。

そして割と真剣に悩み、10秒ぐらい考え込み答えを出したようだ。

「明日学校だし、高校生の2人を泊めるのはちょっと……」

ほら、無理っしょ。

お家に帰りましょう。

「けど……是非泊まってほしいわ。1人は寂しいもの」

な、なんですとーー!

「いやいやー。着替えとかないし、うちには面倒な姉が居るから俺は厳しいよ」

「いやいや。着替えは買う。亜梨栖さんはあたしが説得する。どうよ?」

「そうよ。制服の下に身に付けるものなら買ってあげるわよ?」

いやいや。神田先生いつのまにか愛依奈側?お泊り肯定派になってるし。

「あまり時間無いわ。早く車に乗って!」

「ご乗車ありがとうございまーす!」

俺は愛依奈に手を引かれ無理矢理乗せられた。

こうして俺は拉致されました…


途中この町の外れにある大型ショッピングモールへ向かった。

営業終了時間が近づいているらしく、一部店舗では閉店をお知らせするBGMが流れている。

この3人が一緒に買い物している姿を他の誰かに見られる訳にはいかないらしく、俺は食品。他2人は着替え等を買いに向かった。

ついでに俺の物も買ってきてくれるらしい。

何か作ると言っても時間が遅いしお惣菜やお弁当を買った方が良いのでは。

そう思いながら商品を眺めるもこれというものがない。

この時間から炊飯をするのも非効率ということでご飯物はメニューから外す。となると麺類か…。

簡単で美味くて早いやつ……。

あれだっ!

お惣菜コーナーで30%引きになっているローストビーフとオニオンのサラダ、コロッケをカゴに入れてそれが売っているところは向かった。

会計を済ませるとお店の前で2人が待っていたので合流して神田邸へ向かった。

あれ…食費って俺が負担するの?

見覚えのある新築1Kアパートに到着。

「おっじゃましまーーす」

「お邪魔します」

ハイテンションな愛依奈に引き続き俺が入る。

玄関を入ると前にカレーを作ったキッチンがあった。相変わらず料理をしないのか、

とてもキレイだ。

「先生相変わらず料理しないんですね」

「週末に片付けたのよ? 失礼ね〜」

「すみません…」

「ま、料理はあまりしないわ…」

部屋はあのベットがありその向かいにはテレビ、配置ミスの本棚がある。

そして部屋の真ん中に白いテーブルが置いてある。

その上には見ても良いのかわからない学校関係の書類が散らかっていた。

時計を見ると20時を過ぎていたので早速晩飯の支度を始めた。

神田先生はテーブルの片付け、愛依奈は先にシャワーを浴びに行った。

「理稀くーん…覗いちゃダメよっ?」

「誰も覗かんわっ!」

「少しなら良いわよ?」

「…は?」

「冗談に決まってるっしょ! バーカ」

「はよ浴びてこい!」

「はーーい」

愛依奈の茶番が終わるとパスタを鍋の中へ入れた。

その間にサラダとレンジで温めたコロッケをテーブルへ運ぶ。

その後茹で上がったパスタをザルに移してフライパンにバターを入れる。

その中に先程のパスタと明太子を入れて軽く炒めて塩胡椒したら完成。

母親から教えてもらった明太子パスタ。

シンプルだか普通に美味しい。この味を2人に知って欲しいし、超簡単に出来るのでこれをチョイス。

皿に盛り付けて上に刻みネギを振りかけ、テーブルに運んだ。

すると愛依奈が浴室から出てきた。

「シャワー開いたよ。メグちゃんのコンディショナーいい匂いだねー」

「あっ、それガラス瓶に入ってるやつ使ったでしょ? あれいい値段するのよ」

「ダメだった?」

愛依奈はどこか不安そうな表情になった。

「別に良いんだけど…」

「なら。そういう事言わないでよねっ! ってか美味しそうだね。早く食べよ!」

愛依奈が俺の向かいに座り恵海は俺の隣に座る。

愛依奈がテーブルの真ん中にドンと座ったため場所が狭くなり仕方なく移動してきた。

家主もう少し自己主張しても良いんじゃない?

「では食べましょう」

「「「いただきます」」」

初め口に運んだのが恵海だった。

「わぁ。シンプルで美味しいわね」

続いて愛依奈。

「うーん。微妙だよー」

う、嘘だろ!?

その割にはニヤニヤしているので内心は美味しいのであろう。

「美味しくないなら俺がもらうよ?」

「じ、冗談だよ…。あの…これ、好きなやつです。これマジだから」

「ありがとうございます」

その後俺が食べた。

普通に美味しいのだが母の味には近づけないんだよなぁ。不思議だ。

母で思い出したけど姉さんどうしてるかな…

珍しくスマホに連絡がない。

もしかして何かあったのか…そんなことを考えてしまう。

いやいや、今はこの場を楽しもう。

そう思い辺りを見回すと教師と生徒ではなく友達のように楽しむ2人がいた。

何かあったら連絡が来るはずだ。

そう思いこのことは忘れることにした。

ご飯を食べ終えて食器類を片付けると22時前になっていた。

「理稀シャワー浴びてきたら?」

「そうだね。買ってきた着替えどこ?」

「はいはーい」

愛依奈が隣の部屋からビニール袋を持ってきて中身を取り出した。

その中にはウサギの着ぐるみパジャマが入っていた。

……。

……。

「ほれほれ。はよシャワー浴びてこい!」

「この着ぐるみは何?」

「へ? どこから見てもウサギでしょ。そんなのもわかんないの? ププッ」

「それはわかるわ」

「別にぃ〜。それを着なくても良いけどパジャマ無し…つまり下着で寝ることになるよ? メグちゃんと一緒にね。それをあたしが写真を撮るからの亜梨栖さんへ転送。それでも良いのかい?」

愛依奈はニヤニヤしながら聞いてくる。

恵海とのツーショットを姉さんに送られる…しかも下着姿だと想像したくないほど面倒になるだろう。

ということでシャワーの後に仕方なく…仕方なくだからね。着ぐるみパジャマを着たのであった。


「やばっ…可愛い」

「理稀くん似合ってるわ」

全身がグレーで頭にある耳がたまに前に垂れてくるのでたまに視界不良が起きる。

そして2人にめっちゃ写真を撮られました。

愛依奈曰くこの写真が俺のためになるらしい。

まぁ適当な言い訳だろう。

その後恵海がシャワーを浴びて出てくると案の定下着姿。

「おいおい。メグちゃん…さっき冗談気味に理稀とメグちゃんと下着ツーショット撮るとか言ったけどさ…あれ冗談よ? ここに健全な高校生男子がおるのを忘れたんかい?」

あれ冗談だったんかい。着なきゃ良かった…

「ん? 2回目だから平気よね? わたしこの姿じゃないと安眠出来ないのよ」

「に、2回目? 前にもお泊りしてるんか?」

愛依奈は俺の肩を揺する。すると頭の耳がピョコピョコ動くらしく恵海が「やだ、可愛い」などと言っている。

「前に軽井沢行ったでしょ? あの前日に泊まってるんだよね」

「わぉ。スキャンダルだね。明日みんなに伝えとくわ」

「それはやめろ」

「冗談だってばー。てか、この部屋暑くない? 冷房入れようよー」

「窓開ければ涼しくなるわ。エアコンの風は体に良くないわ」

俺と愛依奈は絶句…

絶対電気代ケチりたいだけだろ。

俺がさりげなく温度計を見ると28℃を超えていた…正直エアコン入れて欲しい。

「そんなこと言ってるとあたし脱ぐわよ?」

愛依奈は謎のキャラクターが描かれたシャツに手を当てている。

「脱げば?」

えぇ……。

この人本当に高校教師なのか。

「メ、メ、メグちゃん!? ここに健全な高校生男子がいるんだよ? あたしが脱いだら何か起きるかもしれないよ?」

「理稀くんはそんなことするような人じゃありません。信じてるから…ねっ」

ウインクされても困る…俺だって普通の高校生男子です。

その…エロいことは嫌いじゃないし…どうしよ…。

「ええい。もう脱いでやるー。理稀が襲ってきたらメグちゃんも犠牲になってもらうからっ」

そう言って愛依奈も下着姿になった。

俺は目のやりどころに困ったのでとりあえずスマホのSNSを眺めることにした。

その後誰がどこで寝るかを決めて気づいたら23時を過ぎていた。

結局愛依奈と恵海がベッドに寝て俺が床に寝ることになった。

床にバスタオルを敷きクッションを枕にするので寝れる気がしない…

案の定フローリングの硬さが直に伝わってきて早くも背中が痛い…

俺の右側にあるベッドでは2人が戯れているらしく声が聞こえる。

「メグちゃん…もっと壁に寄ってよ。あたしベッドから落ちるって」

「ちょ、モゾモゾ動かないでっ。どこ触ってるんのよっ」

「あっ、ごめん。メグちゃんのおっ…」

「言わなくて良いから。早く寝なさい」

「えぇ…もうちょい戯れようよ〜。せっかく2人っきりになったんだしぃ?」

おーい。俺ここにいるぞー(´・Д・)ノ

内心叫びながら寝ようとするもベッドが気になって眠れん…

その後…恵海の寝息が聞こえ始めた時、愛依奈が声をかけてきた。

「おーい。理稀くん起きてるかい」

「起きてる…体が痛くて眠れん…」

「ははっ。頑張れ……んで今週の土日空けておいてね」

「オッケー。どこか行くのか?」

「ううん。理稀くんの願いを叶えられそうだから」

「願い?」

「そ。中身は当日のお楽しみ♡」

「わかった。空けておくわ」

「よろしくね。じゃ、おやすみ」

「おやすみ〜」

俺の願いってなんだ? 

思い出せそうだけど、思い出せない…

そのことを考えているといつの間にか眠りに落ちた。

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