第8話 服
「…めっちゃうまいやんけ」
冷房のきいた部屋は甘い香りで充満している。
桃は食べる寸前に冷蔵庫で冷やす、熟れるまでは常温で部屋に置いておくのがいいと教えられた。
香ったころが食べごろになると、袋にたくさん入れたのをくれた。果樹園の知り合いからこの時期になると毎年送られてくるらしい。
感動しておっちゃんにメールを打つ。アプリではなくメールを打つのはは親とおっちゃんくらいだ。
「ももうまい」
感動しながらそれだけ送ると、桃の絵文字がぽつんとひとつ返ってきた。
放りなげて桃に夢中になっていると、画面が光る。かろうじて汁がついてない指でロックを解除する。画像が一枚だけ添付されていた。見ると、巨乳のおっちゃんがポーズを決めている。吹き出した。
続けざまに、「かゆなってきた」と送られてくる。
アホやろ…
ひとりでにやにやと笑いながら寝転がり、コンビニで昼と一緒に買った雑誌をめくる。
中学高校と、グラビアやファッション誌には興味がもてず、ベースとコントラバスの教本や譜面ばかり見てきた。雑誌というと月刊の漫画雑誌を立ち読みするか、たまにアニメの雑誌を買うくらいだった。ファッション誌も当然無縁だったのに、お色々な場所に遊びに行くようになってから、人の着る服にやたらと目がいく。おっちゃんと代わる代わる挨拶をしていく姉ちゃんや兄ちゃんは、お洒落な人が多いように見えた。店のガラスに映るよく知った髪の長いキャラクターは、笑ってこちらを見ていた。
服は着れればよくて、大学生になった今でも夏はバンドやアニメのグッズTシャツにチノパンで、別に恥ずかしないし俺はこれでええやと毎日同じような服を着ていた。
毎回ギターをぶっ壊すことで有名な海外のバンドと、日本の女の子にもてない青春を歌った日本のバンド、アニメはいわゆる学園ものの萌えアニメと、戦闘美少女ものだ。
ため息をついて雑誌を伏せた。
良い物を買えばええんやろうなというのは楽器と一緒でなんとなく察しがついたが、それだけの熱はまだないなと思った。人に聞こうにも友達はいないし、姉ちゃんやおかんに聞いても仕方がない。するとやっぱりいつも思い当たる身近な人は、おっちゃんだった。
「おっちゃんて服どこで買ってます?」
ダメ元で聞いてみるとすぐに返信があった。
「知り合いに作ってもらったやつとか古着屋やな」
参考にならん…
布団の上に散らかした服の上に寝転んで、気付いたら眠っていた。
先鋭的な服に身を包んでパリコレを歩いて、おっちゃんと交代のハイタッチをする夢を見た。
ドラァグクイーンのようなドレスだったので、やっぱり参考にはならなかった。
早く明日になって、またくだらない話を一緒にしたい。
暗くなってきた部屋の電気をつけないまま、じっとしていた。
桃の甘い香りが、いつまでも部屋から消えない。
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