第四章 crash//
大罪(4章プロローグ)
2100.7.20.
《公開演説会終結後》
慧央と千賀の体が引き上げられると、演説会の会場は静まり返った。激しい戦闘で壊れたステージと、人っ子一人いない客席。悲鳴ひとつ、建物の軋みひとつ聞こえないこの場所はまさに「死んでいる」と例えるのが最もふさわしい。
そんな場所に、金髪の美女・ロルリラは立っていた。スンと鼻を鳴らすと、ステージの左方に視線を寄せる。
「来てみるもんだわね。結構慧央とあの子、戦ったみたいだから、ペンダントなんて粉々になっちゃったかと思ってたけど」
ロルリラが探していたのは、環が首からかけ、そして自らが大罪虹化体になる足がかりとした……強力な感情の塊である。これがあれば、怒田の囚われる檻を壊すことが出来るのだ。ロルリラが数日前に怒田──憤怒の虹化体と取ってくることを約束したものである。
高いヒールを鳴らしてステージに上がり込むと、ステージの端に落ちていたそれを拾い上げた。一見なんの変哲もない白い飾りであるそれは、怒田を閉じ込める「あの男」すら破るほどの力を秘めている。
「まああの
怒田とロルリラは大罪虹化体の7人の中でも特に荒っぽい気性を持っていて、怒田が囚われる前は2人して街をよく荒らしていた。
全てのオスを「ダーリン」と呼び性的搾取する対象としているロルリラが怒田だけはそう呼ばないのは、彼女と怒田は互いを戦友のような何かだと認識していたからだ。
ロルリラはペンダントを胸の間に挟み込むと、振り返りながら言った。
「……どちら様? いくら可愛いダーリンだからって、そんなに可愛い殺気を流してたらアタシだって──」
ロルリラの後方、会場の端っこに誰かがいた。
濃密な殺気をぶつけて来るそれは、ロルリラがくるりと後ろを振り向くまでのわずかな時間でロルリラに肉薄してくる。
「え──」
男の容貌は異様だった。
ずた袋のような粗末な防護服を身に纏い、手に持つのは虹晶の欠片。武器ですらない。
全くの無防備だったロルリラの腹部はその欠片によってばさりと切り裂かれ、支えを失った体は瓦礫の上に落ちる。
「あー、あー……痛ぁい、サイアク。何?」
見上げると、防護服の隙間から金色の眼光が光った。ロルリラは思わず吹き出す。
「あー、アンタね。知ってるわ。よく分かんないダーリン。でもごめんね。今日のアタシは帰るのが第一優先なの。ホントだったらダーリンとも楽しいコト、したいんだけど」
ロルリラの瞳が赤く染まる。
彼女は色欲の虹化体であり、その瞳に見いられたオスは、すべからく石のように固まって動けなくなる。
男を狩る欲望を持つロルリラにとってはまさに天の恵みとも呼べるほど強力な能力だった。
ロルリラの瞳は正常に機能し、男の動きはたちまちに鈍くなっていく。──しかし、完全に動きを止めるその直前に、もう一度虹晶を振りかざすと……ロルリラの体を深く貫いた。
男は沈黙した。
しかし、ロルリラもまた動けなくなっていた。
(コイツ……! 破虹師の装備すらなしにアタシの核を……!)
男の攻撃はロルリラの核を掠めていた。石化能力が効いていなかったら、今の一撃でロルリラは消滅していただろう。
*・*・*
ロルリラがアジトに帰り着く頃には、辺りは夜になっていた。核が傷付き鉛のように重くなった四肢を必死に動かして、宇佐美のいるこの場所に戻って来たのだ。
途中で見かけたダーリンを全て無視し、体の回復に全力を注がなくてはならないなんて初めてだった。
(なんでアタシ、こんなことしてるんだろ。あーあ、メイクもグチャグチャじゃない)
アジトに足を踏み入れたロルリラを出迎えたのは宇佐美だった。その傷付いた様子を見て、何かがあったのだと顔を険しくする。
「おかえりロル。誰にやられたの?」
「フフ、石ころ。そこをどいて。アンタに心配される筋合いはないわ。──ああそうだ。ルティ。ルティを呼んでちょうだい」
ルティ。大罪虹化体を束ねる長にして、《傲慢》の罪を背負う者だ。
そして、怒田をもう何年も地下室に縛り付けている張本人でもある。宇佐美は表情を変えない。
「……何をするつもり? その怪我。今すぐに休むべきだと私は思いますよ」
「まあいつもの通り部屋にいるのかしら。通らせてもらうわよ」
ロルリラは宇佐美を突き飛ばした。
大罪虹化体にも向き不向きがあり、宇佐美は元々あまり物理的な攻撃力の大きくないタイプの虹化体である。いくら傷ついているとはいえ、武力ではロルリラに叶わない。
(ほんっと、ほんと、つまらないわ。アタシたちは虹化体。己の欲のままに動くべき。──フフ、多分アタシ、アイツが戦ってるところを見たくて仕方ないのね。怒田、アタシアンタのこと結構好きよ)
ロルリラは事務所の中の、家具で塞がれた扉を無理やりこじ開け……その奥に進む。続く廊下の奥に、目的の人物は変わらずいた。
「こんばんは、ルティ。暫くぶりね。相変わらずいい男」
ルティと呼ばれた男は、座っていた椅子をくるりと翻すとロルリラを見つめた。
淡い琥珀色の長髪を後ろでくくり、同じく赤みがかった瞳は、色味に反して氷のように冷たい。顔にかかるモノクルが重力に揺れている。
作り物のように整った顔立ちは、ロルリラがここにやって来た意図を察しても1ミリも揺れなかった。
「ロルリラ。私と貴女はいつか分かり合えると思っていました」
「ええ。アタシもアンタも虹化体よ。だからやるべき事はひとつ」
「──残念ですが、やるしかないようですね」
ルティの瞳が赤く染まるのと同時に、ロルリラの瞳も赤く染まった。2人の力は拮抗して、周囲の空気がバチバチと爆ぜる。
大罪同士の争いが、静かに始まった。
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