第11話 異変

 予期せぬ来訪者というのは、吉兆よりも災厄の場合が多い。


 玄関先に立っていたのは、ひとりの老婆だった。


「ユージン、面貸しな」


 老婆は乱暴に言い捨てると、さっさと歩き出してしまう。ユージンはピンと伸びた背中を慌てて追いかけた。


「どうしたんですか、ミレーユ婆さん」


 ミレーユは村の名物婆さんだ。若い頃は王城に勤めていたとかで、村長でさえ頭の上がらない唯一の存在である。嘘か誠か、英明で知られた、亡き王妃の御付きをしていたという噂もあるくらいだ。


「この村にゃあ、アンタぐらいしか話の分かる奴がいないからね。他はバラガスも含めてみんなカボチャ頭のボンクラばかりだ」


 博識で頼りになるのだが、いかんせんこの婆さんは口が悪い。ユフィなんて可愛く見えるほどの毒舌ぶりは、村人たちが尊敬しながらも遠巻きにする最大の理由でもあった。


「テッドの家に泊まっていたはずの異世界人が姿を消した」


「姿が消えた?」


「朝起きたらいなくなっていたらしい。他にも三軒、同じことが起きてる」


 不穏な言葉に、ユージンは足を早めた。自発的に出ていったとは考えにくい。彼らはまだ、この世界のことをなにも知らないのだ。自立心が強い者が居たとしても、3人も一晩で消えるだろうか。どう考えても不自然だ、だとすると。


「攫われた?」


 ミレーユ婆さんは満足そうな笑みを浮かべた。


「いい子だ。話が早くて助かるよ。庭に足跡が残っていたそうだ。あたしも見たけどひとりじゃないね。集団で動いてる計画的な犯行だ」


「それで、どこに向かっているんですか」


「あの阿呆のところだよ」


 ミレーユ婆さんが足を止めたのは、村長の家の前だ。ノックもそこそこに、歳を感じさせない威勢のいい声を張り上げる。


「さっさと出ておいでバラガス。じゃないとまたケツを蹴り上げるよ!」


 それでも村長はなかなか出てこなかった。そうこうしている内に、紅や冬、ユフィたちも追いついてくる。ようやく目を真っ赤に充血させた村長が顔を見せたのは、「もういい、蹴破んなユージン」という、なんとも物騒な発言が飛び出した直後である。


「なんだ騒々しい、私は寝不足なんだ……げえ」


「ずいぶんな挨拶じゃないかバラガス。己の分を分からせてやりたいところだが、今は時間がない。単刀直入に聞くよ。客が拐かされた。なにを隠しているかお言い」


 誘拐。隣で3人娘が息を呑む。


「な、なんのことだババア。私にやましいことなどないぞ。おいユージン、貴様までなんだ!」


 村長の顔が青く染まった。すぐに真っ赤になってユージンを睨みつけてくる。怒って見せることで、矛先をユージンに向けようとしたのだろう。けれど、それが余計に白々しい。


「狙われた家には他にも子供がいた。だけど攫われたのは異世界人だけです。なぜですか」


「そんなことを私が知るか! 帰れ、いや待て。攫われたのはどの家だ?」


 それは明らかに、心当たりがある人間の疑問だった。ミレーユの決断は早い。


「ユージン、書斎の引き出し。2番目だ。この阿呆はいつも大事なものはそこに突っ込む」


「ババア、なぜそれを!」


「お邪魔します村長」


 ユージンにも迷いはなかった。緊急事態である。村長を押し退けて家の中に入る。書斎の引き出しを開けると、そこには小さな紙片が封筒に入れて隠してあった。ユージンは思わず天を仰いだ。手元を覗き込んだユフィの眉がみるみる吊り上る。


「 おいクソ親父。報奨金3000万ガロンってなんだ」















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