幕間 或る幼馴染の苦悩

 

 ユフィは走っていた。


 いつもの畑への道が、もどかしく感じるほど遠い。


 後ろにはユフィの知らせを聞いた村人たちが続いている。


 みんな慌てて武器になりそうなものを引っ掴んできたが、農村に気の利いた武具など揃っているはずもない。ほとんどが鍬や鋤などの農具で、中には箒や鍋すら混ざっている有様だ。


 武器と言えるのは先頭を走るユフィが抱えているものと、その後ろに続く父親の腰に下げた剣くらいだろう。村長だけあって、わずかばかりだが内証は良い。


「おいユフィ、どうしてそんな物を持って来た」


「どうしてって、ユージンが危険かも知れないんだぞ」


「ふん。まさかあの小僧、やりあっちゃいないだろうな」


 クロノ村の村長であるユフィの父親が、荒い息を吐き出した。その声には心配のニュアンスは含まれていない。どちらかというと憎々しげな声音である。


「知らねえよ、いきなりギフトをぶっ放すようなやつだぜ」


 こういう父親の反応は、いくら接しても慣れないどころか腹が立つ。ユフィは自分で言って焦って、足を早めた拍子に石ころにけっつまづく。


「くそっ、落ち着けよ」


 いつもこうだ。周囲は自分を優秀だと言う。だけどそれはギフトのおかげで、いつだって本当のピンチで動けるのはユージンの方なのだ。


「ユージンは気は長いけど、そのぶん切れるとおっかないからな」


 生まれた時から一緒に居るが、ユージンが怒ったところを、ユフィはほとんど見たことがない。だけどそんな時は決まって、周囲が驚く事件を起こしている。


「まずいぞ、非常にまずい。最悪ユージンが殺さていたって構わんが、逆はまずい」


「おい、クソ親父。冗談でも次に同じこと言ったら、一生テメエとは口聞かないかんな」


 そんな2人の会話を聞いて、後ろを走る村人から声が上がる。


「おいおい、相手はギフトを持っていて、おまけに集団なんだろう。ユージンが歯向かったところで相手さんに怪我をさせる心配なんてないさ」


「だいたいユージンが怒っているところなんて、一回も見たことねえよ」


「そうだぜ村長。おてんばだけどハイスペックなお宅の娘っ子じゃないんだ」


 そう思うなら、やっぱり有能なのはユージンだ。だってお転婆もハイスペックも、ユフィがそう思われるような事象には全部すっとぼけた顔した幼馴染が関わっている。


 事件はいつだってユフィが始めて、ユージンが閉じているのだから。


「まあ、それもそうか。なんたって畑にしか興味のないぼんやりしたやつだからな」


 安堵する父親を尻目に、ユフィはさらに足を早めた。村人や父親は怒ったユージンを知らないのだ。それどころか、ユージン自身でさえ自分のことを平凡な農民だと本気で思っている。


 だけどユフィだけは知っている。なにせ自分には力があるから。ユフィは目に力を込めて、後ろの父親を振り返った。


「さっきの紙もう一回見せて」


 懐から取り出されたのは一枚の書状だ。何度も確認した内容は、いくら目を上下させても変わらない。最後に押された捺印をじっと見つめて、ユフィは足を早めた。


「やっぱり本物かよ。滅多な気を起こすなよ、ユージン」


 父親の胸に押し返した書状には、王家の紋章がクッキリと押されていた。

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