第7話 一応の決着

 してやったりと、告げ口に成功した紅は邪悪な笑みを浮かべてユージンに視線を送ってくる。おまけに村長は禿げ上がった頭の先まで真っ赤にして、ユージンを睨みつけているではないか。


「ど、どうぞご容赦を。一思いにコイツはバサッとやっても構いませんので!」


 おいコラ、ハゲチャビン。


「しかも3回!」


 おいコラ、バカ。


「過程を飛ばすな!」


 ユージンは構わずツッコんだが、村長の顔は赤を通り越して青色に染まっている。国王の客を相手に無礼を働いたと知れれば、田舎の農民など首が飛ぶ可能性もあるのだ。


「違うでしょう、紅」


 ユージンを、ひいては村長を救ったのはやっぱり冬だった。鼻の穴を膨らませている紅の襟首を掴んで引き戻すと、ユージンと村長に向かって軽く腰を折る。


「私たちのせいで、ユージンさんの畑をダメにしてしまったようなんです。動くにしても、彼ときちんと話をする必要があります」


 そんな事を言う冬に、ユージンは感動より親近感に近いものを覚えた。


 黙っていればうやむやになったかも知れない話を、自ら申告した誠意が嬉しいではないか。きっとこの子も苦労を背負い込むタイプだろう。まあ、うやむやにするつもりはさらさらなかったのだけれど。


 ユージンの最大目標は畑の賠償、つまりリンゴ畑の復活である。期待に胸を膨らませて、ユージンは村長の背中を見つめた。


 しかし村長はボロボロの畑に一瞥をくれただけで、すぐにキッパリと保身に切り替えたようだ。


「些事です。なあ、ユージン。おまえの畑くらいなんとでもなるよな?」


 おいこらおっさん。さすがに他人事だと思って杜撰すぎる扱いではないでしょうが。そんなことをおっしゃる村長は、実に晴れやかな顔である。


「さじだなさじ、ウハハハハハハ」


 ついでに紅は年中無休で晴れやかな顔だ。コイツの精神構造が羨ましくなってきているユージンの精神もちょっとヤバい。


「王都への案内は私と、不祥の娘ユフィが努めます。我々もそのまま王都で暮らしますゆえ、どうぞ今後ともご贔屓に」


 その発言は村人たちを騒つかせた。娘であるユフィでさえ、村長一家が村を捨てるなど初耳だったようだ。


「おい親父、そんなの聞いてないぞ!」


「なに、おまえが王都の学校を拒むのはお父さんと離れるのが寂しいのだと思ってな。この際だから私も付き添おうと決めていたのだ。王の客人の案内役など、名誉だぞ」


 にこやかな笑みを浮かべる村長の言葉は、見当違いも甚だしいようだ。ユフィは拳を固く握りしめている。


 一方で、ユージンも首をかしげる。


 ユフィを案内役につけるのは分かる。王都の学校にやりたい村長の思惑と合致するからだ。王命であればユフィも村を出ざるを得ない。


 しかし村長も行くとはこれいかに。


 言っちゃなんだが村長の体は長旅に向いていない。腹はしっかり出ている割に、畑仕事をサボりがちな足は細い。


 それにユージンが聞いていた話では、王都に住むのはユフィだけのはずだ。娘を全寮制の学校に入れるのと、王都に新たに住居を構えるのとではかかる費用は桁違いのはずである。


 いくら村長と言っても、田舎の村のまとめ役にすぎない家にそんな金があるはずはない。


「金はどうするんだよ」


「子供が心配することではない。これは決まったことだ。彼らの案内を務めるのは私とおまえだ」


 異論を認めぬ勢いで、ピシャリと村長は言い切った。それを阻んだのは、またしても奴である。


 紅は村長の手から書状をひったくって、まじまじと眺める。そのあとずかずかとユージンの元まで歩み寄ってくると、おもむろに腕を掴んで高々と天に掲げる。


「楽しみだなモブ農民!」


「ん?なんかおまえの口振りだと、俺も行くみたいに聞こえるんだが」


「当たり前だろう」


「「「はあ!?」」」


 これには3人とも驚いた。


 どうしてそういう発想になったかわからない。けれど紅はユージンの返事を待たず、腕を掴んだままさっさと歩き出してしまう。


「いくぞモブ農民、わたしはお腹が減ったのだ」


 困るのはユージンである。ユージンも王都に訪れたことはある。だから道案内くらいできないことはないが、それでも日帰りで行ける気軽な道中ではないのだ。


「いけません!私が馬車も護衛も用意いたします。コイツが居ては足手まといです」


 村長が慌てて追い縋る。それはちょっと驚くくらいの剣幕だ。


「こんだけ居るんだから、一人くらい増えたって変わらないじゃん」


「山も越えねばなりません。盗賊や異獣が出る山です、危険が伴う旅なのです」


 村長の口調はもはや、半分脅しになってきている。それでも紅は動じない。


「山登りは得意だぞ。西半球で一番高いアコンカグア山に登ったこともある。山よりも行きのオンボロ飛行機の揺れの方が怖かったな」


 アコンカグアなる山はもちろん聞いたことがないが、きっと険しい山なのだろう。どうやら紅のスペックが高いのは本当らしい。


 けれど返答は微妙にズレている。


「ちょっと待て紅、おまえ俺のこと嫌いだろう。村長なら存分にチヤホヤしてくれるぞ」


「うーんと、オマエがいた方が楽しそうだから!それにわたしはおまえのこと嫌いじゃないぞ」


 紅は足を止めずにずんずん進む。


「アホか、案内なんて一人居れば十分だ。俺は行かんからな」


「じゃあおまえだけでいい!」


「俺が嫌じゃ!そんなんじゃあ他のみんなも納得しないだろ」


 こんな猛獣を連れて歩くなど、ユージンは絶対に嫌である。たぶんたどり着く前にストレスで血を吐く自信がある。


 ユージンは同意を求めて勢いよく後ろを振り返った。しかし、すでに他の異世界人たちも動き出している。紅への信頼感の出どころは永遠の謎だが、人攫いさながらに捕んだ腕の力は強い。


「ま、まあ。今すぐ決めることはありますまい。とにかく我が村でお休み頂きましょう」


 そんなセリフととともに、村長は歩む速度を緩めた。徐々に両者の差が開いていく。


 村長の息遣いが遠のいて、紅はようやくぐいぐいと引っ張る腕を解放してくれた。


「おいモブ農民」


「なんだバカ。というかおまえ、村までの道をわかって歩いとるのか」


「初めての異世界旅行だぞ」


 紅の背中は、いつの間にか傾きかけた陽に照らされている。


「俺はまだ、行くとは言ってねえ」


「こんな美少女の頼みを断るとか、おまえさてはBLなひとか」


「違う、おまえの偏見と奇行に俺を巻き込むな!」


 村長と違って忖度のないユージンの態度だというのに、振り返った紅の顔はキラキラと輝きを放っていた。


「ワクワクするな!」


「あ、ああ」


 その顔があんまりイキイキしているもんだから、勢いに押されてつい返事をしてしまう。


 夕焼けの中を寝床に向かう椋鳥の声に混じって、背後で鳴ったギリリと歯の擦り合わされる音はかき消された。

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